文化・ライフ

 路地が狭く人の往来が激しかった江戸の町では、悪気はなくてもついうっかり人の脚を踏んでしまったり、踏まれることは日常茶飯事でした。

 その状況から、踏んだ人が「すみません」とすぐさま謝るのは当然ですが、踏まれた側も「いえ、こちらこそ」などと返し、自分も不注意だったと戒めることを江戸しぐさでは「うかつ謝り」と言います。

 踏んだほうは謝り、踏まれた側はその言葉をフォローするかのようにひと言さしのべれば、その場の険悪な雰囲気は一瞬にして払拭されるでしょう。たとえお互いに知らない間柄であっても〝あうんの呼吸〟で感謝の言葉を交わしたいものです。

 商人たるもの、常に状況を読み物事を予測する力がなくてはなりません。人ごみの中、些細な理由からトラブルを起こさないよう気を付けるのも、商人としての能力。その心構えが行き届かなかった自分の〝うかつ〟さを謝るというわけです。

 現代においても、ちょっとした行き違いから口論になりそうな時、相手のミスや足りなさを指摘して責めるのは簡単です。

 しかし、あえて1歩下がって「ごめんなさい! 理解不足でした」「私も説明が足りませんでしたね」などとへりくだり、歩み寄る態度を示せば、それ以上のもめ事には発展しづらいものです。

 その言葉によって、相手は自分の至らなさにハッと気付いて反省することも多いのです。そうして暗黙の心遣いで円満に保たれた関係は信頼へとつながります。

 能力のある者、余裕のあるほうから実践するのが江戸しぐさです。〝負けるが勝ち〟のことわざのように、争わないで相手に勝ちを譲ったほうが利口だと考えるのも共生の知恵ですね。

 部下の叱り方が難しいという声をお聞きすることがありますが、真っ向から相手を否定して恥をかかせない配慮も、人の上に立つ者の度量であり、導き育てるための1つの手立てと言えるでしょう。

 しかしながら、自ら謝るという行為は時に難しいものです。善悪の白黒をはっきりさせ、その責任を強く追及しがちな現代社会や海外との関係では大いにリスクもあります。

 〝悪くないのにどうして謝るのか?〟それは〝無用なトラブルを防ぎ、物事を丸く収めるため〟と考えるのが和を尊ぶ日本人の感性にはしっくりきますが、相手によっては伝わりづらいようです。

 私たちにできることは、相手がその〝真意〟を汲み取ってくれない可能性も承知した上で、言葉や態度を臨機応変に選ぶことです。その人との関係で何を最優先するのかを考えなくてはなりません。判断を間違えることもまたリーダーとして〝うかつ〟なのですから。

 

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