政治・経済

バブル崩壊後の「失われた20年」。その間、IT(情報技術)革命が各国で進行、日本の国際競争力を低下させた。なぜ日本はIT革命に乗り遅れたのか。情報経済論の権威、篠㟢彰彦氏にその根本原因を聞く。

篠﨑彰彦氏は語る IT化を阻んできた日本のホワイトカラー

 バブル崩壊後、日本経済は20年間、暗いトンネルを抜け出せずにいた。その要因の一つとして、日本企業がIT革命に乗り遅れたことがあるとされている。その正否を探るべく、ここでは、情報経済論の第一人者の、篠㟢彰彦氏にご登場を願う。まず確認したいのは、IT革命の本質だ。篠㟢氏はこう説く。

 「IT革命を私は『情報革命』と呼んでいます。この革命は、産業革命と共通する部分もあれば、異なる部分もあります。産業革命は、雇用の『代替』、『誘発』、そして『創造』という変化を引き起こしました。このうち、『雇用代替』とは、新技術による機械化で人の仕事が奪われることを意味し、『雇用誘発』とは、新技術をベースにした機械の需要が増え、それを作るための労働需要が膨らむことを意味します。そして、『雇用創造』とは、新技術によって過去にはなかった新産業(産業革命期で言えば、鉄道や蒸気船産業)が勃興し、新たな雇用が生まれることを示します」

 「情報革命も、これと同様のことが起きてきたんです。違いは、機械化で仕事を奪われる対象が、産業革命時のブルーカラー(肉体労働者)ではなく、ホワイトカラー(頭脳労働者)である点です」

 ならばなぜ、日本は情報革命に乗り遅れたのか。篠㟢氏の答えはこうだ。

 「ホワイトカラーの仕事は、実は、情報の処理なんです。日本の場合、米国などに比べ、ホワイトカラーの適応能力や情報処理能力がそもそも高く、かつてはそれが日本企業の強みでした。ところが、1990年代に巻き起こった情報革命を境に状況が大きく変わり始めたんです。もともと米国では、個々のホワイトカラーの融通の効かなさや、意思疎通の欠落を補うために組織内外の情報流通プロセスを形式化していました。対する日本では、極めてアナログ的な『あ・うん』の呼吸で、柔軟に情報のやり取りをこなしていました」

 そして、IT技術の発達によって形式化された情報流通のほうが、「あ・うん」の連携よりも効率的になり、日本の強みが失われていった。つまり、個々人の能力の高さが逆に情報化を遅らせ、日本企業の弱体化を招いたわけだ。

 「また90年代の米国では、ITによって職を奪われるホワイトカラーが大量に出始めましたが、日本ではホワイトカラーの雇用になかなか手をつけようとしなかった。その裏を返せば、日本ではIT化による生産性の伸びに乏しかったと言えるんです」

篠﨑彰彦(九州大学大学院 経済学研究院 教授・経済学博士)

篠﨑彰彦(九州大学大学院 経済学研究院 教授・経済学博士)

篠﨑彰彦氏は語る 新興国への進出でも他国に完敗

 米国では、企業は株主のもの。しかし、かつて賞賛された日本的経営では、「社員による自主管理」を基本としてきた。そんな企業文化の中で、仮に、IT化で自己の存在意義が失われると中高年社員が判断した場合、IT化は進まず、ITリテラシーの高い若手社員の声は押さえ込まれる。結果、日本企業のIT化は遅れ、国内IT産業の発育不全が常態化したということだ。

 篠㟢氏によれば、日本では今もなお、IT化によるホワイトカラーの再生は進まず、ITを活用した新産業もほとんど生まれていないという。確かに、米国では過去20年の間に、グーグルやアマゾン、フェイスブックといった新興企業が飛躍的な成長を遂げ、巨大企業の仲間入りを果たしている。対して、日本では、その種の成功事例はほとんどない。加えて、日本のIT産業は、開発途上国への進出で他国の圧倒的なリードを許していると、篠㟢氏は嘆く。

 「開発途上国の情報通信市場では、欧州系のインフラ、中国・韓国系の情報機器、米国のアプリケーションという布陣が既に出来上がりつつあります」

 そんな中で、日本のIT産業が国際競争で生き残れる可能性はあるのだろうか。篠㟢氏は、少し厳しい表情を浮かべながら、次のように答える。

 「日本のIT産業が、世界を相手に戦っていくのは正直厳しい。それでも戦いを挑むのであれば、必要とされることの一つは、アイデア力の強化でしょうね。要は、新しい商品なり、サービスなりを生み出す能力を磨くということです」

 「日本のIT企業は総じて、『こういったモノを、このスペックで作ってくれ』という要求には上手く応えられますが、何もないところから新たに創造するのは不得手です。そのせいで、世界に通用する日本のITブランドがなかなか出てこないのが現実なんです。その意味でも痛感するのが人の問題。日本の会社のローテーション人事や、若い人たちが同質的な競争に疲弊しているのは問題です。さらに言えば、会社の中で上に立つ人間が、あらゆる権限を掌握し、責任だけを下に押しつけようとする悪しき文化も根づき始めています。かつての日本には、権限を下に与えて上が責任を取るという文化があった。最終的には、その文化をどう取り戻すかの問題に行き着くのではないでしょうか」

 

【政治・経済】の記事一覧はこちら

 
経済界 電子雑誌版のご購入はこちら!
雑誌の紙面がそのままタブレットやスマートフォンで読める!
電子雑誌版は毎月25日発売です
Amazon Kindleストア
楽天kobo
honto
MAGASTORE
ebookjapan
 

雑誌「経済界」定期購読のご案内はこちら

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ
一般社団法人かぎろい出版マーケティング代表 西浦孝次氏

[連載] 深読み経済ニュース解説

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

水辺に都市が栄える理由と開発の事例を探る

[特集 新しい街は懐かしい]

水辺に都市が栄える理由と開発の事例を探る

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫とは

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

三和銀行の法皇・渡辺忠雄の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第14回)

住友の天皇・堀田庄三の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第11回)

商売の神様2人の友情 江崎利一と松下幸之助

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

次なるステージを駆け上がる日本電子「70年目の転進」–日本電子

 最先端の分析機器・理科学機器の製造・販売・開発研究等を手掛ける日本電子(JEOL)は、ノーベル賞受賞者を含むトップサイエンティストや研究機関を顧客に、世界の科学技術振興を支えてきた。足元の業績は2019年3月期で連結営業利益、同経常利益、同最終利益がいずれも過去最高を更新。かつては技術偏重による「儲からない…

独自開発のホテル基幹システムで業務効率化と顧客満足度を向上–ネットシスジャパン

逆転の発想で歴史に残る食パンを 生活に新しい食文化をもたらす–乃が美ホールディングス

新社長登場

一覧へ

森島寛晃・セレッソ大阪社長が目指すクラブ経営とは

前身のヤンマーディーゼルサッカー部を経て1993年に創設されたセレッソ大阪。その25周年にあたる2018年12月に社長に就任した森島寛晃氏は、ヤンマー時代も含めて通算28年間セレッソ一筋、「ミスターセレッソ」の愛称を持つ。今も多くのファンに愛される新社長が目指すクラブ経営とは。聞き手=島本哲平 Photo=藤…

森島寛晃・セレッソ大阪社長

カリスマ創業者の後任として描く「新しいマネックス証券像」― マネックス証券社長 清明祐子

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

イノベーターズ

一覧へ

非大卒就職マーケットの変革に挑む元教師の挑戦―永田謙介(スパーク社長)

日本企業の年功序列と終身雇用が崩壊に向かう中、制度を支えてきた大学生の新卒一括採用の是非もようやく議論されるようになってきた。一方、高校卒業後に就職する学生のための制度は旧態依然とし、変化の兆しがほとんど見えない。こうした現状を打ち破るべく、非大卒就職マーケットの改革に挑戦しているのがSpark(スパーク)社…

起業家にとって「志」が綺麗ごとではなく重要な理由―坂本憲彦(一般財団法人立志財団理事長)

勉強ノウハウと法律知識で企業の「働き方改革」を促進する―鬼頭政人(サイトビジット社長)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2020年7・8月合併号
[特集] 世界で売れるか!? 日本カルチャー
  • ・拡大のカギは「点」の活動を「面」にしていくこと
  • ・技術はあくまで手段。感動を生み出すことが市場を拓いていく 迫本淳一(松竹社長)
  • ・世界最大の中国市場 攻略のカギはどこにある!?
  • ・41カ所の海外店舗で和菓子の心を世界に 岡田憲明(源吉兆庵ホールディングス社長)
  • ・プロが認める商品として日本茶ブランドを構築 丸山慶太(丸山海苔店社長)
  • ・機能性とファッション性で再発見される地下足袋の魅力
  • ・日本を発信するビームス ジャパン 常設ショップ視野に海外でも販売
  • ・盆栽輸出量は16年で20倍 今や「BONSAI」は共通語
[Special Interview]

 大崎洋(吉本興業ホールディングス会長)

 数字じゃない存在意義が、より問われてくる

[NEWS REPORT]

◆アビガンで注目集める富士フイルム・医薬品事業の実力

◆100周年を襲ったコロナ禍 マツダは危機を乗り越えられるか

◆住宅から高級家具まで「ダボハゼ」ヤマダ電機の明日

◆抽選倍率100倍の超人気 シャープがマスク製造する真意

[特別企画]

 危機を乗り越える

◆緊急事態宣言で導入企業が激増 ビジネスチャットが変える働き方

◆在宅ワークの効率を上げる方法とストレスマネジメント

◆輸入依存の中国経済にコロナ禍がとどめの一撃 石 平(作家、中国問題評論家)

ページ上部へ戻る