マネジメント

主力事業である写真フィルム事業が厳しい局面を迎えた富士フイルムは、リストラ、新規事業参入といった大胆な構造改革によって、V字回復を達成し、今年創業80周年を迎えた。直面する危機に生き残りを懸けて大きな決断を下した古森重隆氏を突き動かした思いはどのようなものだったのか。また、その思いに至るきっかけはどこにあったのか。ジャーナリストとして活躍の場を広げる福島敦子氏が古森氏の本音に迫った。

「競争力」を持って生き延びるために

古森重隆

古森重隆(こもり・しげたか)
富士フイルムホールディングス代表取締役会長兼CEO。1939年旧満州生まれ。63年東京大学経済学部卒業後、富士写真フイルム(現富士フイルムホールディングス)入社。96年富士フイルムヨーロッパ社長。2000年代表取締役社長、03年代表取締役社長兼CEO就任。12年6月から現職。(写真=森モーリー鷹博)

福島 7割近い利益を得ていた写真フィルムの市場が急速に縮小する中で、代表取締役社長、さらにCEOに就任され、事業構造の大転換と、持ち株会社に移行というドラスティックな構造改革を行ってこられました。難しい改革を成功させるために、どのように改革を進めていったのでしょうか。

古森 「どんなやり方でやったか」なんていう生易しいものではありませんでした。当時はもう何年かたてば、利益の70%近いものがほぼなくなってしまう状況。全世界で従業員が7万人いましたし、会社が生き延びるためには何をしなければいけないか考えなければなりませんでした。例えば災害に直面した人間が、生き延びなければならないという気持ちに近かったと思います。

福島 しかも、スピードを求められる状況で、非常に苦労されたと思います。

古森 主力事業が減っていき、世界各地にある生産設備や従業員はどうするのか。コア事業だろうと、減っていく需要に対して縮小せざるを得ませんでした。

しかし、それだけでは足りず、ほかの事業を伸ばす必要もあった。われわれが持つ技術を総ざらいし、今まで取り組んでいなかった市場で参入できそうなものを探りました。

 その結果、女性に馴染みの深い化粧品や液晶などに取り組むことになりました。

福島 どんな事業に力を入れるのか、あるいは何をやめるのか、どんな分野に新規参入するのか、会社の命運を懸ける、難しい判断の連続だったと思うのですが、判断の基軸はどこに置いていたのでしょうか。

古森 その分野で競争力を持ち、戦っていけるかどうかという点でした。素人が出て行ったとしても、世界の競争で勝てるはずはない。生き延びるために、自分の力が発揮できる市場や製品群を見つける、「読み」ですね。

成功しなければリーダーではない

福島 技術革新のスピードが速い中で、将来、どのような技術開発が求められるのか、自社の技術をどんな分野に活用できるのか、先を読む精度を上げていくためには何が必要でしょうか。

福島敦子(ふくしま・あつこ) 津田塾大学卒。中部日本放送を経て1988年独立。NHK、TBSなどで報道番組を担当。テレビ東京経済番組や週刊誌での連載対談など、これまでに500人を超える経営者を取材。講演やフォーラムでも活躍。上場企業の社外取締役や経営アドバイザーも務める。(写真=森モーリー鷹博)

福島敦子(ふくしま・あつこ)
津田塾大学卒。中部日本放送を経て1988年独立。NHK、TBSなどで報道番組を担当。テレビ東京経済番組や週刊誌での連載対談など、これまでに500人を超える経営者を取材。講演やフォーラムでも活躍。上場企業の社外取締役や経営アドバイザーも務める。(写真=森モーリー鷹博)

古森 ノウハウなどはありません。会社としてまた自分でも一生懸命考え、情報を集めました。会社や市場のことだけではなく、日本の経済動向、世界経済のことも視野に入れました。もっと大きなうねりについては、歴史の動き方を知ることで大局観が磨かれる。そこから読み取り、判断する。そして会社をどうするか構想しました。経営者にとって、一番大変なのは断行、実行することで、さらには成功しなければならない。成功しない人はリーダーとは言いません。

福島 古森会長は先を読むのに迷いがなく、自信を持って実行される印象を強く受けるのですが、決断に際して、不安や迷いは生じないのですか。

古森 ありません。もちろん、レストランで何を頼もうといったどうでもいいようなことで迷うことはあります(笑)。でも、大事なことを決める時は、断行して、絶対成功させようと力がみなぎってきます。

 この応接室には「勇気」と書かれた書が飾られています。この勇気はチャレンジだとか、ファイティングスピリッツだとか、そういうものです。特に会社の大事な時は、情報を集めて、考えに考え抜いて、決めたら絶対やってみせるというように考えています。

福島 今まで多くの経営者を取材しましたが、改革は「言うは易し行うは難し」で、頭で理解しているのと実際に実行できるかは全く違う次元のことで、実行の難しさを痛感してきました。

古森 勇気があるかどうかではないでしょうか。何かをやろうとすれば、必ず反対が出てくる。選択が誤っていると思わせる現象も出てくる。しかしそれに負けず無理矢理会社ごと引きずっていくことが必要です。

福島 競争力のある技術で新事業に進出される一方、市場が縮小していくと分かりつつ、写真フィルムを切り捨てないで継続されてこられたのはなぜですか。

古森 写真というものは、人間の歴史を残す。喜びや悲しみ、感動を形で残し思い出すことができる。写真は人間にとって愛おしい文化です。メーカーとして支えなければならないし、この文化を失わせるわけにはいきません。

福島 成長を見極めて冷徹に事業を選択する一方、利益とは違う視点からの経営判断も下されるのですね。

古森 経営者としてはその2つが両立することがいいと思っています。利益の最大化だけでは企業は生きていけません。社会に貢献できる商品やサービスを提供して、それを買っていただいて収益を得る。このような形で両立するのが一番いい。写真の場合は需要が減っても維持できる形にダウンサイズして、続けるしかなかった。そういうふうにしても、写真の文化は支えないといけないと考えました。

福島 一方で、ダウンサイズのために、2006年におよそ5千人の従業員のリストラを断行しました。経営者としては非常につらい決断のひとつだったと思うのですが。

古森 プライオリティーの問題です。その時経営者として、富士フイルムという会社をサバイバルさせるためのビジョンを持ちました。会社として、一流企業であり続け、良い技術を持ち続け、いい商品を作りたいと思った。さらに売り上げ規模も2兆~3兆円/年を維持し、将来に向かって投資ができる、リーディングカンパニーであり続けたいと思いました。事業を整理できないままだったら、リーマンショックで全従業員が職を失っていたかもしれない。私の使命は、会社を存続させること。そのためにリストラの決断は致し方なかった。

福島 意外だったのが、世界で初めてデジタルカメラを開発したのも富士フイルムだったということ。デジタルにいち早く取り組むことは、自らの立ち位置を危うくすることにもなりかねませんが、そのことは結果的にプラスだったのでしょうか。

古森 富士フイルムが1998年に銀塩写真に太刀打ちできる150万画素の一般向けのデジタルカメラを初めて作りました。皮肉にもそれがきっかけで一気にデジタル化が進んだ。以後数年間、デジタルカメラで世界のトップシェアを占めました。それでフィルムが減る分を賄えましたが、さまざまなメーカーが出てきて競争となり、収益の柱として期待できなくなりました。

福島 今の日本に、古森会長のような強力なリーダーシップを発揮されているリーダーというのはあまりいないと思います。古森会長が考える、リーダーのあるべき姿というのは、どのようなものでしょうか。

古森 賢く、正しく、強く、早く、イノベーションできる姿でしょう。富士フイルムが大変な時にみんなで時間をかけて会議して、方針を決めることはできません。みんなの意見が平均値となり、平凡な答えにしかならない。そんなことで非常時は打ち破れない。例えば戦争していて、敵が攻めてきているのに一回一回会議はできません。

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