テクノロジー

日本企業の持つ先端技術の海外流出が問題視されるようになって、既に20年ほどになる。不正が疑われるケースも少なくないが、その闇の部分に、ようやくメスが入った。技術流出の防衛体制をどう固めるかが、企業にとって新たな課題となりつつある。文=ジャーナリスト/根島隆明

 

全容が掴めない不正技術流出

四日市工場

技術が持ち出された東芝の四日市工場(三重県)PHOTO=時事

 東芝が韓国のSKハイニックス社に対して不正競争防止法に基づく民事訴訟を東京地方裁判所に起こしたのは3月13日。NAND型フラッシュメモリの研究データを東芝の提携先企業の日本人技術者が持ち出し、これをSKハイニックスが入手したことによる損害賠償として1100億円の支払いを求めた。

 異例なのは、提訴に先だって不正流出にかかわった技術者が逮捕されていることだ。この種の「産業スパイ」は立件が難しく、刑事事件にまで発展したケースはまれである。

 フラッシュメモリは、通電していなくても情報を保持できる半導体メモリ。スティック状のUSBメモリのほか、スマートフォンやタブレット端末などで多用されている。NAND型はフラッシュメモリの代表的な方式で、東芝がいち早く採用した。

 日本の半導体各社は、1990年代末にパソコン用のDRAMの価格競争に破れ、相次いで市場から撤退。東芝はDRAMからフラッシュメモリに転換することで生き残りに成功した。 ただ半導体の開発・製造には多額の資金が必要だ。東芝はリスクを分散するために、同業大手である米サンディスクと提携。共同開発だけでなく、製造も共同で進める体制をとった。主力製造拠点である四日市工場(三重県四日市市)は共同出資で運営している。つまりサンディスクとは一蓮托生の関係で、開発データなどもほぼすべてを共有している。

 今回の事件は、そのサンディスクに勤務する日本人技術者が技術を不正にコピーし、それをSKハイニックスに渡したというものだ。転職の際の〝手みやげ〟にしたと言われる。

 日本の大手電機各社は90年代から、技術者の海外流出に悩んできた。度重なる業績不振で社員のリストラに踏み切るたびに、優秀な技術者が退職し、韓国などの同業各社に就職してしまう。むろん退職する技術者とは技術の持ち出しを禁じる契約を結ぶが、頭の中に入っている知識はどうしようもない。

 それだけではない。先端技術を求める新興国の企業は、よりどん欲な方法をとる。例えば半導体では、製造装置のメーカーと最先端技術を共同開発し、装置の中に技術を組み込む。製造装置メーカーも日本企業だが、新興国の企業はここから高価な最新鋭の製造装置を購入する。並行して、その装置を動かすノウハウを持った技術者を半導体メーカーからスカウトするのだ。 製造装置の購入も、技術者のスカウトも不正行為ではない。日本企業もかつて、欧米の先進メーカー相手にやってきたことだ。自社でリストラした社員を新興国企業が雇ってくれることに助けられた面もあったろう。その中で、どれほど不正な技術流出があったか「実は全く分かっていない」(大手メーカー幹部)という。

 今回のケースのように、被害を受けた企業が強気の訴訟に出ることは珍しい。東芝は訴訟戦術もあり、まだ事件の詳細を明らかにしていない。しかし、いくつか推測できることがある。

 まず、情報を不正に入手したのが日本人であり、また不正の舞台も日本の工場であったこと。つまり日本の警察が捜査できる環境だった。次に、容疑者がサンディスクの従業員であったこともあろう。一般に米国企業のほうが情報流出に備えたシステム整備が進んでいる。つまり明確な証拠を残せた可能性がある。そうでなければ刑事事件にはならなかったと予想される。

 

明確な証拠を打ち出せるか

 技術流出の裁判という意味では、既に先行事例がある。新日鉄住金が、旧・新日鉄時代に開発した方向性電磁鋼板の技術流出をめぐって、韓国の鉄鋼大手・ポスコを訴えている裁判だ。電磁鋼板は、鉄にケイ素を混ぜることで電気特性を高めたもの。特に結晶を圧延方向にそろえて高性能にした鋼板を方向性電磁鋼板と呼ぶ。

 新日鉄は、この方向性電磁鋼板を安定して製造する技術を確立。海外メーカーにライセンスを供与し、世界市場を独占してきた。そこに韓国ポスコが参入してきた。新日鉄にとっては、なぜ短期間でポスコが開発に成功したかが分からなかった。

 それが意外なきっかけで、事情が判明した。ポスコの元幹部が、方向性電磁鋼板の製造技術を中国の鉄鋼大手・宝鋼集団に売ったとして告訴されたのだ。容疑者の元幹部は自分の立場を守るために、盗んだ技術はポスコのものではないと証言し、その中で、新日鉄からの不正な流出ルートが明らかになったのだ。

 新日鉄は2012年4月に、自社の複数のOBとポスコを訴えた。損害賠償額はおよそ1千億円だ。証拠として、OB宅からポスコとの間に交わした重要書類が見つかっているという。最近の公判では、ポスコ元幹部の供述書を新たな証拠として提出。ポスコ側は容疑を全面的に否認し、争う姿勢を示している。

 東芝とSKハイニックス、新日鉄住金とポスコはいずれも現在でも提携関係にある。友好関係を維持しつつ、裁判で巨額の賠償を求めるためには明確な証拠が必要だ。2つの裁判は、技術防衛に悩む日本企業にとって格好のケーススタディーになるはずだ。今後、裁判の中でどのような事実が明らかになるのか。

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