政治・経済

「安全保障」と相容れない「市場原理」

 いわゆる「安全保障」とは、何も軍事的な面に限らない。もちろん、軍事的、国防的な安全保障も国民にとって極めて重要だ。だが、実際には「安全保障」は幅広い概念である。

 例えば、離島に暮らす日本国民に、その島で「生業」を立てていただくことも、いざ「非常事態(震災など)」になったとき、全国のトラック運転手たちが物資を満載したトラックで高速道路を走り抜けることも、震災時に備えて隣近所の現況を把握しておくことも、近場に病院があり、質が高い医療を保険適用で受けられることも、すべて「安全保障」の範疇に入る。安全保障とは、日本の場合は「日本国民の生存や独立に対し、脅威が及ばぬように手段を講じ、安全な状態を保障すること」という定義なのだ。

「狭義の安全保障」、つまりは国防の面だけを見ても、現在のわが国の安全保障は「盤石たる」とはお世辞にも言えない。何しろ、軍事的な狭義の安全保障に限っても、事は自衛隊一組織で完結する話ではない。

 現在、デフレ不況、造船不況の深刻化で、日本の造船会社が苦境に陥っている。このまま造船会社の経営難を放置すると、順次、潰れていくか、あるいは大企業がこの分野から「撤退」という話になってしまう。そうなると、わが国は、「誰が海上自衛隊や海上保安庁の艦船を整備、修理するのだ」という状況に陥ってしまう。

 お気付きだろうが、安全保障の強化は「市場原理」と極めて相性が悪い。国家の役割を軽視する(というか、嫌悪する)新古典派経済学には、安全保障の確立という命題は含まれていない。いや、ないことはないのだが、「軍事分野も民営化し、市場原理により効率化すべし」という、首を傾げざるを得ないソリューションを提示してくるのだ。軍事分野を「株式会社」である民間企業に委ね、果たして「国家の安全保障」が確立されるのか。あるいは、日本の造船会社や三菱重工の防衛ビジネスについて「市場競争」の波に委ね、「市場競争の結果、日本の防衛産業が壊滅した。今後はアメリカや韓国、中国の企業に自衛隊の装備品(兵器のこと)の調達や整備を依頼しよう」といった事態になり、わが国の安全保障が維持できるだろうか。できるはずがない。わが国の安全保障は、可能な限り「ナショナリズムを共にする人々」すなわち日本国民の手により担われなければならないのだ。

国富を棄損するデフレは安全保障を脅かす

 安倍総理は7月末にフィリピンのアキノ大統領と会談し、政府開発援助(ODA)などを活用して巡視船10隻を供与する考えを表明した。フィリピンは現在、南シナ海のスカボロー礁の領有権などを巡り、中国と対立している。日本と利害関係が一致するフィリピンの海上保安能力向上を支援することで、中国を牽制することができるわけだ。

 中国の脅威が高まる中、フィリピン側から日本政府に、「南シナ海などで全面的な巡視活動を行うには、10隻程度の巡視船が新たに必要だ」との要望があったという。安倍総理はアキノ大統領との会談で、2014年度から3年程度かけて巡視船10隻を提供すると表明したが、建造費を日本側が負担しても一向に構わない。

 確かに「おカネ」だけを考えた場合、日本政府の損、フィリピン側の得になる。とはいえ、日本政府はフィリピン向け巡視船を「日本の造船会社」に発注することで、わが国の造船企業が保有する「造船能力」という国富を守ることができる。日本の造船産業は現在「2014年問題」という深刻な問題を抱えている。

 造船産業のビジネスは、基本的には長期間に及ぶ。今年受注した船を、今年中に建造するなどというケースはほとんどない。すなわち、将来、建造する船の注文は、現時点で受注していなければならないのだ。

 恐ろしいことに、世界的な造船不況の深刻化で、新建造船受注が急激に細っており、14年には日本国内で造る新造船がほぼなくなるのではないかと考えられているのだ。現時点で受注がない以上、14年の建造もない。

 造船産業は合従連衡で急場をしのごうとしているが、いずれにせよ日本の造船分野における供給能力が著しく毀損してしまうのは間違いない。何しろ、建造する船がないわけだ。

 造船産業の苦境について、「それは、グローバル市場で中国や韓国との競争に敗れた日本の造船企業の自己責任」などと切り捨てしまい、本当に構わないのだろうか。日本の造船技術が衰退すると、やがては海上自衛隊や海上保安庁の艦船の建造や整備ができなくなる。結果的に、わが国の安全保障が揺らぎ、東シナ海の向こう側で仮想敵国が狂喜乱舞することになるわけだ。

 建造費が日本政府の負担になろうとも、親日国に供与する艦船を日本企業が受注することで、「艦船の建造能力、整備能力」というわが国の貴重な「国富」を守ることができる。狭義の安全保障である「国防」に限っても、事は自衛隊だけの問題では済まないのだ。日本の「企業」もまた、日本の軍事的な安全保障を担っているのである。

 そして、デフレーションとは企業の「供給能力」という「国富」を毀損し、広義の安全保障はもちろん、狭義の安全保障すら脅かすからこそ「悪」なのだ。

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