政治・経済

120兆円を超える厚生年金・国民年金の積立金を運用するGPIF(年金積立金運用管理独立行政法人)の在り方をめぐって、首相官邸・内閣府と、所管官庁である厚生労働省との間で激しいバトルが演じられている。その背景にあるものは。

株式運用失敗の記憶が払拭できない厚労省

三谷隆博

三谷隆博・GPIF理事長(Photo:時事)

 4月22日、安倍首相の下で内閣はGPIFの運用委員会委員の人事を内定した。8人の委員の過半が入れ替わるという人事だけに、「刷新」と言ったほうが妥当だ。従来、積極的な資産運用を主張してきた能見公一・産業革新機構社長のほかの新顔の委員は、GPIFの資産運用の見直しを求めてきた米澤康博・早大教授などであり、委員長にはその米澤氏が就任した。

 この人事について、霞が関では「GPIF改革の外堀が埋まった」という評価が大勢を占めている。つまり改革に抵抗してきた厚生労働省(厚労省)の思惑が打ち破られたことを意味する。

 安倍政権はGPIFによる資産運用の在り方を変えようとしてきた。具体的には、国債など国内債券に重点が置かれた資産運用から、国内の株式の比率を拡大する方向への見直しである。

 厚労省が抵抗してきたのは、いくつか理由がある。第1には、過去、GPIFが前身の年金福祉事業団であった当時に、株式運用の失敗で世の中から激しいバッシングを受けた経緯があったことだ。その果てに、独立行政法人へとくら替えさせられただけに、この苦い経験は今でも厚労省の中では癒えない傷として残っている。

 次の理由は、今回のGPIF改革が、厚労省を抜きにした形で推し進められ、面子を失ったことで、その怨念は相当深い。首相官邸や内閣府が主導する改革では、GPIFという組織の見直しまでが既定路線のように位置付けられてしまっている。組織のありようまで踏み込まれるとGPIFに対する厚労省の権限が弱体化しかねず、それはとりもなおさず、年金行政を担ってきた同省にとっては存在意義にもかかわってくる重大な問題となる。

 厚労省は旧厚生省時代から、年金行政を中軸にすることによって、財務省などに一定の発言権を確保してきた。財務省の重要業務である国債管理政策上、年金資産で巨額の国債を保有するということが中央官庁としてのステイタスを形成してきたからだ。

 年金資産に関する厚労省の発言力が弱まれば、官庁としての立場も脆弱化せざるを得ない。そのような重大な議論であるにもかかわらず、自分たちの頭越しでやられた以上、黙認はできないという意地が今回のバトルの背景だ。

 安倍政権のGPIF改革は、法改正が必要となるが、厚生労働省はのらりくらりとして対応を遅らせてきたように見受けられる。少なくとも、そのように感じてしまった首相官邸が業を煮やした結果として断行したのが、GPIF運用委員会の委員刷新人事だった。

GPIF理事長の更迭論も浮上

 ところで、厚生労働省がどう抵抗しても、GPIFという組織に問題点があることは否定できない。運営するのは理事長ともう1人の理事の2人だけ。さらに職員の給与レベルは極めて低い水準にある。それでいながら約120兆円を超える巨額の年金資産を運用しているのだ。同様に年金資産を運用している海外の組織と比べても、運用資産の規模は群を抜いて巨額である。例えば、オランダの公務員総合年金基金は40兆円程度、カナダの所得比例年金は20兆円に満たない規模だが、そこで業務に従事している職員の待遇は「GPIFよりもはるかにいい」(米国アセットマネジメント幹部)と言われている。

 たった2人の理事で運営していくという体制は、明らかにガバナンス面で不安があるし、給与水準の低さはその業務の重大さに比べると、職員たちのモチベーションという面で大きな支障となっていておかしくない。それでも、これまでやってきたのは「典型的な外部委託のお任せ主義が根を張っていたから」(同)と言う。

 GPIFは4月初旬、日本株の運用委託先を6年ぶりに入れ替えた。国内運用会社を外して、外資系を新たに加えるという見直しである。

 しかし、これも資産運用のプロたちの間では「なぜ、外国株式ではなく国内株運用において国内勢を外して外資系を選ぶのか。その合理的な説明が全くない」と、極めて不評だ。「外資系を活用して横並びの運用状況を改善する」などという解釈もないわけではないが、これは意味不明と言わざるを得ない。運用スタンスの異なる国内勢を選べば、それだけで済む話だからだ。

 「厚労省が自分たちも改革しているということを見せつけるためだろう」(同)

 結局、こんな憶測すら流れる不透明な判断であり、GPIFの背後にいる厚労省の評価をさらに落とす要因となってしまっている。実際にそうであれば、もはや、それは国民の大切な老後資金を盾にした厚労省の悪あがきでしかない。

 そんな厚労省の態度に見切りを付けるように、自民党の中ではGPIF改革の法案を議員立法する動きも活発化してきた。果たして、政府内で生じた年金資産をめぐるイザコザ劇は今後、どう進展するのか。「次は2015年春までの任期である三谷隆博・GPIF理事長の任期前退任か」という噂も飛び交っている。

(文=ジャーナリスト/山下公平)

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ

[連載] 深読み経済ニュース解説

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫とは

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

実録! 関西の勇士たち

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

三和銀行の法皇・渡辺忠雄の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第14回)

住友の天皇・堀田庄三の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第11回)

商売の神様2人の友情 江崎利一と松下幸之助

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第7回)

関西財界の歴史―関経連トップに君臨した芦原義重の長期政権

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

【特集】2019年注目企業30

 2018年の日本経済は、世界のマーケットを席巻してきた中国経済の成長鈍化が鮮明になり、併せて米・中の経済摩擦、英国のEU離脱問題などの対外的な課題が重なって大きな閉そく感が漂う年だった。 しかしながら元気な中堅・中小企業はネガティブな要因をものともせず独自の経営手法で活路を開いている。 原点回帰で、顧客第一…

「超サポ愉快カンパニー」としてワクワクするビジネスサイクルを回す―アシスト

ITと建設機械、グリーンエネルギーの3本柱で地球環境問題解決に貢献する―Abalance

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

ペット仏具の先駆企業が「ペットロスカフェ」で目指す癒しの空間づくり

家族のように接していたペットを亡くし、飼い主が大きな喪失感に襲われる「ペットロス」。このペットロスとなってしまった人々が交流し、お互いを癒し合うカフェが、東京都渋谷区にオープンした。「ディアペット」を運営するインラビングメモリー社の仁部武士社長に、ペット仏具の世界とペットロスカフェをつくった目的について聞いた…

元引きこもり青年が「cluster」で創造する新たなVRビジネスとエンターテインメント(加藤直人・クラスターCEO)

日本人の英語学習の課題解決に向け、学習者目線のアプリを開発―― 山口隼也(ポリグロッツ社長)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸教育部…

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年4月号
[特集]
日本の「食」最前線

  • ・総論 日本の「食」から世界の「食」へ 成長産業となった農水・食品産業
  • ・「食」の輸出1兆円を支えるジェトロの役割
  • ・全国で進むブランド化「食」から始まる地方創生
  • ・上海で見た日本の「食」の未来
  • ・海外進出した外食チェーン「成功」と「失敗」の分かれ目
  • ・日本人が知らない中国の「日本食ブーム」の真実
  • ・消費税引き上げで始まる「外食VS中食」最終戦争

[Special Interview]

 星野晃司(小田急電鉄社長)

 「未来を見据えた挑戦で日本一暮らしやすい沿線をつくる」

[NEWS REPORT]

◆中国リスクが顕在化 電機業界に再び漂い始めた暗雲

◆持続可能な水産業へ 魚はいつまで食べられるのか

◆CES 2019現地レポート 家電からテクノロジーへの主役交代が鮮明に

◆相次ぐトラブルで業績悪化 SUBARUの見えない明日

[総力特集]

 2019年注目企業30

ページ上部へ戻る