マネジメント

親族企業同士による合併という、グローバルカンパニーとしては珍しいルーツを持つキッコーマン。単純な同族経営とは違う同社の強みはどこにあり、なぜ長年にわたって競争に勝ち残ることができたのか。茂木名誉会長を直撃し、その秘密に迫った。(文=本誌編集長・吉田浩 写真=森モーリー鷹博)

茂木友三郎氏が語るキッコーマンの歴史 労働争議を近代化のキッカケに

 キッコーマンの原点は17世紀中ごろ、現在の千葉県野田市で始まった醤油づくりである。豊富な水資源に恵まれた同地域は醸造醤油の産地として栄え、多くの醸造家が誕生。そして、1917年に野田の茂木6家、高梨家、流山の堀切家の8家が合同で「野田醤油株式会社」を設立した。

 もともとはライバル関係であった各家だが、大正時代の不況の中、経営の近代化を進め、新しい時代の醤油メーカーとして発足した。この8家合同に当たって商標を「キッコーマン」に統一することを決定。全国的に商標を統一したのは1940年のことである。

 歴史を振り返ると、歴代社長は3家から2人ずつ、2家から1人ずつ、8家以外の准ファミリーから2人、外部から2人選出されている。現在13代目社長を務める堀切功章氏は、堀切家当主としては初の就任となる。

 茂木家出身で95〜2004年に社長を務め、現取締役名誉会長の茂木友三郎氏は、8家による経営の特徴についてこう語る。

「能力のない人が経営に携わるというのが同族経営の大きな弊害です。これをなくすために、もともと競争関係にあった8家を1つにしたのが先輩たちの知恵だと思います。当時の経営者たちにとって、合併は非常に大きな決断だったと思いますが、それをうまく実行することができました。誰が言いだしてどう決まったかは分かりませんが、入社するのは1家から1世代で1人という取り決めがあります。ただし役員にする保証はしないという不文律があり、これが今も続いています。ファミリービジネスの良い点は、使命感が強く、情熱を持っている人が多いということ。そういう面を生かしながらやっていかなくてはいけない。でも、他の人にチャンスがないのも駄目。適任者がいれば、社長は必ずしもファミリー出身者にこだわりません」

 8家はお互いにライバル関係というわけではないが、それぞれが子どもの教育に熱心になるといった効果もあるという。同族経営のマイナス面を極力減らしつつ、プラス面を伸ばすというのが8家合同の大きな狙いだ。

 8家の合併後は、事業規模の拡大や工場の近代化が可能になり、全国一のブランドとしてシェアを伸ばし、野田のローカルブランドからナショナルブランドへと脱皮を遂げていった。

 だが、1927年に会社を揺るがす大問題が発生する。戦前の3大ストライキとして記録に残る労働争議が勃発したのだ。賃上げをめぐって経営陣に反発した工場労働者が団結し、この時のストライキは218日間にも及んだ。茂木氏は言う。

 「私が60年代にコロンビア大学に留学していた時に聞いた話では、米国の大学でも弊社のストライキを研究した人がいたくらいで、世界的にも知られる大事件だったようです。結果として、会社側が勝ちましたが、その後、重要な教訓として社是を作ったのです」

 「産業魂」と銘打たれたその社是の中身は、企業は利潤を得るだけの場ではなく、社会の公器である、経営者は株主以外の従業員や地域社会にも配慮すべし、というものだった。現代のコンプライアンス経営をいち早く先取りする内容だったと言える。

 「労働争議は大ピンチでしたが、それを企業の近代化に結び付ける。災い転じて福となす。会社になって最初の大きなピンチをそういう形でしのいだことが、今につながっています。8家が一致団結してピンチに立ち向かったから成功した。もしこれが、2家や3家だったら、お互いが張り合ってうまくいかなかったかもしれません」

茂木友三郎(もぎ・ゆうざぶろう) 1935年生まれ。千葉県出身。58年慶応義塾大学法学部卒業後、野田醤油(現キッコーマン)に入社。61年米コロンビア大学経営大学院修了。79年取締役、95年社長CEO、2004年会長CEO。11年取締役名誉会長、取締役会議長就任。

茂木友三郎(もぎ・ゆうざぶろう)
1935年生まれ。千葉県出身。58年慶応義塾大学法学部卒業後、野田醤油(現キッコーマン)に入社。61年米コロンビア大学経営大学院修了。79年取締役、95年社長CEO、2004年会長CEO。11年取締役名誉会長、取締役会議長就任。

茂木友三郎氏が語るキッコーマンのこだわり イノベーションを生んだ品質

 会社を長く存続させるための条件は何か。こう尋ねると茂木氏は「誠実」「イノベーション」というキーワードを挙げた。

 「誠実」の部分については、社是に謳われた内容からも分かるが、一方で醤油業界におけるイノベーションとはどんなものだったのだろうか。それは、終戦直後のこんなエピソードからうかがい知ることができる。

 「われわれが創業以来つくってきた醸造醤油は、大豆、小麦、食塩からできますが、一方で大豆に塩酸などを加えてつくる化学醤油というものがあります。こちらは簡単につくれますが品質が悪い。ただ、醸造醤油より歩留まりが良いので、原材料不足の中、進駐軍からは化学醤油に転換すべきという話が出てきました。当時の経営者にとっては大変なことでしたが、醸造醤油でも歩留まり良く生産できる方法を発明し、醸造醤油でも大豆の有効利用ができることが証明されたため、進駐軍を納得させることができました。それだけにとどまらず、業界全体のピンチを救うために、当時の経営者は他社にもその技術と特許を無償で公開したのです」

 この品質へのこだわりは、戦時中から続けてきたことだった。原材料と労働者が不足しても当時の経営者たちは粗製乱造に走らなかったという。

 「そのことが、キッコーマンブランドの信用に結び付き、戦後になってシェアを伸ばせた理由でしょう。労働争議の時と同じく非常に大きなピンチでしたが、この時も〝災い転じて福となす〟ことができた。1つのことに対して、信念を持って努力することで道が開けました」

 イノベーションの気風は今でも健在だ。例えば、最近の画期的な発明が、容器を二重構造にすることで醤油が空気に触れる部分を減らし、酸化しにくくする「やわらか密封ボトル」。品質劣化を防ぐとともに、こぼれにくい、注ぎやすいといった点が消費者から評価されて大ヒット商品となった。20年近くかけて開発に取り組んできた努力が実を結んだ格好だ。

茂木友三郎氏が語るキッコーマンの今後 ピンチは前向きに乗り越える

 長年キッコーマンという会社が存続できたもう1つの理由として、事業環境の変化に柔軟に対応してきたことが挙げられよう。1950年代以降、日本経済が高度成長に差し掛かった時期から、既に国内需要の頭打ちが始まっていた。そこでキッコーマンがいち早く取り組んだのが、多角化と国際化である。

 多角化に関しては、デルモンテのジュースやケチャップ、ワインといった醤油以外の食材を手掛けるようになったほか、バイオ分野への進出も果たしている。一方、国際化に関しては、今や売上高の45%、営業利益の70%程度を海外から稼ぎ出すにまで至っている。ナショナルブランドから、今度はグローバルブランドへの変貌である。

 現在は世界的な日本食ブームもあって、日本の食品メーカーには追い風のようにも思える。だが、茂木氏によると、醤油に限っては必ずしもその恩恵を受けているわけではないという。むしろ、海外で現地の料理に醤油が使われるケースが増えているため、さまざまな料理に使える万能調味料としての特徴を生かしてマーケットを拡大していく考えだ。他方では、醤油以外にグローバル展開できる第2、第3の事業の柱を育てることを今後の課題ととらえている。

 茂木氏は言う。

 「企業の寿命は30年と言いますが、大体30年に一度くらいは大きな問題が起きるものです。企業が長期間生き延びられるかどうかは、それを乗り越えるかどうかということにかかっています。ただ守るだけでは駄目で、ピンチを前向きに乗り超える。そういう意味で、われわれは、積極的に立ち向かう姿勢を貫いてきました。いろんなピンチをその都度、努力によって乗り越えてきたことの繰り返しなんです」

「ジャパン発のグローバルブランドを目指す」堀切功・キッコーマンCEO

関連記事

好評連載

銀行交渉術の裏ワザ

一覧へ

融資における金利固定化(金利スワップ)の方法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第20回)

銀行交渉術の裏ワザ

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第19回)

定期的に銀行と接触を持つ方法 ~円滑な融資のために~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第18回)

メインバンクとの付き合い方

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第17回)

銀行融資の裏側 ~金利引き上げの口実とその対処法~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第16回)

融資は決算書と日常取引に大きく影響を受ける

元榮太一郎の企業法務教室

一覧へ

社内メールの管理方法

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第20回)

企業法務教室

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第19回)

タカタ事件とダスキン事件に学ぶ 不祥事対応の原則

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第18回)

ブラック企業と労災認定

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第17回)

電話等のコミュニケーション・ツールを使った取締役会の適法性

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第16回)

女性の出産と雇用の問題

本郷孔洋の税務・会計心得帳

一覧へ

税務は人生のごとく「結ばれたり、離れたり」

[連載] 税務・会計心得帳(最終回)

税務・会計心得帳

[連載] 税務・会計心得帳(第18回)

グループ法人税制の勘どころ

[連載] 税務・会計心得帳(第17回)

自己信託のススメ

[連載] 税務・会計心得帳(第16回)

税務の心得 ~所得税の節税ポイント~

[連載] 税務・会計心得帳(第15回)

税務の心得 ~固定資産税の取り戻し方~

子育てに学ぶ人材育成

一覧へ

意欲不足が気になる社員の指導法

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第20回)

子どもに学ぶ人材マネジメント

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第19回)

子育てで重要な「言葉」とは?

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第18回)

女性社員を上手く育成することで企業を強くする

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第17回)

人材育成のコツ ~部下の感情とどうつきあうか~

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第16回)

人材育成 ~“将来有望”な社員の育て方~

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

次世代の医療現場を支える病院経営の効率化を推進――保木潤一(ホギメディカル社長)

1964年にメッキンバッグを販売して以来、医療用不織布などの、医療現場の安全性を向上する製品の普及を担ってきた。国は医療費を抑える診断群分類別包括評価(DPC制度)の導入や、効率的な医療を行うため病院のさらなる機能分化を実施する方針を掲げており、病院経営も難しい時代に入っている。ホギメディカルは手術室の改善か…

刺激を浴びて徹底的に考え抜くことで自らを変革する―― 鎌田英治 グロービス 知命社中代表

ワンストップで手厚くサイトの売却をサポートするサイトマ――中島優太(エベレディア社長)

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

元引きこもり青年が「cluster」で創造する新たなVRビジネスとエンターテインメント(加藤直人・クラスターCEO)

バーチャル空間で開催される会議や音楽ライブなどに、3Dアバターで参加できる画期的サービス「cluster」を生み出したのは、元引きこもりのオタク青年だった。エンタメの世界を大きく変える可能性を秘めたビジネスで注目を浴びる経営者、加藤直人氏の人物像と「cluster」の展望を探る。(取材・文=吉田浩)加藤直人・…

日本人の英語学習の課題解決に向け、学習者目線のアプリを開発―― 山口隼也(ポリグロッツ社長)

老舗コニャックメゾンがブランド強化で日本市場を深耕――Remy Cointreau Japan代表取締役 宮﨑俊治

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸教育部…

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年1月号
[特集]
平成の事件簿

  • ・[イトマン事件]闇勢力に銀行が食い荒らされた戦後最大の経済事件
  • ・[ダイエー、産業再生機構入り]一代で栄枯盛衰を体現した日本の流通王・中内 功の信念
  • ・[ライブドアショック]一大社会現象を起こしたホリエモンの功罪
  • ・[日本航空経営破綻]親方日の丸航空会社の破綻と再生の物語

[Special Interview]

 高橋和夫(東京急行電鉄社長)

 「100周年に向けて、オンリーワン企業の強みを磨き続ける」

[NEWS REPORT]

◆かつてのライバル対決 明暗分けたパナとソニー

◆経営陣に強い危機感 富士通が異例の構造改革断行

◆売上高1兆円が見えた ミネベアミツミがユーシンを統合

◆前門の貿易戦争、後門の技術革新 好決算でも喜べない自動車各社

[特集2]経営に生かすAI

 「人工知能は『お弟子さん』
日常生活が作品になるということ」
落合陽一(筑波大学准教授)

ページ上部へ戻る