テクノロジー

サイバー犯罪をめぐる時代の変化

 

 今回は、内閣の「情報セキュリティ政策会議」委員で、サイバー犯罪や、それにかかわる刑事法の専門家である前田雅英・首都大学東京大学院長(教授)の2回目。前田教授は、これまで日本政府は国内のサイバー犯罪への対応に終始してきたが、今や外国からのサイバーテロへの対応に、本気で取り組まざるを得ない時代へと変わったと強調した。

 

日本のサイバー犯罪事情―日本警察の能力不足が露呈した「誤認逮捕」

 

 ―― サイバー犯罪に対する過去の日本政府の取り組みはどうだったのでしょう? 後手後手に回ってきた面はなかったのでしょうか。

 前田 過去、日本で起きたサイバー犯罪はほとんどがポルノに関するものでした。ですから政府も真剣にならなかったと言っていいでしょうね。そうした状況下で、中心になって発言してきたのはPTAの母親たちで「こんなものを子どもに見せてはいけない」などと主張しました。それを受けてフィルタリング(有害サイトアクセス制限)制度をどうするかといった話が出てきましたが、全体としてサイバー犯罪への政府の対応は不十分でした。

 次にはインターネット・オークションによる詐欺事件が横行したりしました。そこで政府は1980年代以降、それらに対して電子計算機損壊等業務妨害罪や同使用詐欺罪、さらには電磁的記録不正作出・供用罪、不正アクセス禁止法などを制定してきました。2011年には刑法にいわゆる「コンピュータ・ウイルス罪(不正指令電磁的記録に関する罪)」が新設されました。

 しかし、インターネットがより国民に浸透するに従って重大な犯罪が起きるようになりました。12年に神奈川県などで起きたPC遠隔操作ウイルスによる犯行予告事件などがそれに当たります。この事件では警察が犯人ではない人を誤認逮捕したことから、日本国内では「政府や捜査機関はサイバー攻撃に対して十分に対応できないのではないか」といった不安感が醸成されたことはご存じのとおりです。

 ―― その後、31歳の男性が威力業務妨害容疑で逮捕・起訴されましたが、捜査過程で警察は失敗を重ねましたね。

 前田 私たちは警察当局に対してサイバー犯罪への対処の仕方を全般的に講義してきたんですが、この事件の発生当時は、心構えが十分でなかった県警が多かったということです。「捜査官のレベルはあの程度だったのか」と言われれば、そのとおりでした。しかし、今は警視庁をはじめIT担当の専門家集団のレベルは上がってきています。

 ―― しかし、この事件に関して一部の弁護士は「冤罪だ」と主張しているようですが。

 前田 英語が堪能なキャリア組の刑事が米国のFBI(連邦捜査局)に行き、容疑者が有罪であることの決定的証拠を入手してきました。このように諸外国の捜査機関との連携、ウイルス対策を手掛けている企業との協力が進みました。さらに容疑者の家宅捜索から「動かぬ証拠」も出てきています。そうした証拠が5点ほどあると聞いています。ですから冤罪ということはなく、有罪であることは動かないと思います。

 

サイバー犯罪の脅威―「原発」よりも「一般生活」への攻撃の方が恐い

 

 ―― この間、日本では10年ごろから政府機関や衆参両院、民間企業、メディアなどがサイバー攻撃、いやサイバーテロを受けてきました。攻撃したのは北朝鮮でしょうか、あるいは中国でしょうか。

 前田 北朝鮮より、むしろ中国でしょうね(末尾の注参照)。ただし、これも完全にシッポを掴んだわけではありません。先ほどのPC遠隔操作事件ではありませんが、発信元のIPアドレスを把握しただけでは本当のところは分かりません。ですから、そこから先をどう突き止めていくかを考えなければなりません。

 前述したとおり、これまで日本で起きていたことは、いたずらをするか、PCマニアが何かやらかす、という程度のものでした。しかし、今は1つの国家が外交や軍事戦略の一環として攻撃して来る時代となっています。例えば尖閣諸島に関連して、日本の海上保安庁の巡視船の速度はどれくらいで、配置はどうなっているか、巡視船はどこで造られているかなどを知るだけでも中国側が得るメリットは大きいのではないでしょうか。サイバー空間が、今やそのレベルの戦場へと大きく変化したということです。

 他方、北朝鮮からのサイバー攻撃で想起されるのは、かつてのオウム事件のようなものです。同事件では狂信的な集団、それも理系の優れた信者で構成された集団がサリンを撒いたりしたわけですが、北朝鮮の場合も原子力発電所やメディアをサイバー攻撃することなどが考えられます。

 ―― 今後、起き得るサイバー攻撃として、そういうものが怖い?

 前田 原発については絶対に侵入させないような態勢を作ることは実はそんなに大変なことではありません。それ以上に心配なのは、国民生活一般にかかわる面への攻撃です。今はカネの出し入れからモノの購入まですべてインターネットが利用されています。そうしたところが攻撃され、システムへの信頼感が失われることになれば大問題です。また水道に毒を入れられる、空気を汚染される……。そういう攻撃こそリアリティーのある脅威だと感じています。

 

【注】 前田教授とのインタビューが終わった後の今年5月24日、農林水産省は、同省がサイバー攻撃を受け、省内のパソコンから12年1月から4月にかけてTPP(環太平洋経済連携協定)交渉などに関する機密文書が海外に流出した事件についての調査結果を公表した。

 調査は同省内に設けられた調査委員会が担当。その結果、①同省内のパソコン39台が「トロイの木馬」型などのウイルスに感染し、うち5台のパソコンから124点の機密文書が流出した痕跡を確認した②124点のうち85点は、政府の統一規範で2番目に重要とされる「機密性2」のものだったという。 

 どこから攻撃されたかについて同調査委は「答えられない」として、具体的な国名は明らかにしていないが、民間の専門家たちは「中国ではないか」との見方を示している。サイバー攻撃はまさに「今そこにある危機」と言っても過言ではない。

 
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