マネジメント

スパイバー:「蜘蛛の糸を人工的に作って商用化?」

  前回に引き続き、われわれの想像を超えるようなイノベーションを追求している2つのベンチャー企業を紹介しながら、日本の新しい動きについて考えてみたい。

 山形県鶴岡市に、同市が慶応義塾大学先端生命技術研究所を誘致して、バイオクラスター(集積地)「鶴岡市先端研究産業支援センター」が設立されている。その一角に、慶応大学政策・メディア研究科の研究者だった関山和秀さん(30歳)が立ち上げたスパイバー株式会社というベンチャー企業がある。2007年に彼がまだ大学院修士課程に在学していた時に、同じくゲノム研究をしていた菅原潤一さんと創業したバイオベンチャーである。

 スパイダー(蜘蛛)とファイバー(糸)を引っ掛けた社名スパイバーが示すように、同社は人工的に蜘蛛の糸を量産して医薬や工業製品に応用しようとする、いわゆるサイエンス・ベースト・ベンチャー企業である。

 蜘蛛の糸が、その強靱性と伸縮性において飛び抜けた存在だということはよく知られている。その優れた特性に目を付けて、これまで欧米の名門大学や軍事組織が長年量産化・商用化を追求し続けてきたのだが、いずれもうまくはいかなかった。

 しかし、この2人の若者は蜘蛛の遺伝子解析を通じてDNA設計図を微生物に転写し、その繁殖を通じて量産を可能とした。20代の若者が数知れない試行錯誤と創意工夫、若さゆえの無謀な発想を通じて辿り着いた偉大な成果なのである。

 このスパイバーの躍進で注目すべき点は2つある。

 まずは、コンピューターを駆使した遺伝子解析やバイオインフォマティックス手法といった最先端知識をベースにした本格的科学ベンチャー企業であることだ。日本において科学をベースにしたベンチャー企業はやっと本格化した。無理な上場による短期的資本調達など狙わずに、じっくり世界市場制覇を目指してほしいところだ。

 第2は、これまで日本が蓄積してきたさまざまな強みを遺憾なく発揮・利用していることである。蜘蛛の糸を量産する時に発酵技術が重要であるが、この発酵技術こそ味噌、納豆をはじめとして日本が技術蓄積を重ねてきた分野である。

 さらに、糸を紡ぐという紡績技術も日本のお家芸である。しかもスパイバーではこうした遺伝子解析、バイオインフォマティックス、発酵プロセス、特殊洗浄、紡績という各工程を欧米的な分業制をとらずに、少人数で多層的情報共有を行いながらものすごいスピードで回している。

 社長の関山さん、CTOの菅原さん、そしてCFOの水谷英也さんはみな30歳前後と極めて若い。それゆえに、旧来の常識にとらわれずに無手勝流に事業展開を進めている。しかし、その結果が意図的・意図的でないにせよ、日本特有のラグビー型組織になっているところも面白い。

 アキュセラ:バイオベンチャー創業者が示す多様なキャリア形成

  もう1つのベンチャーは、慶応大学医学部出身の研究者であり医者でもあった窪田良さんが、米国シアトルで設立した創薬ベンチャー企業アキュセラである。加齢型黄斑変性という世界で最も失明率の高い眼疾患を治療する経口薬を開発する意欲的企業である。既に米国における臨床テストはフェーズ3まで進み、大塚製薬が250億円を先行投資したことで一躍脚光を浴びている。この企業のビジネスモデルも面白いが、創業者の経歴が実に新しい日本を感じさせる。

 窪田さんは1966年京都生まれの47歳。慶応大学医学部を卒業後同大学大学院に進学し、緑内障の原因遺伝子「ミオシリン」を発見する。

 しかし、窪田さんは研究者の道を捨てて、30代は眼科臨床医の道を歩む。「医師免許を持つ研究者である以上、自己満足的な世界ではなく、真に困っている患者を救うべきなのではないか」という意識から、日本でも最も猛者の集まる虎の門病院に移るのである。

 百数十例の執刀を手掛けた後に、今度は00年にシアトル大学のオファーを受けて渡米、40代は一転ベンチャー経営者の道を模索することになる。02年に医学部のベンチャー資金を得て、自宅地下室で網膜の再生細胞生成のバイオベンチャー「アキュセラ」を設立する。

 しかし、初期の再生細胞の生産は市場規模が拡大せずにわずか3年で失敗し、今度は米国で多くの患者を抱える加齢型黄斑変性に効く経口新薬の開発に取り組んでいる。

 窪田さんに感じる新しさとは、多様性のあるキャリア形成だ。豊かになる本当の醍醐味は選択肢が豊富になることにある。自らのキャリアデザインをもっと多様性に富んだものとして考えてもいいのではないか。

 既に新卒の3割は1年で会社を辞める時代だ。「石の上にも3年」とは言うが、「石の上にも一生」とは言わない。われわれ日本人も20代、30代、40代をどう生きるかという考え方を窪田さんに見習ってもいいのではないか。

 

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