マネジメント

感謝と握手の習慣を作ったオウケイウェイヴ社長のホームレス時代

兼元謙任

兼元謙任(かねもと・かねとう)
1966年、名古屋市生まれ。90年、愛知県立芸術大学美術学部卒業。デザイン会社などをへて上京。99年、東京都町田市にオーケーウェブ社(現・オウケイウェイヴ社)を設立。翌年1月、Q&Aのウェブサイト「OKWave」の運用を始める。2006年、名古屋証券取引所セントレックスに上場を果たす。

 兼元氏は会うなり「きょうはありがとうございます!」と挨拶をしながら、両手で記者に握手を求めてきた。帰り際も会社のあるビルの出口で、われわれの姿が見えなくなるまで頭を下げて見送る。「〝ARIGATO〟で世界をつなぎ幸せで満たす」。これがオウケイウェイヴの経営理念。それを体現するような、人を熱く歓迎、感謝する姿勢は、かつて兼元氏が味わった過酷な経験から生まれたものだ。

 名古屋で生まれた兼元氏は小学5年の時、自身が在日韓国人3世(現在は帰化)であることを知る。出自が同級生に知れ渡り、いじめの対象となった。その後難病であるギラン・バレー症候群を発症し、入退院を繰り返してきた。

 苦難を乗り越えて愛知県立芸術大を卒業後、デザイン会社や建設塗装会社に勤めながら大学時代に作ったデザイングループでの活動にも没頭した。1997年、デザイングループによる起業の話が持ち上がる。当時勤めていた会社を退職、しかしデザイングループの仲間が離れ、結局起業の話は立ち消えた。

 同時期に、大学時代に知りあい結婚した妻から「このままでは幼子を育てられない」と離縁状を突き付けられた。東京で仕事を見つけると説得して離婚を思い留まらせ、単身上京。しかし、頼りにしていた知人の社長から仕事はないと言われる。

 「いじめ体験で身についた『根性』が通用しない出来事が続きました。僕自身に価値がない、全否定された状況に、この時ばかりは『いじめに比べれば、たいしたことない』とは思えませんでした」

 途方に暮れた兼元氏はホームレス生活を始める。コンビニなどで廃棄される食品をもらう「エサ取り」にも抵抗がなくなるなど、次第にその生活になじんでいった。子連れ女性が子どもに「こんな風になっちゃだめよ」と言う声が聞こえても、やめることはなかった。

 どん底に落ちた兼元氏のホームレス生活は数カ月続く。その後、兼元氏を激しく叱咤する人物との出会いや、ファストフード店で手に入れたハンバーガーの中に吸い殻が入っており、生死をさまよったことなどが立ち直る契機となる。

 「このままではダメだと感じました。人のためにもう一度仕事をしようと思いました。そしてやっぱり、嫁さんと子どもと、もう一度やり直したかった」

 それから約2年、公園などを寝床にしながら知人の社長に仕事をもらい、ノートパソコンを使ってデザインやウェブの仕事を請け負った。このころから人に感謝を伝える習慣が始まった。ホームレスになる以前は効率を求めてばかりいた兼元氏だったが、要求される以上の仕事をして返すようになっていた。

オウケイウェイヴ社長の起業の原動力

兼元謙任

どんなに悪い状況に置かれても今では冷静でいられる

 ある時、仕事上生じた不明点をインターネット掲示板に質問したところ、無礼だと追い出された。「気軽に尋ね、教えてくれるサイトがあればいいのに」という思いから、知りたいことを質問として掲示板に書き込み、利用者同士で回答するQ&Aサイトと、それを運営する会社、オウケイウェイヴの創業を思いつく。

 「いじめられた時も、嫁さんと別れるかもという時も、デザインチームで失敗した時も、Q&Aサイトがあれば助かったはずだ、と思った。それが起業の原動力になりました。これまでの苦労はこのためだったんだと思いました」

 ここからの兼元氏は、しぶとかった。事業計画を打ち明けた妻から貯金を渡され、1999年オウケイウェイヴを創設した。一般ユーザー向けのQ&Aサイトを開設して運営するほか、企業向けに、顧客の問い合わせ情報を共有するシステムなどを販売することで、事業を軌道に乗せることができた。

 「運がいいと思います。私の場合は、良いタイミングで鋭いカウンターをもらって、その後は『よしよし』と教えてくれる人が現れる。だからうまくいったと思います」

 もちろん、起業してからも苦労はあった。当初はシステムを認めてもらえず契約が取れなかった。競合が登場して多くの社員が辞めるなど、厳しい局面を迎えたこともあった。こうした時も、自ら仕事を請け負い、会社を訪ね歩いて営業し、難局を切り抜ける方法を考えた。それが功を奏し、後に楽天などから出資を受け、会社のかじ取りを安定させることができた。

 「問題が重ければ重いほど発生直後は落ち込みますけど、後になって振り返ると『これがあったから良くなった』と思えるようになりました。今となっては、どんなに状況が悪くても、なんとかなると構えていられます。周囲からは『なんでお前はそんなに落ち着いていられるんだ』とよく言われました(笑)」

兼元社長がQ&Aサイトにこだわり続ける理由

 多くのIT企業が業態を変える中、一貫してQ&Aに関連する商品を展開し続けるオウケイウェイヴは創業15年を迎えた。Q&Aサイトにこだわり続ける理由を兼元氏はこう語る。

 「昔、人を信じていなかったために陥った失敗がたくさんあった。だから今は人を信じたいんです。システムが人間の知能を越える日が来る可能性はあるけれど、人間の感性や思いが『教えて答える』行為を支えることは変わらないはずです。まだ私たちのサイトに必要なツールはあります。それをどんどん追求していけば、いつの日かグーグルのような検索機能以上に、Q&Aサイトが便利な存在になるはずです」

 兼元氏が自信を見せるのは、継続することが将来実を結ぶことを知っているからだろう。同社では自社製品を活用して情報交換したり、社員同士で感謝を伝え合ったりしている。今では、意見や感謝の言葉を形にすることで、社員の長所や能力を発見できるようになった。

 「(感謝の気持ちを表す)ハートのマークを会社のロゴに導入するまでに苦節10年(笑)。初めに提案した時は男性社員から大反対されました。ありがとうと言っても『お前は宗教家か』とまで言われていましたから、今と昔で大きく変わりました」

 企業の反応も同じだ。15年前は商品に見向きもしてくれない経営者が多かったが、

 「ようやく僕の話が通じるような時代になりました(笑)。僕らが動いたから社会が動いたのか、社会が動いて、たまたま僕らがいるのかは分からないけど、推進力にはなっているはずです」

 悲惨な出来事があってもいつかは乗り越えられること、そして実力は微々たるものでも、継続が推進力になることを知っている兼元氏。オウケイウェイヴが創業15年を迎えられた理由もそこにあるのだろう。

(文=本誌・長谷川愛 写真=西畑孝則)

 
経済界 電子雑誌版のご購入はこちら!
雑誌の紙面がそのままタブレットやスマートフォンで読める!
電子雑誌版は毎月25日発売です
Amazon Kindleストア
楽天kobo
honto
MAGASTORE
ebookjapan
 

雑誌「経済界」定期購読のご案内はこちら

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

銀行交渉術の裏ワザ

一覧へ

融資における金利固定化(金利スワップ)の方法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第20回)

銀行交渉術の裏ワザ

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第19回)

定期的に銀行と接触を持つ方法 ~円滑な融資のために~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第18回)

メインバンクとの付き合い方

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第17回)

銀行融資の裏側 ~金利引き上げの口実とその対処法~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第16回)

融資は決算書と日常取引に大きく影響を受ける

元榮太一郎の企業法務教室

一覧へ

社内メールの管理方法

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第20回)

企業法務教室

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第19回)

タカタ事件とダスキン事件に学ぶ 不祥事対応の原則

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第18回)

ブラック企業と労災認定

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第17回)

電話等のコミュニケーション・ツールを使った取締役会の適法性

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第16回)

女性の出産と雇用の問題

本郷孔洋の税務・会計心得帳

一覧へ

税務は人生のごとく「結ばれたり、離れたり」

[連載] 税務・会計心得帳(最終回)

税務・会計心得帳

[連載] 税務・会計心得帳(第18回)

グループ法人税制の勘どころ

[連載] 税務・会計心得帳(第17回)

自己信託のススメ

[連載] 税務・会計心得帳(第16回)

税務の心得 ~所得税の節税ポイント~

[連載] 税務・会計心得帳(第15回)

税務の心得 ~固定資産税の取り戻し方~

子育てに学ぶ人材育成

一覧へ

意欲不足が気になる社員の指導法

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第20回)

子どもに学ぶ人材マネジメント

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第19回)

子育てで重要な「言葉」とは?

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第18回)

女性社員を上手く育成することで企業を強くする

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第17回)

人材育成のコツ ~部下の感情とどうつきあうか~

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第16回)

人材育成 ~“将来有望”な社員の育て方~

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

次なるステージを駆け上がる日本電子「70年目の転進」–日本電子

 最先端の分析機器・理科学機器の製造・販売・開発研究等を手掛ける日本電子(JEOL)は、ノーベル賞受賞者を含むトップサイエンティストや研究機関を顧客に、世界の科学技術振興を支えてきた。足元の業績は2019年3月期で連結営業利益、同経常利益、同最終利益がいずれも過去最高を更新。かつては技術偏重による「儲からない…

独自開発のホテル基幹システムで業務効率化と顧客満足度を向上–ネットシスジャパン

逆転の発想で歴史に残る食パンを 生活に新しい食文化をもたらす–乃が美ホールディングス

新社長登場

一覧へ

森島寛晃・セレッソ大阪社長が目指すクラブ経営とは

前身のヤンマーディーゼルサッカー部を経て1993年に創設されたセレッソ大阪。その25周年にあたる2018年12月に社長に就任した森島寛晃氏は、ヤンマー時代も含めて通算28年間セレッソ一筋、「ミスターセレッソ」の愛称を持つ。今も多くのファンに愛される新社長が目指すクラブ経営とは。聞き手=島本哲平 Photo=藤…

森島寛晃・セレッソ大阪社長

カリスマ創業者の後任として描く「新しいマネックス証券像」― マネックス証券社長 清明祐子

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

イノベーターズ

一覧へ

非大卒就職マーケットの変革に挑む元教師の挑戦―永田謙介(スパーク社長)

日本企業の年功序列と終身雇用が崩壊に向かう中、制度を支えてきた大学生の新卒一括採用の是非もようやく議論されるようになってきた。一方、高校卒業後に就職する学生のための制度は旧態依然とし、変化の兆しがほとんど見えない。こうした現状を打ち破るべく、非大卒就職マーケットの改革に挑戦しているのがSpark(スパーク)社…

起業家にとって「志」が綺麗ごとではなく重要な理由―坂本憲彦(一般財団法人立志財団理事長)

勉強ノウハウと法律知識で企業の「働き方改革」を促進する―鬼頭政人(サイトビジット社長)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2020年5月号
[特集] 巻き込む力
  • ・高岡浩三(ネスレ日本社長兼CEO)
  • ・唐池恒二(九州旅客鉄道会長)
  • ・河野 仁(防衛大学校教授)
  • ・入山章栄(早稲田大学大学院・ビジネススクール教授)
  • ・出口治明(立命館アジア太平洋大学学長)
  • ・中竹竜二(日本ラグビーフットボール協会理事)
  • ・時代も国境も超えた普遍のリーダーシップを学べるベストブックス
[Special Interview]

 小林喜光(三菱ケミカルホールディングス会長)

 イノベーションを起こすために「人間とは何か」を問う

[NEWS REPORT]

◆零細企業でも活用できるインターネットM&A最前線

◆業界再編はあるのか 日本製鉄、巻き返しへの一手

◆技術研究所を解体してホンダは何を目指すのか

◆新型コロナウイルス治療薬 なぜ日本企業は創れないのか

[特集2]

 経営者に贈る「イロとカネの危機管理」

ページ上部へ戻る