
ニッチ市場へスピンオフできない大企業
オープン・イノベーションに関して、日本企業が決定的に弱いポイントがある。産業のライフサイクルにおいてオープン・イノベーションが重要になるタイミングは図が示すように2つある。1つ目は、産業が立ち上がる前の段階。この段階では、基盤的な技術の確立が重要になる。一方で、研究開発の不確実性が極めて高いため、企業や大学、国の研究機関が集まってコンソーシアムの組織化やナショナルプロジェクトを通じて基盤技術の確立を行う。自社だけでなく外部の経営資源を利用し、基盤技術を確立しようという、いわば、オープン・イノベーションによる基盤技術の探索である。これは日本企業が得意だった。技術の研究組合やナショナルプロジェクトによる基盤技術の確立は、米国や欧州でのモデルにもなったほどである。
日本企業の課題は、2つ目のタイミングにおけるオープン・イノベーションである。産業が成熟してくると、そこで蓄積された技術を小さな市場へと逃がしてあげることが大切になる。換言すれば、新しい用途開発がポイントになる。新しい用途の開発とは、既存の技術を活用し、新しい市場を創り上げることである。ここでオープン・イノベーションが有効になる。例えば、オランダの化学・ヘルス企業のDSMは、オープン・イノベーションにより既存の技術で新しい市場を戦略的に開拓している。東洋紡とのコラボレーションによるスーパー繊維市場への進出はその良い事例である。
新しい用途開発でのオープン・イノベーションにおいて日本企業が直面している課題は2つある。1つ目は、スピンオフの少なさである。蓄積した技術を新しいニッチ市場へ逃がす場合、大企業であればあるほど狙いにくい。誰も手を付けていないブルーオーシャンの市場規模は当初は小さい。大きな固定費の存在により、最低でも100億円の事業規模がないと狙えないという大企業は多い。
米ゼロックスなどは、まだ市場が小さ過ぎて自社では進出できないブルーオーシャンに対して、積極的にスピンオフを行っている。スピンオフした企業は多くの場合、経営資源に限りがあるので、外部の経営資源を戦略的に利用するためオープン・イノベーションを考える。日本の大企業で、新しい用途開発のためにスピンオフを活用している企業はほとんどない。
競争が激しい領域でのマネジメントが苦手
2つ目は、競争をマネジメントする力の低さである。この2つ目のタイミングにおけるオープン・イノベーションが、第1のフェーズのそれと最も大きく異なるのは、競争の状況である。基盤技術確立のフェーズでは、まだ製品市場での競争は起こっていない。つまり、プレ・コンペティティブ(競争になる前)である。製品市場での競争の前の段階なので、利害関係は複雑ではなく、企業間の協力は比較的容易である。日本企業はプレ・コンペティティブな状況では協力関係を築くのは得意な一方で、競争がある時にはそれができなくなってしまう。
市場が成熟してくると、製品市場での競争は激しくなる。もはや、優れた基盤技術を開発すれば良いというフェーズではない。そこで外部の組織とともに価値づくりをしようとすれば、当然、どのようにビジネスを構築するかの大きな構想が必要となる。しかし、他社と大きなビジネスの戦略を構想し、外部の経営資源をある方向へと動かしていく力が日本企業は弱い。オープン・イノベーションには、自社の経営資源で垂直統合的にビジネスを行う〝クローズド〟な場合と比べて難しさがある。価値を共創する仲間づくりのマネジメントが、競争がかかわってくると突然弱くなるのである。
しかし、大きな価値を生み出している日本企業もある。ヒートテックを生み出した東レとファーストリテイリングのパートナーシップは、新しい用途(市場)の開発をもたらしたものであり、まさに図の2つ目のフェーズでのイノベーションである。大阪ガスもオープン・イノベーションによってセレンディピティを拾い上げようとしている。「プレ・コンペティティブでないから協力は難しい」というライバルの日本企業が多いほど、実はチャンスが広がっている。競争が激しいからこそ、価値の共創が重要になってくる。
価値づくりのプロセスをすべてオープンにすれば良いというわけでは決してない。ただ、オープン・イノベーションは自社の経営資源の価値を最高に高めるために、外部の経営資源を活用するものである。産業が成熟してきた時にこそ、もう一度、自社の経営資源の価値の高め方を再考してみるべきである。
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