マネジメント

桜井博志・旭酒造社長プロフィール

桜井博志・旭酒造社長

桜井博志(さくらい・ひろし)1950年生まれ、山口県出身。73年松山商科大学卒業。76年旭酒造入社。同社退社後、79年櫻井商事を設立し、石材卸業に従事。84年旭酒造に復帰し、社長に就任。

純米大吟醸への一点集中戦略と獺祭の誕生

 

 現在注目を集めている日本酒の一つが純米大吟醸酒「獺祭(だっさい)」だ。入手が難しいことでも知られ、市場の枯渇感から、より関心が高まっている。今秋にはパリに販売店をオープンする勢いだ。しかしここに至るまで、蔵元の旭酒造社長の桜井博志氏には多くの試練があった。

 旭酒造は山口県岩国市に江戸時代から200年続く酒蔵だが、その3代目に桜井氏が就任したのが1984年。当時は岩国地区4番手の酒蔵で、非常に業績が悪い中で跡を継いだ。

 いきなり経営再建を託された桜井社長だったが、最初は既存路線の強化しか打つ手がなかったという。具体的には、カップ酒やパック入りの酒の販売、値引きの強化など、とにかく既存のやり方を踏襲して一生懸命頑張るというやり方だった。前年比101%や102%の数字は出せるようになったが、その分、販売経費などをかけているため、決算内容はどんどん悪化していく。そんな中で、既存路線から脱却するために新機軸を打ち出した。その1つが純米大吟醸酒「獺祭」だった。

 旭酒造のように小さな規模の酒蔵では、リソースを考えると、多くの品目を幅広く手を広げるのではなく、リスクはあるが一点集中するほうが良かった。そこで、高付加価値の純米大吟醸酒に注力する戦略をとった。純米大吟醸酒は、精米歩合50%以下の白米を原料とし、醸造アルコールを添加せずに製造したもので、最高峰と言える日本酒。ここで旭酒造は、精米歩合を23%まで高め吟醸酒を極める方向で酒造りを行った。こうして完成したのが獺祭だった。

 また、新機軸という意味では、既存の商習慣に縛られないため、地元の市場への販売強化ではなく、東京市場への進出に注力する。獺祭も当初は東京市場スペシャル的な新しいブランドという位置付けだったという。

旭酒造では従来、本醸造一級酒「旭富士」を手掛けていたが、獺祭に手応えが出始めた頃に、旭富士の製造を止め、全面的に獺祭に切り替えた。

 

地ビールの失敗を機に変わった純米大吟醸獺祭の生産体制

 

 獺祭が軌道に乗り始めた頃、旭酒造は1つの危機を迎える。それが地ビールの失敗と酒造りの主役である杜氏の離反だ。

 通常の酒蔵では、杜氏を棟梁とする蔵人が酒を仕込み、蔵元がそれを販売する。酒造りはもともと農家の冬場の出稼ぎの仕事だった。一方で農村の高齢化に伴い、杜氏制度の存続自体が危ぶまれており、将来的には酒蔵が自社で生産できる体制をつくる必要性が指摘されている。しかし若い人を正社員の製造スタッフとして雇うとすると、酒造りは冬の仕事であるため、夏に仕事がないことが問題となる。

 そんな時に地ビールの免許制度が緩和されたことから、桜井社長は99年に地ビール業界に参入する決断をする。ビール業界は夏場に需要が高い仕事であるため、冬に日本酒を造り、夏は地ビールを造るという形が成り立ち、若い人たちも雇用していけるという目論みだった。

 しかし、地ビール参入は飲食業と組み合わせることが認可の条件だったため、地ビールレストランを開業。不慣れな飲食業も手掛けたことで、結果的には大失敗し、旭酒造の当時の年商と同等の1億9千万円の損害を被った。それで経営危機の噂が流れたため、杜氏が翌年の酒造りに来なかった。

 その時に新たに杜氏を雇うのが厳しいことや煩わしさもあり、自分たちで獺祭を造ろうということになった。杜氏に任せきりの酒造りが多い中、獺祭はもともと桜井社長が杜氏に細かく指示して造ってきた酒だったため、技術的には問題なかったという。

 

桜井社長が獺祭に込めた思いとは

 

 社員中心の酒造りは大きな怪我の功名をもたらす。まず酒造りが冬場だけの仕事ではなくなった。四季醸造が可能になり、生産量が飛躍的に伸びた。さらに杜氏を挟まないことによって、蔵元の意思が製造現場に行き渡るようになった。製造現場と経営者が直結するため企業の経営体質が強化された。当時は既に獺祭が東京市場などで売れ始めており、盛り返すことができた。

 桜井社長はこう振り返る。

 「地ビールレストランの失敗は大きな痛手でした。立ち直っていく過程の中で、自分は何がやりたいのかと考えた時に、やっぱり何よりも酒蔵をやりたい。酒蔵をやって成功することが一番の自分のやりたいことだと思い知った。だから、それ以降は、ある程度シンプルに行けるようになりました」

 獺祭は、「酔うため 売るための酒ではなく 味わう酒を求めて」をポリシーに掲げる。「獺祭を飲んでもらえれば、私たちのやりたいことが分かります」と桜井社長は語る。酒蔵が好きだという桜井社長の姿勢そのものを表している。

(文=本誌・村田晋一郎)

 

【マネジメント】の記事一覧はこちら

 

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

銀行交渉術の裏ワザ

一覧へ

融資における金利固定化(金利スワップ)の方法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第20回)

銀行交渉術の裏ワザ

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第19回)

定期的に銀行と接触を持つ方法 ~円滑な融資のために~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第18回)

メインバンクとの付き合い方

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第17回)

銀行融資の裏側 ~金利引き上げの口実とその対処法~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第16回)

融資は決算書と日常取引に大きく影響を受ける

元榮太一郎の企業法務教室

一覧へ

社内メールの管理方法

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第20回)

企業法務教室

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第19回)

タカタ事件とダスキン事件に学ぶ 不祥事対応の原則

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第18回)

ブラック企業と労災認定

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第17回)

電話等のコミュニケーション・ツールを使った取締役会の適法性

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第16回)

女性の出産と雇用の問題

本郷孔洋の税務・会計心得帳

一覧へ

税務は人生のごとく「結ばれたり、離れたり」

[連載] 税務・会計心得帳(最終回)

税務・会計心得帳

[連載] 税務・会計心得帳(第18回)

グループ法人税制の勘どころ

[連載] 税務・会計心得帳(第17回)

自己信託のススメ

[連載] 税務・会計心得帳(第16回)

税務の心得 ~所得税の節税ポイント~

[連載] 税務・会計心得帳(第15回)

税務の心得 ~固定資産税の取り戻し方~

子育てに学ぶ人材育成

一覧へ

意欲不足が気になる社員の指導法

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第20回)

子どもに学ぶ人材マネジメント

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第19回)

子育てで重要な「言葉」とは?

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第18回)

女性社員を上手く育成することで企業を強くする

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第17回)

人材育成のコツ ~部下の感情とどうつきあうか~

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第16回)

人材育成 ~“将来有望”な社員の育て方~

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

葬儀業から脱皮しライフイベントのプラットフォーム運営企業へ―ライフアンドデザイン・グループ

古い体質が残り実体が見えにくい葬儀業界の中で、「パッケージ化された分かりやすいサービス」「家族葬など小規模葬儀に特化」「低価格だが高品質のおもてなし」「出店スピードの速さ」等を強みに事業拡大。人生の終末や死別後に備えた事前準備を行う。文=榎本正義 村元 康・ライフアンドデザイン・グループ社長…

人材領域で培ったテクノロジーを活用し社会課題を解決する―ビズリーチ

上場して分かったTOKYO PRO Marketのメリット―前田浩・ニッソウ社長に聞く

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

「測量美術」が起こす道路工事のイノベーション―草木茂雄・エムアールサポート社長

経済界が主催するベンチャー企業支援企画「金の卵発掘プロジェクト2018」でグランプリを受賞した草木茂雄・エムアールサポート社長。建設・土木というガテン系の領域でイノベーションを起こすための挑戦を追った。(吉田浩)草木茂雄・エムアールサポート社長プロフィール 測量とアートが結び付く「測量美術」とは何…

IT化で変革する産業廃棄物処理の世界―福田隆(トライシクルCEO)

再エネ時代到来に向け、大石英司・みんな電力社長が目指す「顔の見える」世界

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年8月号
[特集] SDGsは江戸にある
  • ・「仁義道徳」 経済人に必要な「利益」と「倫理」
  • ・「利他」 「気候変動に具体的な対策を お金の流れが意識を変える」
  • ・「善の巡環」 高邁な理想を支える創意工夫と挑戦
  • ・「才覚、算用、始末、商人倫理」 SDGsの精神宿る江戸商人
  • ・「国利民福」 国が栄えれば人々も幸福になる
  • ・「先も立ち、我も立つ」 石田梅岩と商人道徳
  • ・「気丈」 学問は「治安」「エンタメ」「立身出世」──江戸庶民の教育事情
  • ・「心田開発」 二宮尊徳の報徳思想
[Special Interview]

 里見 治(セガサミーホールディングス会長グループCEO)

 日本初のIR事業への参入はエンターテインメント事業の集大成

[NEWS REPORT]

◆メガバンクからの陥落目前 みずほ銀行の昨日・今日・明日

◆巨大ドラッグストアチェーン誕生か 業界再編はココカラ始まる

◆カリスマ・鈴木修会長に陰り? ピンチを迎えたスズキの前途

◆G20農相会合で見えてきたスマート農業の未来像

[特集2]

 AI時代に稼げる資格

 今必要な資格、将来必要な資格はこれだ!

ページ上部へ戻る