文化・ライフ

筆者プロフィール

(よねやま・きみひろ)作家、医師(医学博士)、神経内科医。聖マリアンナ大学医学部卒業。1998年2月に同大学第2内科助教授を退職し、著作活動を開始。東京都あきる野市にある米山医院で診察を続ける一方、これまでに260冊以上を上梓。講演会、テレビ・ラジオ出演、テレビ番組企画・監修も行っている。NPO日本サプリメント評議会代表理事、NPO日本プレインヘルス協会理事。

 

大学病院が得をする〝医学博士〟のカラクリ

 iPS細胞よりも簡単に臓器再生を可能にすると思われたSTAP細胞――その驚きと期待もつかの間、研究者と研究所のドタバタ劇を見せられ、がっかりさせられた。果てには、研究者の博士論文にまで疑念が向けられ、博士号の価値も問われ始めている。

 この騒動を眺め、「さもありなん」と思うのは、私だけではないだろう。

 例えば、「医学博士」。世間一般では、この称号に対する尊敬の念がまだまだあるようだが、一方で、「医学博士号は足の裏の米粒に等しい」と陰口も叩かれてきた。そのせいか、今の若い医師たちは医学博士号ではなく専門医の資格を取ることに力を注ぎ、医学博士号を取得しようとする医者の数は減っているという。

 少し前まで、医学博士の制度は、医者を医局に縛り付けるための便利な手段であった。

 医者は2年間の研修を終えると、医局に所属して病院で働くか、大学院へ行きそこで医学博士の論文を書くかのいずれかの道に進む。

 ただし、医学部の大学院には、ほとんどの場合、特別な建物や研究施設はない。そのため、かつての私も含め、医学博士を目指す医者たちは皆、医局に所属し、大学院の学費(年間60万円ぐらい)を支払いながら、病院でタダ働きをしていたのである。大学院生だからと言って、特別扱いされることはほとんどなく、研究する時間は午後6時以降のことが多かった。

 大学病院にとっては、無償で働いてくれて、なおかつ大学にお金まで支払ってくれる医者が使えるのだから、これほどありがたい話はない。ただし、医者のほうにも打算があった。大学院に行けば、ほぼ自動的に医学博士号が取れるという打算だ。

医局主任教授の大事な収入源となる医学博士論文

 医学博士を目指す医者は、医局における主任教授の重要な収入源でもあった。

 博士論文の研究のネタは、原則として、教授や助教授が提供し、上司が部下の指導に当たるのが原則だ。しかし「指導」とは名ばかりで、出来の悪い部下に成り代わり、上司が博士論文をすべて書いてあげるケースも少なくなかった。

 博士論文の審査は医局の主任教授が行い、副査は、主任教授の仲間の教授に頼むことが多い。その場合、主任教授を含め50万円から100万円の謝礼を後から差し出すのが通例だった。

 さすがに、最近では、そんなことは行われていないだろうが、当時はそれが普通のこと。なので、自分の医局に数名の大学院生を抱えていれば、主任教授は毎年かなりの謝礼を受け取っていたはずだ。

 論文の目的・意義を失っては論文騒動がまた起こり得る

 断っておくが、私は謝礼金や大学院制度について批判したいわけではない。問題にしたいのは、博士論文が研究論文としてほとんど無価値になっていることだ。

 博士論文を審査する側も、論文としての形式が整っているか、あるいは、参考文献の書き方はルールに則っているかなど、形式部分のチェックに終始し、肝心の中身についてはさしたる点検はしない。

 このように、医学の大学院で4年もの歳月をかけて無価値な研究論文が作られていき、教授の収入を潤すだけで終わるというのは問題だろう。

 冒頭部分でも触れたとおり、現在、STAP細胞の研究論文を書いた人の博士論文の内容が問題視されている。

 ただし、私に言わせれば、博士論文なんて、所詮、あの程度のものなのである。しかも、これは医学界・医学部に限った話ではなく、他の学部でも同様であるらしい。

 中には、「博士論文を書き上げることで、研究者としての基本が学べる」という方もおられる。

 だが、基本を学ぶにしては、時間とお金が掛かり過ぎるし、大学院での授業・教育も少な過ぎる。国からの補助金も出ているのだから、4年間の教育成果が無価値な論文では、税金の無駄遣いと言わざるを得ないだろう。

 博士論文を書き上げる段階できちんとした教育を受けていれば、写真の転用や文献のコピペが許されないことぐらいは分かる。逆に、大学院が本当の研究者を育てられないなら、STAP細胞をめぐる今回の騒動のような事件がまた起こる可能性がある。

 日本の大学院が、博士号の価値を本当に高めたいのなら、論文の審査を学内審査ではなく、第三者機関に委ねたほうがいい。これにより、博士論文が主任教授の利権から切り離され、中立的な論文として、価値が高まっていくはずだ。研究者の研究は、客観的な科学の視点が失われた時点で、単なる思い込みになる。そこから革新的な研究が生まれることはない。

 博士論文をめぐるさまざまな問題は、日本の科学の現状を象徴しているのかもしれない。

 

筆者の記事一覧はこちら

【文化・ライフ】の記事一覧はこちら

 

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

二宮清純のスポーツインサイドアウト

一覧へ

米山公啓の現代医療の真相

一覧へ

見落としやすい薬の副作用

[連載] 現代医療の真相(第19回)

現代医療の真相

[連載] 現代医療の真相(第18回)

肺炎球菌ワクチンから見えるワクチン後進国日本

[連載] 現代医療の真相(第17回)

認知症・徘徊老人を受け入れる街づくり

[連載] 現代医療の真相(第16回)

サプリメント・ブームにもの申す

[連載] 現代医療の真相(第15回)

インフルエンザ予防接種は受けるべきか

吉田たかよしのビジネス脳の作り方

一覧へ

ネット検索の集中力は「独り言」で高まる!

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第20回)

ビジネス脳の作り方

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第18回)

人材育成のコツ ~部下の才能を褒めるとダメ人材に育つ~

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第17回)

株取引の損得は男性ホルモン量で決まる?

[連載]吉田たかよしのビジネス脳の作り方(第16回)

アルツハイマー病は脳の糖尿病!?

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

売上実績トップ企業に聞く「住宅リフォームの最新トレンドと課題」―榎戸欽治・ニッカホーム会長

素人にはなかなか分かりにくい住宅リフォームの世界。最近の業界動向と事業戦略について、売り上げ規模で全国ナンバーワンを誇るニッカホーム創業者の榎戸欽治会長に聞いた。(聞き手=吉田浩)榎戸欽治氏プロフィールリフォーム業界におけるニッカホームの競争力水廻りと木工事を絡めた中型リフ…

榎戸欽治・ニッカホーム会長

家族葬のファミーユが目指す「生活者目線で故人に寄り添う」葬儀の形

不動産のノウハウや技術を生かしサステナブルインフラへ―いちご

新社長登場

一覧へ

カリスマ創業者の後任として描く「新しいマネックス証券像」― マネックス証券社長 清明祐子

2019年4月、国内インターネット専業証券で初の女性社長が誕生した。創業者であり、カリスマ社長と呼ばれた松本大前社長から後任を託されたのが清明祐子氏。清明氏は09年にマネックスグループに入社し、子会社社長やグループ役員を経て、マネックス証券の社長に就任した。清明社長はカリスマの後任としてどんな会社をつくってい…

マネックス証券社長 清明祐子

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

「事業部門の連携を活性化させ営業利益100億円を目指す」 内藤宏治(ウシオ電機社長 )

イノベーターズ

一覧へ

シリコンバレーへの挑戦が生んだ「起業家と投資家が待ち望んだサービス」― 戸村光・ハックジャパンCEO

起業家のスタンスとして、画期的な技術やビジネスモデルを社会で活かすことを目的としたイノベーション先行型もあれば、社会課題解決を最優先とし、そこに必要な技術やノウハウを当てはめていくやり方もある。ハックジャパンCEOの戸村光氏の場合は後者。対象となる課題は「身の周りの気付いたことすべて」だ。(取材・文=吉田浩)…

戸村光・ハックジャパンCEO

「測量美術」が起こす道路工事のイノベーション―草木茂雄・エムアールサポート社長

IT化で変革する産業廃棄物処理の世界―福田隆(トライシクルCEO)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年12月号
[特集] 沸騰する食ビジネス!!
  • ・食ビジネスが熱い!! 未来型食品が社会課題を解決する
  • ・市場規模70兆円! 食ビジネスが過熱するわけ
  • ・完全バランス栄養食で誰もがラクして健康になれる
  • ・人工光型植物工場で世界の食と農に新しい常識を
  • ・宇宙食ビジネスで勝ちに行く 10年後に5千億円市場創出へ
  • ・“大人の給食”で栄養の基盤をつくる
  • ・人工肉で糖質制限者に無制限のおいしさを
  • ・テクノロジーで高品質なジビエ調達が可能に
  • ・昆虫食ビジネスの時代到来
[Special Interview]

 伊藤秀二(カルビー社長)

 掘り出そうカルビーの未来

[NEWS REPORT]

◆エンジニアへの高額給与で 富士通は生まれ変われるか

◆豊田章男・自工会会長が挑む東京モーターショー100万人

◆消費増税で現金主義は終焉 キャッシュレス時代が到来した

◆加速するeスポーツ市場! インテルが東京で世界大会を開催

[総力特集]

経済界創刊55周年記念 新しい日本のかたち

東京1964からの55年と東京2020以降の日本の姿

ページ上部へ戻る