文化・ライフ

医学の半分は「嘘」!?

 病気の治療に対して説明を受けるとき、医者によって言うことが違う場合がある。

 例えば、あるがんの治療を決めるとき、放射線治療を専門とする医者なら放射線治療を優先する可能性があり、外科医なら「まずは手術」と言うかもしれない。

 理由としては、2つのことが考えられる。1つは主観の介入。がんの進行ステージが同じでも、治療に医者の主観が入り込んでしまうわけだ。また、自分の専門技術で治したいと思うのが医者であり、治療の選択にはどうしてもバイアスがかかる。それが、医者の意見の相違を生む、もう1つの理由だろう。

 医学を科学とするならば、どんな医者が診ても治療方針は変わらないはずである。再現性があるのが科学であり、「人によって言うことが違う」のでは、「医学は科学ではない」とも言える。

 とはいえ、そんなあいまいなモノがまさしく「臨床医学」なのだ。例えば、かつての医者たちは、「予防接種の注射をした日は、お風呂に入ってはならない」と指導していた。ところが数年前からは、「お風呂に入っても問題はない」へと変わっている。

 医学では、いまだに医療関係者の「経験からくる意見」で物事の判断が下される場面が多い。もちろん、医学の大半は、疫学的な手法によって1つの「真実」を探求してきた。しかし一方で、「経験で結論を出す」ことも依然として少なくなく、結果、医学の半分は「嘘」――すなわち、「科学的・疫学的に証明されたものではなく、経験則で判断を下したものにすぎない」とされている。

 声が大きいほうが信用される

 医者の経験で物事を判断するのは「非科学的」と言えるが、そうせざるを得ない事情もある。それは、疫学調査の難しさだ。疫学調査では、何万人もの人を何年もかけて調査しなければならない。それには莫大な費用が掛かる上、投資に見合う成果が常に得られるとはかぎらない。

 医薬品メーカーならば、疫学調査にある程度のお金を掛けても、後の薬の販売で投資回収の見込みが立つ。しかし、医者の場合はそうではなく、自分の経験則でやってきたことを疫学調査で科学的に証明するのは至難だ。ましてや、がん治療薬の疫学調査ともなれば、同じような状態の患者さんを集めるだけでも途方もない努力がいる。結果、がん治療薬の効果がなかなか証明できず、「ならば、医者に行かないほうがいい」という論理がまかり通ってしまい、過激な意見の医学実用書が売れることになる。

 確かに、今のところ「確実に効果が証明されていない治療を受けるよりも、何もしないほうがまし」という論理を科学的に否定するのは難しい。そのため、「声が大きい(=本が大量に売れる)」ほうが世間的な信用度が高まってしまうのである。

 信頼を失った製薬データ

 一時期、「EBM」なるものが流行した。これは、「実証に基づく医療」という考え方で、それに則すと、「10人の患者の中で1人しか効果がなければ、それは効かない」という話になり、「なぜ1人の人に効いたのか」は無視されていく。

 現在、ノバルティス・ファーマの降圧薬「ディオバン」が「データのねつ造」問題で話題になっているが、その背景にもEBM的な考え方がある。言うまでもなく、同様の降圧薬は世の中に多くあり、各製薬会社はデータで効果を証明しないかぎり、自社薬の優位性が医者にアピールできないと考える。自社薬を飲むことで、脳卒中の発症率が他社薬よりも1%でも低くなるデータが示せれば、製薬会社は「営業に使える」と思うわけだ。ゆえに、ノバルティスは、データの改ざんに手を染めてしまったのだろう。

 実のところ、本当に効くなら100人中1人に効いても効くと言えるのだが、統計学の世界ではそうはいかない。そのため、製薬会社は一様に、他社との効果の違いを比較して、自社薬がいかに優れているかをグラフで示してくる。

 ところが、いかに科学的・疫学的に優位があると説明を受けても、最近の医者たちは、それを疑うようになっている。「どうせどれ飲んでも同じじゃないの」。多くの臨床医が、そんな冷めた目で製薬会社のデータを眺めているのではなかろうか。それほど、製薬会社のデータは信用を失っている。

 むろん、これまでとは全く異なる作用を持った薬が出てくれば歓迎される。だが、同様の作用の薬で、他社との些細な競争を繰り広げる製薬会社に医者たちは辟易している。医学を科学ととらえるならば、信頼性の高いデータを示すことが何よりも重要だ。しかし、今の医者たちは、信頼に足るデータを得るのが困難な状況にある。その現状が打開されるまで、医者の経験則が優先されるに違いない。

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