マネジメント

 大日本印刷(DNP)の前身である日本初の総合印刷会社「秀英舎」が創業したのは1876年。1935年に日清印刷と合併し、現在の社名となった。会社が大きな転機を迎えたのは、戦後間もなくのこと。激しい労働争議が勃発し、一時は会社存亡の危機にまで立たされた。その時、労使の間に立って争議を終結させ、新たな再建ビジョンを掲げて後の躍進の礎を築いたのが、「中興の祖」と呼ばれる故北島織衛氏。現社長の北島義俊氏の実父である。以来、労使一体の気風は、長きにわたって引き継がれている。

 その後、同社は活字文化を根底から支える存在として事業を拡大する傍ら、包装(パッケージ)や建材、カラーテレビ用シャドウマスク、半導体用フォトマスクなど、印刷技術を核に新たな分野へも次々進出し、業容を拡大。これが奏功し、業界トップの座を獲得した。

 79年に織衛氏から社長のバトンを引き継いだ義俊氏は、先代と同じく事業の多角化を進める一方で海外展開も加速。80年代は、当時の高度情報通信システムを軸とした「ニューメディア」の台頭、90年代に入るとパソコンの普及とインターネットの登場など、その都度印刷文化の危機が囁かれたが、これらを乗り越え今に至っている。

 近年は、電子書籍の登場や活字離れに象徴される人々のライフスタイルの変化など、新たな環境変化にさらされている。これまで以上の向かい風が吹く中、30年以上にわたって業界を主導してきた北島義俊社長に、生き残りの秘訣とこれからのDNPについて語ってもらった。(聞き手/本誌編集長・吉田浩 写真=森モーリー鷹博)

大日本印刷 北島社長の最大のピンチ

-- 1979年に社長に就任されて以来、さまざまなことがあったと思います。環境変化の中、生き残ってきた秘訣は。

北島義俊(きたじま・よしとし) 1933年生まれ。東京都出身。58年慶応義塾大学経済学部卒業後、富士銀行(現みずほ銀行)入行。63年大日本印刷入社。67年取締役、70年常務、72年専務、75年副社長を経て、79年12月から現職。

北島義俊(きたじま・よしとし)
1933年生まれ。東京都出身。58年慶応義塾大学経済学部卒業後、富士銀行(現みずほ銀行)入行。63年大日本印刷入社。67年取締役、70年常務、72年専務、75年副社長を経て、79年12月から現職。

北島 長い歴史の中でメディア業界全体の変遷や、社会的な変動などいろいろな波があったわけですけれど、当社の場合は創業から75年間は、出版印刷だけをやってきたと言ってもよいでしょう。それが、それだけでは成長できないと言うことで、1951年からパッケージの印刷や、建材の印刷へと手を広げていきました。新しい分野へ出ていくのはリスクもあるわけですから、それらを最初にやったときには、社内にも随分反対があったらしいです。それでも印刷の領域を広げていったことが、今日につながっています。現在は電子書籍などが出てきて、新たな大きな変化の中にいると思っています。印刷全体を取り巻く環境が変わったという意味では、新たな市場が広がる可能性がある一方で、危機的な状況でもあると考えています。

-- 大きな危機感を持っていると。

北島 紙に印刷するものが、減っていることは事実です。紙の印刷物の出荷額が最も大きかったのは1991年で、印刷産業全体で8兆9千億円と言われていました。それが今では5兆7千億円と当時の60%ぐらいになってしまいました。そこだけに頼っていては成長できないどころか、会社の存続まで危うくなる状況にいます。ですから、事業の形をどう変化させていくか、日々取り組んでいるところです。

-- 80年代のいわゆる「ニューメディア」の登場や、90年代に起きたIT化などの変化と比べて、今起きていることのインパクトはそれらを上回るものでしょうか。

北島 上回るものだと思います。ニューメディアが出てきた時代にも、印刷はなくなるのではないかと言われましたが、実際には紙の市場も新しいメディアと一緒に伸びていきました。しかし、今はどんどん置き換わっているという違いがあり、当時よりも印刷業界にとっては厳しい環境にある。もちろん、雑誌や書籍の印刷だけではなく、当社が参入しているエレクトロニクス業界なども大きな波にさらされています。変化は非常に速い。

-- 社長就任後、最大のピンチを挙げるとすれば。

北島 いつでもピンチなんですが(笑)、まさに今、という気持ちは強いです。会社には次々とピンチが訪れるものですから、一カ所に安住してしのごうとすると存続にかかわってきます。

-- ずっと以前に「営業の大日本」から「技術の大日本」に変わるとコメントされていたことがあります。その想いは実現できていますか。

北島 当初からDNPの技術がそれほど悪かったわけではないとは思いますが、ただ、競合を後から追い掛けて業界トップになったので、その意味で営業の力というものが目立ったのだと思います。技術についてはずっと重んじてきましたし、例えば、ブラウン管テレビ用のシャドウマスクをつくるのに成功したのも、技術的素地があったからです。

-- 社長を務めた30年以上の期間で、御社の中で大きく変わった部分はありますか。

北島 かつて、手で組版を行っていた時代からコンピューター化する時には、社内外から反対がありました。ただ、先を見据えれば手作業を続けるのは不可能で、そうした変化に取り組んできたからこそ、当時のニューメディアや、今のネット時代にも対応できているということだと思います。

時代のニーズと大日本印刷の変化

-- そうした歴史は印刷業界全体の資産でもありますね。

北島 当社が明治時代につくった秀英体というオリジナル書体が、変遷を経て今でもかなり使われていますが、2005年から「平成の大改刻」と称して、活字の形を1文字ずつすべて直し、12年にようやく完成しました。そういう目に見えない努力を積み重ねていかないと、われわれの事業は成り立ちません。

-- 1文字ずつだと気が遠くなるような話ですね。

北島 元の活字をそのままデジタル化すると線が細くなるので、太くしたり、ふくらみを持たせたり、何万もの文字を1つずつバランスを取っていくという本当に大変な作業でした。お陰さまで、出版社の方々には評価していただいています。

-- 新しい分野に対する取り組みは。

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「コミュニケーションプラザ ドットDNP」では親子で本や写真の新たな楽しみ方を体験できる

北島 一昨年から「未来のあたりまえを作る」というキャッチフレーズの下、「情報流通」「健康・医療」「環境・エネルギー」「快適な暮らし」の4つの領域に絞り込み、社会全体の課題解決にどう参画していくかを考えています。印刷技術にはまだいろいろできることがあると思います。

 また、印刷はもともとBtoBの世界ですが、やはり、その先の生活者、Cのことをもっと知らないと対応できない。BtoBtoCの形で、生活者の皆さまにもっと当社を知ってもらうと同時に、どういうものをわれわれに求めているのかが直接分かるように、昨年「コミュニケーションプラザ ドットDNP」という施設を作りました。本や写真などの新たな楽しみ方を見つけていただくための体験型スペースで、親子でデジタル絵本を見に来ていただいたり、撮影やプリントを体験していただいています。生活者との直接の対話を重ねることで、われわれが進むべき方向が見えてくることもあります。生活者に当社を認知してもらえるように、2012年からは創業以来、初めてテレビコマーシャルも流しています。その時にDNPenguin(ディー エヌ ペンギン)というキャラクターをつくって、広報マンの役割をさせています。お陰さまで、予想以上に認知度は高まってきたようです。

-- 次の50年、100年を生き残るために必要なことは。

北島 会社というものは時代のニーズに合わせて変わらなければいけませんから、ある程度先を見ながらやっていくことが大事でしょうね。長寿企業と言っても、多くの企業はその間中身がものすごく変わっています。それを絶えずやっていかないと寿命が尽きてしまうことになるでしょう。

-- ご自身の後継者に望むことは。

北島 われわれは特に労使一体ということを意識してきましたから、そういう方向で物事を考えてくれる人。1945年にものすごく大きな労働争議があって、このままでは会社がつぶれてしまうというところまでいきました。それを乗り越えて、労使一体の気風がずっと引き継がれています。形を変えながらこれだけの歴史を刻んできた会社なので、それを継承した上で、新しいチャレンジをしながら事業を発展させられる人ですかね。

 

 

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