マネジメント

本社の役員がグループ会社に異動することは、所謂「上がりのポスト」と見られることが多く、その後、本社の役員に復帰することは少ない。大和ハウス工業会長兼CEOの樋口武男氏は、大和ハウス工業の専務だった1993年にグループ会社の大和団地に社長として赴任し、大和団地を再建した後、2001年の合併に伴い大和ハウス工業の社長に就任、そのキャリアは異彩を放つ。債務超過寸前だった大和団地の再建は、今振り返れば、故・石橋信夫相談役から課された後継者としてのテストの一つであり、樋口氏にとっては大きな試練だった。しかし、それを乗り越えた経験は、将来目標として売り上げ10兆円を目指す大和ハウスグループの経営につながっている。

債務超過寸前の大和団地を再建させた経営の基軸と人事

樋口武男(ひぐち・たけお) 1938年生まれ、兵庫県出身。61年関西学院大学法学部卒業。63年8月大和ハウス工業入社。取締役、常務取締役、専務取締役を歴任。93年大和団地代表取締役社長に就任。2001年、大和ハウス工業と大和団地の合併に伴い、大和ハウス工業代表取締役社長に就任。04年代表取締役会長兼CEOに就任。

樋口武男(ひぐち・たけお)
1938年生まれ、兵庫県出身。61年関西学院大学法学部卒業。63年8月大和ハウス工業入社。取締役、常務取締役、専務取締役を歴任。93年大和団地代表取締役社長に就任。2001年、大和ハウス工業と大和団地の合併に伴い、大和ハウス工業代表取締役社長に就任。04年代表取締役会長兼CEOに就任。

-- 経営者としての大きな試練はどういったことでしたか。

樋口 しんどかったこと、やりがいを感じさせてくれて勉強になったのは、1993年から行った大和団地の再建です。

 当時の大和団地は、赤字になって財務体質が非常に悪く、債務超過寸前でした。714億円の売り上げで、有利子負債1418億円ありました。それを「再建せい」と石橋信夫相談役に言われました。話を聞いた時、「そんなこと、とても私にはやる能力はありません」と言って断ったら、ものすごい勢いで怒られました。それで「山口でええ経験したやろ、福岡で苦労したやろ」と20年前までさかのぼって話をされて、昨日や今日の思いつきではないと言われた時には、腹をくくりました。

 また、若い頃、オーナー社長になりたいという夢がありました。それならトップとして経営する夢が形を変えて実現できる。任されてやるのなら、やりがいもあると、自分の中で整理をつけて、大和団地に行きました。

-- 実際に大和団地に行ってみてどうでしたか。

樋口 赤字だから会社全体が元気なく、ぬるま湯に浸かったような人間もいました。

 当時マスコミの人が言われたのは、「まずリストラですね」ということでした。しかし赤字で疲弊している大和団地で、大和ハウス工業の専務が社長として来て、最初にリストラをやると言ったら、優秀な人間から先に去っていきます。どこにも行くところがない人間が残るようなことになったら、再建どころではなくなります。それで、世間で言うリストラ=首切りみたいなことはしない、ただし本来の改革という意味のリストラクチャリングはやると宣言しました。

 社員数は930人でしたが、初年度で120人が辞めました。最初に社員に言ったのは、「みんな目いっぱい働いてもらう、厳しくはする」ということ。そう言ったら、付いてこれない人間がバタバタ辞めていき、頑張っている人間は残りました。それで、120人辞めたら、同じ人数だけキャリアを採用するようにして血の入れ換えを行いました。そうすると、2年目からは黒字に転換しました。

 もう1つは、活性剤のような形で、抜擢人事を行いました。現場を回っていた時、名古屋の売れ残りのマンションの販売責任者に、「こんなところは売れないだろう」と言ったら、「いや、売れます」と前向きな話ばかりする人間がいました。こいつは面白い、こんな疲弊した状態の中で、こういう精神で仕事をしている人間がいるのかと思いました。それで、この担当者は36歳でしたが、抜擢人事で支店長にしました。そうすると、彼より年長で上司だった課長が、「彼が支店長やったら納得できます」と言ってきました。これは当たりだと思いました。そうしたら会社が活性化していきました。

 黒字になってから業績はずっと伸びていきました。大和団地の経営を8年間やりましたが、7年後には復配までしました。それで相談役に呼ばれて、2001年に大和ハウス工業と大和団地が対等合併することになりました。そして合併による新しいスタートから大和ハウス工業の社長をやるように言われました。

 大和団地の8年間の最初の2〜3年は、いい勉強になりました。714億円の売り上げが8年後、合併する時は1505億円になっている。これが経営というものかと思いました。経営の基軸は人だと。人をやる気にさせることが一番大きな仕事だと。それともう1つは人事で、誰をリーダーにするかが重要だと痛感しました。

 大和団地に行って3カ月か4カ月たった頃に、権力を笠に着て、ぐうたらしているような常務1人と、取締役2人を切りました。そういうことをやったので、みんな「要領だけで生きている人はアカン」という気持ちになったのだと思います。

 改革して、社員にチャンスを与えて、新しい血を入れたら、業績が伸びた。黒字に転換すると、面白みがあるから、彼らも一生懸命やる。それが一番、経営の勉強になりました。

人をやる気にさせる経営手法の根底

-- そうした経営手法のベースは。

樋口 下地は支店長として赴任した山口支店での経験にあります。初めは鉄拳制裁も厭わず、鬼だとも言われました。それだけに孤独にもなりましたが、その時にオーナーからは、「樋口君、長たるものの一番大事なのは決断やで」と言われました。それで考えて打った手は、70人ほどの支店だったので、一人ひとりと朝に晩にずっとコミュニケーションをとることでした。徹底的にお互いを理解することが先だと思ったのです。それで2年目には、1人当たりの売り上げ・利益で全国一の支店になりました。そうすると、何も言わなくても士気は上がっていきました。

 その次は福岡が赤字だから行けと言われて、福岡支店の再建に取り組むことになりました。

 やはり赤字の店は元気がなくて、目が合っても伏せるような状態でした。こんなことではいけないということで、明るく元気な女性3人にローテーションを組ませて電話の交換手の役割をさせました。電話のベルは1回でとって、明るく挨拶をする。1カ月たたないうちに、社外からの評判も上がり、社内の空気は明るくなりました。

 しかし上っ面の元気だけでは駄目なので、どうにかして黒字にしようと思いました。そこで、当時売り出していた150万坪の団地「岡山ネオポリス」に目を付けて集中的に営業をかけました。黒字になったら、ボーナスの査定まで、一人前にもらえるようになります。何年も赤字だった今までとは全然違うので、みんな元気が出てきます。黒字にしたらこうなると、みんなに発破をかけたら一生懸命働いてくれました。

 山口の場合も福岡の場合も共通しているのは、己が働かなければいけないということ。「率先垂範」という言葉がありますが、恐らく山口の場合も、一番多く人と会っていたのは、私だったと思います。それぐらい自分が動かないといけません。そうして現場も見る、営業もする。それが勉強になりました。

-- 福岡の次のキャリアは。

樋口 福岡の次は東京で3年間、事業部長をやりましたが、支社の役員と折り合わず苦労しましたし、嫌な思いをしました。しかし本社に役員で帰った時に、その時の経験が反面教師になりました。公平公正にならなければ、真面目に頑張っている人間が腐ってしまうと。それは今掲げている「リーダーの品性4カ条」にも反映されています。4つの品性とは、公平公正、無私、ロマン、使命感です。

 大和ハウスの売り上げ規模は、今や2兆円を超え、1人や2人の限られた人数でできる規模ではありません。グループ会社も128社あります。だから、トップとしての役割は、みんなの士気をどのようにして上げるか、その環境づくりをどのようにしてやるか、そして将来のビジョンを明確に示すことだと思っています。

 将来、創業100周年で売り上げ10兆円という目標は、相談役から預かったものですが、この3年間で売り上げがほぼ1兆円は増えているので、このペースで行ったら、80周年でできるだろうと。それにチャレンジしてくれと頼んでいます。

大和ハウス工業会長兼CEOが10兆円を実現するための1つの手段

-- これまで樋口会長は、とにかく困難な場面に放り込まれて、克服してきています。

樋口 それは相談役がやらせていたのだと思います。振り返ってみて、そういうことだったと気付きました。

-- 逆に順風満帆から危険な状況になったことは。

樋口 それは経験させてもらっていないですね。全部しんどいところばっかりやっています。

-- 危機に対する備えがあらかじめできているのでしょうか。

樋口 言葉では説明しにくいですが、そういうことを通じて、勘というものが働くようになるのです。こういう時はこうしなければならないという勘です。

 売り上げを将来目標の10兆円に持っていこうと思ったら、今の事業スキームだけでは絶対に届きません。それをどのようにして実現するかを考えると、世の中の多くの人々の役に立ち、喜んでもらえるような商品を考えなければいけません。しかし大和ハウスにはそういう商品が足りません。そこで、狭小空間点検ロボットのモーグルや、サイバーダインの「ロボットスーツHAL福祉用」、自動排泄処理ロボット「マインレット爽」のような商品群を広げています。

 初めてサイバーダインCEOの山海嘉之氏とお会いした時に、山海氏は「自分の研究を通じて世の中の多くの人々の役に立ちたいと思っている」と言いました。それならうちの相談役と同じ思想なので、大和ハウスがお手伝いしますと言って、つくばに研究所と工場を作りました。山海氏にとっては大和ハウスが初めての交渉相手ではなく、その時に決断しなかったら、よそに行っていたと思います。

 私はオーナーではないから独裁はできませんが、独断をしたわけです。そして後で役員会に付議して了承を得る。それはなぜかと言うと、スピード感に欠けていたら、良い話が逃げてしまうからです。一瞬、一瞬が勝負です。これが会社の将来まで考えたCEOとして、10兆円を実現するための1つの手段だと思っています。

(文=本誌・村田晋一郎 写真=佐々木 伸)

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