文化・ライフ

7年前にまいたタネが実る

エルナンデスを攻める井上尚弥

世界戦でエルナンデスを攻める井上尚弥(右) 写真/時事

 デビュー6戦目での戴冠は日本人ボクサーとしては史上最速である。

 さる4月6日、メキシコのアドリアン・エルナンデスが持つWBC世界ライトフライ級王座に挑戦した同級4位の井上尚弥(大橋ジム)は、王者を6ラウンドTKOで仕留めた。これにより井岡一翔(井岡ジム)が保持していた日本人最速記録(7試合)を更新した。

 最初から、どちらが王者か分からないような戦いぶりだった。井上は1ラウンドからスピード、テクニックともにエルナンデスを圧倒し、つけ入る隙を与えない。

 3ラウンド終盤に左足の痙攣に見舞われるアクシデントが発生したが、それを逆手にとって打ち合いに臨み、6ラウンド、右ストレートで試合を決めた。

 「最初から尚弥のほうが上だと思っていた。足がつった時には〝世界は甘くない〟と思ったけど、そこで勝負をかけた。さすがですね」

 所属ジムの大橋秀行会長は満面の笑みで、そう語った。

 無理もない。かつてメキシカンは日本人にとって分が悪い相手だった。世界戦における対メキシカンの勝率は70年代2割8分、80年代2割6分7厘、90年代4割3分8厘。ほとんどが国内の試合ながら、この結果だ。彼我の実力差はいかんともしがたかった。

 ところが、長く続いた〝カモと苦手〟の関係は、ここにきて逆転した。このところ日本人ボクサーはメキシカン相手に世界戦7連勝中。20歳の井上に至っては32戦のキャリアを誇るベテランを歯牙にもかけなかった。

 世界戦の勝率もこのところ急上昇している。2000年以降は5割6分9厘と勝ち越し、10年以降は6割7分6厘にまではね上がっている。

 その理由を大橋は、こう説明する。

 「ボクシング人気を復活させるためには、どうすべきか。僕が(東日本)協会会長になった時、まずはオリンピックでメダリストを誕生させることが重要だと考えました。メダリストがプロになれば注目も集まる。彼らが世界チャンピオンになればボクシング界全体が活気づく。

 ただ、そのためには早い段階で技術を身に付けなければなりません。気合や根性だけではボクシングはどうにもならない。そこで僕が中心になって始めたのがU–15の大会。実は第1回大会の優勝者が尚弥なんです。7年前にまいたタネが今、実ってきたところでしょう。メキシカンコンプレックスなんて、もう過去の話ですよ」

 井上はアマチュアボクサーだった父親の影響で小学1年の時にボクシングを始めた。「門前の小僧習わぬ経を読む」とのことわざがあるが、彼の場合、まさにこれだった。

 「父はジムで練習できない時は家で練習していました。その姿を見て、自然と強くなりたいと思ったんです」

 それを受けて、大橋は言う。

 「尚弥はボクシングのエリート。早い時期に技術を身に付けた秀才と言ってもいい。

 しかし、ただ秀才というだけではチャンピオンにはなれない。彼は秀才でありながら努力する才能を持っている。その意味では秀才が努力をすることで天才になった稀有な例だと思います」

 

井岡との一騎打ちは実現するか

 この井上を含め、目下(4月6日時点)、日本人の世界王者は8人もいる。WBA世界ライトフライ級王座を返上して現在は無冠の井岡は3階級制覇に照準を合わせている。

 80年代終盤、日本にはひとりも世界王者がいない時期が1年3カ月も続いた。それを思えば、日本ボクシング界は豊穣の季節を迎えている。

 これはキッズボクシングの普及以外にも理由がある。日本ボクシングコミッション(JBC)は長い間、WBAとWBCの2団体しか認めてこなかったが、昨年4月、IBFとWBOを承認し、加盟した。これにより、世界王座に挑戦できるチャンスは倍になった。

 今後、問われるのは世界戦の質である。JBCは他団体王者との統一戦を奨励するなどしてタイトル価値の下落に歯止めをかけなくてはならない。

 要はファンが望むカードをどれだけ提供できるか。軽量級なら、そう遠くないうちに井岡と井上の一騎打ちを見ててみたい。

 それについて大橋はプロモーターの立場から、こう語っていた。

 「井岡選手とは放送局(井上はフジ系列、井岡はTBS系列)が違いますけど、そんなことはどうでもいい。例えば大阪で試合をしてTBSが放送し、今度は東京でやってフジが放送するとか、方法はいくらでもある」

 一時は「K–1」や「PRIDE」に押されていたボクシングだが、ここに来て格闘技界の老舗の輝きを取り戻しつつある。

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