マネジメント

(もとえ・たいちろう)
1998年慶応義塾大学法学部法律学科卒業。01年弁護士登録(第二東京弁護士会)、アンダーソン・毛利法律事務所(現アンダーソン・毛利・友常法律事務所)勤務を経て、05年法律事務所オーセンスを開設。同年、法律相談ポータルサイト弁護士ドットコムを開設。代表取締役社長兼CEOを務める。

 

サトウの切り餅をめぐる知的財産権侵害訴訟の概要

 

 今回のテーマは、「知的財産をめぐるリスクと対応策」です。企業の経営資源はモノから知的財産にシフトしていますから、そのリスクについて理解を深めておくことは重要です。

 ということで、ここでは「サトウの切り餅事件」を基にして解説します。

 まずは事例を見ることにしましょう。

 正月の食卓を賑わせるお餅。従来火鉢などを使い、ときどき突っついたりして、中身が飛び出さないよう焼くのが一般的でした。

 ところが、最近はオーブントースターでお餅を焼く家庭が増え、焼いている最中に中身が飛び出してしまい、焼き網にくっついてしまうことが多くなっています。

 長年お餅を製造してきた越後製菓は、研究を重ね、オーブントースターで焼いても中身が飛び出さないお餅を開発、特許登録を取得しました。そのお餅には、側面の周囲を一周する切込みが1本入れられており、オーブントースターで焼くと切込み線に沿って上側が持ち上がるようになっていました。

 そんな新開発のお餅が発売された矢先、包装餅業界最大手の佐藤食品工業から、越後製菓製品とそっくりのお餅(サトウの切り餅)が売られていることが判明しました。

 越後製菓は、特許侵害を理由に製造販売の差止め等を求める訴訟を提起。ところが、佐藤食品は販売を中止せず、全面的に争ってきました。

 実に3年以上に及んだこの訴訟。結末はどうなったのでしょうか。

 

知的財産権侵害のリスクが表面化した判決

 

 「サトウの切り餅事件」では最終的に越後製菓が勝訴し、佐藤食品は8億円を超える損害賠償および商品の製造禁止等を命じられました。

 包装餅で業界最大手であった佐藤食品ですが、当時の年間売上高約270億円のうち、製造禁止が命じられた商品の売り上げは約100億円だったといわれています。

 この数字から、佐藤食品の受けた打撃がどれだけ大きかったかがお分かりでしょう。佐藤食品は、「似たような切り込みを入れたお餅を販売しただけ」でした。それだけで会社を揺らがせる大打撃を受けてしまう。これが特許の恐ろしさです。

 

知的財産の特徴と調査・検討の重要性

 

 特許の恐ろしさは、権利の強力さにあります。すなわち、特許を有する者は、フリーライダーに対して侵害行為の禁止を求めることができるのです。これは強力です。

 また、そんな強力さと併せて、特許には「権利範囲が曖昧」という特徴もあります。

 特許の範囲は、特許出願のときに提出する書面によって決められます。なので、読み手によって受け取り方が異なり得る記載があると、権利の範囲があいまいになってしまうのです。サトウの切り餅事件においても権利の範囲が争点となり、第1審では越後製菓が敗訴していました。

 権利範囲のあいまいさは、特許以外の知的財産全般に通じる特徴でもあります。

 したがって、もし同業他社と競合する商品を販売する場合には、発売前に競合商品について特許・商標等の登録があるかどうかを入念に調べ、その権利の及ぶ範囲を慎重に検討することが非常に重要となります。なので、もし仮に佐藤食品が「上下面それぞれに十字型の切り込みを入れておきさえすれば、越後製菓の特許を侵害しないで済む」と考えていたのであれば、特許が及ぶ範囲に関する調査・検討が不十分であったと言わざるを得ません。

 

知的財産権と企業秘密に関するリスク管理

 

 知的財産権が強力な権利であるならば、新発明はすべて特許登録を行うべき、のように思えます。ですが、そうとは言い切れません。特許登録をすると、発明の内容が公開され、手続き費用が掛かります。発明内容やコストに照らしてよく検討すべきです。

 越後製菓が発明した商品は「側面周囲に1本切り込みを入れたお餅」でしたから、これを販売すれば必然的に発明内容は他社に明らかになり、もし越後製菓が特許登録を受けていなかったら他社にフリーライドされ放題となってしまいます。

 ところが、仮に発明内容が「△△を○グラム、××を○グラムの割合で混ぜてできる洗剤」ならばどうでしょうか。それを販売したところで、発明内容はそうやすやすとは分かりません。

 発明内容の公開によって真似されるリスクを回避するために、「企業秘密」として厳重に管理し、公開しないでおくという経営判断が下されるケースも実際には少なくないのです。

 その場合は、その企業秘密を知る関係者の秘密保持の方法に焦点が当てられることとなるわけですが、この辺りはまたの機会に詳しくご説明します。

筆者の記事一覧はこちら

関連記事

好評連載

銀行交渉術の裏ワザ

一覧へ

融資における金利固定化(金利スワップ)の方法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第20回)

銀行交渉術の裏ワザ

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第19回)

定期的に銀行と接触を持つ方法 ~円滑な融資のために~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第18回)

メインバンクとの付き合い方

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第17回)

銀行融資の裏側 ~金利引き上げの口実とその対処法~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第16回)

融資は決算書と日常取引に大きく影響を受ける

元榮太一郎の企業法務教室

一覧へ

社内メールの管理方法

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第20回)

企業法務教室

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第19回)

タカタ事件とダスキン事件に学ぶ 不祥事対応の原則

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第18回)

ブラック企業と労災認定

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第17回)

電話等のコミュニケーション・ツールを使った取締役会の適法性

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第16回)

女性の出産と雇用の問題

本郷孔洋の税務・会計心得帳

一覧へ

税務は人生のごとく「結ばれたり、離れたり」

[連載] 税務・会計心得帳(最終回)

税務・会計心得帳

[連載] 税務・会計心得帳(第18回)

グループ法人税制の勘どころ

[連載] 税務・会計心得帳(第17回)

自己信託のススメ

[連載] 税務・会計心得帳(第16回)

税務の心得 ~所得税の節税ポイント~

[連載] 税務・会計心得帳(第15回)

税務の心得 ~固定資産税の取り戻し方~

子育てに学ぶ人材育成

一覧へ

意欲不足が気になる社員の指導法

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第20回)

子どもに学ぶ人材マネジメント

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第19回)

子育てで重要な「言葉」とは?

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第18回)

女性社員を上手く育成することで企業を強くする

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第17回)

人材育成のコツ ~部下の感情とどうつきあうか~

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第16回)

人材育成 ~“将来有望”な社員の育て方~

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

次世代の医療現場を支える病院経営の効率化を推進――保木潤一(ホギメディカル社長)

1964年にメッキンバッグを販売して以来、医療用不織布などの、医療現場の安全性を向上する製品の普及を担ってきた。国は医療費を抑える診断群分類別包括評価(DPC制度)の導入や、効率的な医療を行うため病院のさらなる機能分化を実施する方針を掲げており、病院経営も難しい時代に入っている。ホギメディカルは手術室の改善か…

刺激を浴びて徹底的に考え抜くことで自らを変革する―― 鎌田英治 グロービス 知命社中代表

ワンストップで手厚くサイトの売却をサポートするサイトマ――中島優太(エベレディア社長)

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

元引きこもり青年が「cluster」で創造する新たなVRビジネスとエンターテインメント(加藤直人・クラスターCEO)

バーチャル空間で開催される会議や音楽ライブなどに、3Dアバターで参加できる画期的サービス「cluster」を生み出したのは、元引きこもりのオタク青年だった。エンタメの世界を大きく変える可能性を秘めたビジネスで注目を浴びる経営者、加藤直人氏の人物像と「cluster」の展望を探る。(取材・文=吉田浩)加藤直人・…

日本人の英語学習の課題解決に向け、学習者目線のアプリを開発―― 山口隼也(ポリグロッツ社長)

老舗コニャックメゾンがブランド強化で日本市場を深耕――Remy Cointreau Japan代表取締役 宮﨑俊治

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸教育部…

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年2月号
[第44回 経済界大賞]
大賞 北尾吉孝(SBIホールディングス社長)

  • ・[優秀経営者賞]貝沼由久(ミネベアミツミ会長兼社長)、星野晃司(小田急電鉄社長)、分林保弘(日本M&Aセンター会長)、河野貴輝(ティーケーピー社長)
  • ・[地方創生賞]笹原晶博(北海道銀行頭取)
  • ・[ベンチャー経営者賞]松下 剛(MTG社長)
  • ・[グローバルチャレンジ賞]猪塚 武(キリロム工科大学学長)

[Special Interview]

 北尾吉孝(SBIホールディングス社長)

 企業生態系を構築し20年で一大金融グループに

[NEWS REPORT]

◆上場前に大規模システムダウン ソフトバンクの明日はどうなる?

◆ゴーン逮捕から1カ月 起こりうる日産「最悪のシナリオ」

◆LINEとのアライアンスに託す 苦境に立つみずほFGの一手

[特集]せとうち復興

 被災地は観光でよみがえる

ページ上部へ戻る