テクノロジー

世紀の大発見と騒がれながら、論文の不正疑惑で一瞬にして評価が地に堕ちてしまったSTAP細胞。研究リーダーである小保方晴子氏へのバッシングの陰には、政治的思惑も囁かれている。(文=ジャーナリスト/小森昭)

「断罪」の発表を急いだ理研

論文の不正疑惑について釈明する小保方晴子氏(Photo:時事)

論文の不正疑惑について釈明する小保方晴子氏(Photo:時事)

 STAP細胞をめぐる科学界の混乱は一般には理解しにくい。そもそも科学の世界はトライ・アンド・エラーが前提だ。第三者の検証を経て、最初の論文に誤りが見つかっても不思議はない。にもかかわらず、理化学研究所(理研)は早い段階で小保方晴子ユニットリーダーを「捏造」「研究不正」と断罪した。

 なぜ急いで結論を出さなければならないのか。真相は明らかではないが、理研の周辺ではいくつも政治的な観測がささやかれている。

 最初に、基本的なことを確認しておきたい。「捏造」「研究不正」との指摘に対して、小保方氏は自ら開いた記者会見で「悪意はなかった」と反論した。しかし本来、研究不正に悪意の有無は関係ない。

 たとえ親切心からであっても、画像に手を加えれば論文を読む研究者の判断の誤りを招く恐れがある。一般的な言葉で言えば「正直でない」あるいは「誠実でない」論文を書くことを科学の世界では「不正」と呼ぶ。そうした意味で不正を働いた小保方氏が、研究倫理を問われることは仕方がない。

 また、STAP細胞の存在の根拠となる論文が「不正」であったとすれば、存在は認められないというのが科学者のとるべき態度だ。内心でSTAP細胞を信じ、あるいは期待を寄せる研究者であっても、良心に基づいて「現時点では仮説にすぎない」と主張するしかない。

 理研の調査はあくまで論文が証拠になるかどうかであって、STAPの存否に関しては結論を出していない。しかし小保方氏を「捏造」「研究不正」と断罪すれば、理研が「STAPは虚偽だった」という心証を固めたと社会一般は受け止める。

 理研に、そうした予想ができなかったとは考えられない。調査委員会の報告は、むしろ社会一般に「虚偽」という暗黙のメッセージを送ったかのようだ。小保方氏に虚偽の動機めいたものがなく、本人もそれを認めていない中で、なぜ理研は断罪の発表を急がなければならなかったのだろうか。

「やっかいな存在」としてのSTAP細胞

 以下は理研周辺の学者や研究者がSTAP細胞事件についてもらした感想である。単なる観測であって、裏づけとなる事実はない。しかし正鵠を射ている可能性は十分にある。

 理研による小保方氏断罪の背景には、まず「嫉妬」が挙げられる。小保方氏は早稲田大学理工学部で博士課程までを過ごした。私学の理系の研究予算は十分でない。多額の費用を要する先端研究は国立の名門大学が担い、私学は理系のサラリーマン養成に活路を見いだすというのが科学の世界では常識だ。

 その中で、私学出身の若手女性研究者が独力に近い形でノーベル賞級の成果を挙げてしまった。名門国立大で育った日本の科学技術のリーダーたちは面白くない。小保方氏が、いかにも私学出らしい「未熟さ」をさらけ出したことで批判が厳しくなったことは十分に考えられる。

 理研が、小保方氏をスターに祭り上げてしまったことへの「自己反省」という見方もある。理研の広報は当初、京都大学の山中伸弥教授のiPS細胞に匹敵するテーマとしてSTAP細胞を売り出そうとした。小保方氏個人の魅力もあり、予想をはるかに上回る成果があった。

 実際には、STAP細胞は研究の糸口にすぎない。小保方氏の売り出し方を苦々しく感じた研究者は理研幹部の中にもいる。そうした反省が「研究不正」への風当たりを強くしたかもしれない。

 さらに「特定国立研究開発法人」の指定問題を理由に挙げる人も少なくない。政府は今国会で、政府系の研究開発機関の一部に潤沢な予算を配分する法案を準備している。理研は最有力候補の1つだが、小保方氏のような未熟な研究者が在籍していれば指定を取り逃がすかもしれない。その恐れから小保方氏の処分を急いだ可能性がある。

 これと連動して「予算の取り合いが背景にある」と予想する研究者もいる。政府は平成26年度予算に、再生医療分野の独立行政法人経費として151億円をつけた。その大半がiPS細胞実用化の関連事業に投じられる。同分野の有力研究者の多くが恩恵を受けている。

 テーマを選び、複数年にわたる研究計画を立て、国に採択してもらったばかりの研究者にとって、自らの研究の意義を傷つけてしまうかもしれないSTAP細胞は「やっかいな存在だ」とある大学教授は打ち明ける。別の研究者は「iPSが一区切りついた頃に、次のテーマとして出てきてほしかった」と冗談めかして言う。

 研究によって生活の糧を得ている人たちにとっては正直な感想だろう。カネの掛かる自然科学の研究は、政治と切っても切り離せない関係にある。STAP細胞が主役になったら困る学者は、確実に存在する。

 もちろん、小保方氏が全く虚偽の研究をしていた疑いも晴れたわけではない。STAPの存否にかかわらず、研究方法の未熟が混乱を生んだ責任からも逃れられない。今後は予断を控え、冷静に事態の推移を見守る必要がある。

関連記事

好評連載

エネルギーフォーカス

一覧へ

緑の経済成長とエネルギー

[連載] エネルギーフォーカス

Energy Focus

[連載] エネルギーフォーカス

電力業界のイノベーション

[連載] エネルギーフォーカス

10年後の電力業界の様相(2)

[連載] エネルギーフォーカス

発電単価から既存原発の経済性を考える

[連載] エネルギーフォーカス

日本は再生エネルギーで世界トップとなる決断を

テクノロジー潮流

一覧へ

アジア大会とノーベル賞

[連載] テクノロジー潮流

テクノロジー潮流

[連載] テクノロジー潮流

水素社会へのステップ

[連載] テクノロジー潮流

エボラ出血熱と情報セキュリティー

[連載] テクノロジー潮流

21世紀の日本のかたち 農電業と漁電業

[連載] テクノロジー潮流

工学システムの安全について

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

刺激を浴びて徹底的に考え抜くことで自らを変革する―― 鎌田英治 グロービス 知命社中代表

「創造と変革」を掲げリーダー教育事業を展開しているグロービス。未来が予見しづらい混迷の時代を迎え、まさに新たな時代を切り拓いていくリーダーが求められている。そのような状況を受けて、グロービスは昨年、新たに執行役員以上に限定したエグゼクティブ向けのプログラム「知命社中」を開設した。[PR]次世代を担う経営リーダ…

ワンストップで手厚くサイトの売却をサポート――中島優太(エベレディア社長)

「支持政党なし」をつくった男のユニークな発想とビジネス――佐野秀光(情報通信ネットワークグループ社長)

新社長登場

一覧へ

「技術立脚の理念の下、付加価値の高い香料を開発します」――高砂香料工業社長 桝村聡

創業から95年、海外に進出してから50年以上たつ国際派企業の高砂香料工業。合成香料では日本最大手であり、国際的にも6%以上のシェアを持つ優良企業だ。100年弱の歴史を持つ高砂香料工業── まず御社の特徴をお聞かせください。桝村 1920年創業ですから、2020年に100周年を迎える香料の専門メーカーです。基本…

桝村 聡

「ネット広告が変わってもクライアント本位の姿勢は変わりません」--バリューコマース社長 香川仁

「最新情報を発信、人と企業の働く環境を良くしていきます」--マンパワーグループ社長 池田匡弥

イノベーターズ

一覧へ

老舗コニャックメゾンがブランド強化で日本市場を深耕――Remy Cointreau Japan代表取締役 宮﨑俊治

フランスの大手高級酒グループ、レミー・コアントロー社の日本法人。18世紀から愛飲されてきた名門コニャックの「レミーマルタン」や世界有数のリキュール「コアントロー」をはじめ、スピリッツやウイスキーなど戦略的なラインアップを日本市場で展開している。同社の宮﨑俊治代表取締役に事業展開について聞いた。 &nbs…

デザイナーズ家具のEC販売で業界の“常識打破”に挑戦――リグナ社長 小澤良介

内装空間の総合プロデュースで想いをカタチに創り上げる――ユニオンテック社長 大川祐介

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 教育部門と…

大学の挑戦

創立100周年を控えて「世界に貢献し、インパクトを与える人」の育成に努めます――西南学院大学・K.J.シャフナー学長

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

企業eye

一覧へ

不動産の現場から生産緑地の将来活用をサポートする――ホンダ商事

ホンダ商事は商業施設や宿泊施設の売買仲介、テナントリーシングを手掛けている。本田和之社長は顧客のニーズを探り最適な有効活用を提案。不動産の現場から、生産緑地の将来活用など社会問題の解決にも取り組む。── 事業の概要について。本田 当社は商業施設やホテル、旅館の売買・賃貸仲介(テナントリーシング)を…

企業eye

社員の人間力を武器に5期連続増収を果たす投資用不動産会社――パートナーズ

クラウドソーシングを活用した動画制作やオンライン動画制作プラットフォームを提供――Crevo

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2018年7月号
[特集]
社会課題で儲ける!

  • ・総論 グローバリズムとどう折り合いをつけるのか
  • ・なぜ、よしもとは社会課題と向き合うのか 大﨑 洋(吉本興業共同代表取締役CEO)
  • ・茶葉から茶殻までバリューチェーン全体で価値を創造する 笹谷秀光(伊藤園顧問)
  • ・持続可能な経営は、持続可能な地域が支えている キリンホールディングス
  • ・人生100年時代の健康問題に取り組む ファンケル
  • ・世の中に貢献する中で商売を広げていく ヤマト運輸
  • ・社会課題を解決する金融モデルは、懐かしい過去に学ぶべき 吉澤保幸 場所文化フォーラム名誉理事

[Special Interview]

 芳井敬一(大和ハウス工業社長)

 創業のDNAに立ち戻り、オーナーの教えを伝承・実践

[NEWS REPORT]

◆史上最高益でも原価低減 豊田章男の「原点回帰」

◆成長戦略再考を迫られた富士通の苦境

◆市場規模はバブル前に逆戻り 規模より知恵を問われるビール商戦

◆7兆円M&Aを仕掛けた武田薬品の野望とリスク

[特集2]

 オフィス革命 仕事場を変える、働き方が変わる

ページ上部へ戻る