政治・経済

ICT(情報通信技術)化が進む教育現場では、授業で使用する端末の納入競争が激しさを増している。来年度、佐賀県では県立高校の新入生約7千人に学習用端末の導入が決まった。今教育の最前線で何が起きているのか。 (本誌/古賀寛明)

現場で飛び交う疑問

 7月11日、佐賀県立高等学校全校で、来年から導入する学習用のタブレット(多機能携帯端末)の機種が「ウィンドウズ8プロ」搭載機に決定した。

 報道によれば、教育市場向け端末はアップル社の「iPad」が先行していたが、最後の最後で日本マイクロソフト社が鮮やかにひっくり返したといったところであった。

 しかし、地元教育関係者はそこに異を唱える。

 「もともとはマイクロソフトのOSを使った端末で実証研究を行っていたのですが、バッテリー切れやフリーズなどをよく起こすためにiPadも候補に入れて再検討したはず。新たに導入する端末のスペックが向上していないにもかかわらず、なぜ、同じものが選ばれたのか疑問が残る」

 話は、2年前にさかのぼる。

 2011年、佐賀県は全国に先駆けて「先進的ICT利活用教育推進事業」をスタートさせた。08年から3年間も準備に費やす力の入れようだったという。その背景には、古川康知事の意向がある。11年4月の佐賀県知事選で、マニフェストの中に「教育におけるICT活用推進」を掲げたからだ。

 総務省が主導するフューチャースクール推進事業にも佐賀県内の中学校が参加した。この時使われたタブレットPCが、マイクロソフト社のOS「ウィンドウズ7」を搭載した富士通製の「STYLISTIC Q550/C」というモデルだった。

 この機種が、バッテリーの問題で継続使用ができず、なおかつ再起動に時間がかかることで、使用する端末の能力を向上させてほしいという要望がでた。

 この問題を解決するために、アップル社のiPadも12年の後半から実証を始め、そして、今年5月に、佐賀大学で行われた「教育フェスタ」においていずれかを選ぶことになったのだ。

 マイクロソフト社、アップル社、そしてアンドロイドを搭載した端末で参加したシャープビジネスソリューション社が、それぞれプレゼンを行った。

 当日は、アップル社のブースが一番の人気を誇り、参加者たちもiPadに決まったのではないかと思ったそうだ。

 しかし、結果はウィンドウズ8プロに決定。そこで、冒頭の教育関係者のセリフが飛び出したのだった。

 この選定に絡んだ地元IT業界関係者は、「今回、県立高校全部の新入生が導入する機種にもウィンドウズ8プロが搭載されていますが、CPU(中央演算処理装置)と呼ばれる回路は、フューチャースクールの時も搭載されていたインテル製の『アトム』です。メールやインターネットを楽しむ程度であれば、消費電力も低いですし、快適ですが、教材などを入れて使い込むとなれば、またフリーズしたりするのではないでしょうか」

 つまり、端末の問題は解決されていなかったのだ。では、端末の能力を上げればよいのだが、そう簡単な話ではない。

 全国的な流れとしては、実証研究の結果、能力の高い端末を使う傾向にはなっているのだが、今回選定の段階で、現場の教師から「価格」について考慮してほしいと注文が入ったのだ。

 と言うのも、この佐賀のケースでは、新入生自らが購入しなければならないからだ。

 義務教育であれば、県や国が購入して児童や生徒に貸与する。しかし、高校は義務教育ではないので今回直撃するのは家庭の財布。もちろん、県としても購入が難しい家庭に対してはサポートするというが、それでも数万円もする高価な端末である。

 結局、安価な端末をということになり、「教育フェスタ」のプレゼン時でも前回と同じアトム搭載のタブレットPCになってしまったのだ。

 選考の基準となったのは「操作性」、「コンテンツ(教材)の豊富さ、確保のしやすさ」、「価格」の3つだった。

 選考の理由として県の発表した資料によれば、「両機種ともそれぞれ特性や特徴があって、どちらが絶対ということではないが……」と前置きしながらも、佐賀県の実情に照らし合わせると、「教材の手直しや加工を行うに当たって既に各学校に校務用として整備しているウィンドウズパソコンが使用できること」、「データのやり取りが容易であること」などが挙げられている。

ウィンドウズ8プロ搭載ならサーフェスプロが良いのだが・・・・・・

ウィンドウズ8プロ搭載ならサーフェスプロが良いのだが・・・・・・

 ウィンドウズ8プロを搭載し、ほぼストレスなく使用できるものと言えば、CPUに「Core i5」を使用し、今年6月に発売されたマイクロソフトのタブレット「サーフェス プロ」だ。しかし、カバーにもなるキーボードを含めると10万円以上もする高価な機種だけに、どこまで値段が下がるのか。マイクロソフトも教育機関向けに大幅な割引を考えているようだが、負担する家庭の不安は募る。

 前出の教育関係者は、「結局、誰が決めたのか知らないが、県や国なりがお金を出さないのであれば、購入する選択肢があっても良かったのではないだろうか。でも、使えないものだと意味がないし……」と頭を抱えた。

成長著しい教育市場

 佐賀の件は14年度の新入生の話で、今後も成果を見ながら見直していくそうだ。しかし、全国規模で見ていくと、この分野の市場はかなり拡大しそうだ。

 政府は、20年までに小中学生すべてにひとり1台のタブレットを持たせることを目指している。既に海外では積極的に導入されていて、インドなどでは政府主導で格安のタブレットPCを開発、実際に端末を使った授業も始まっている。

 IT先進国である米国でも、先日ロサンゼルス市の公立学校向けにiPad3万5千台、受注金額で3千万㌦(約30億円)をアップル社が受注した。

 日本もこのほかに、同じ県内の武雄市、大阪市、東京都荒川区などの自治体で導入が検討されており、大阪市の小中学校だけでも10万台以上の規模になると試算される。

 ただ、くれぐれも今回のような疑問を残してほしくないものである。

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

永濱利廣

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

[連載] 深読み経済ニュース解説

日銀による追加緩和決定の影響は!?

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

ワンマンシリーズ(7)稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫〈1〉

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

実録! 関西の勇士たち

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第19回)

ワンマンシリーズ(6)三和の法皇・渡辺忠雄〈3〉

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第18回)

ワンマンシリーズ(5) 三和の法皇・渡辺忠雄〈2〉

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

ワンマンシリーズ(4) 三和の法皇・渡辺忠雄〈1〉

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第16回)

ワンマンシリーズ(3)住友銀行に残る堀田の魂魄

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

「日本初」にこだわる男のユニークな発想とビジネス――佐野秀光(情報通信ネットワークグループ社長)

「損して得を取る」事業モデル  不動産登記情報を扱う「登記簿図書館」をご存じだろうか。 かつては法務局でしか取得できなかった登記簿情報がオンラインで簡単に取得でき、かつ、法務局では対応できないさまざまなサービスを提供するというものだ。保有登記情報は全国2450万件、会員数9500社を誇る。 この登記簿図書館を…

支持政党なし

外国人を中心に需要が高まるソーシャルレジデンスで快走―オークハウス

独自のプラットフォーム戦略で、外食産業の新たなスタンダードを創造する――きちり社長 平川昌紀

新社長登場

一覧へ

「技術立脚の理念の下、付加価値の高い香料を開発します」――高砂香料工業社長 桝村聡

創業から95年、海外に進出してから50年以上たつ国際派企業の高砂香料工業。合成香料では日本最大手であり、国際的にも6%以上のシェアを持つ優良企業だ。 100年弱の歴史を持つ合成香料のトップメーカー ── まず御社の特徴をお聞かせください。 桝村 1920年創業ですから、2020年に100周年を迎える…

桝村 聡

「ネット広告が変わってもクライアント本位の姿勢は変わりません」--バリューコマース社長 香川仁

「最新情報を発信、人と企業の働く環境を良くしていきます」--マンパワーグループ社長 池田匡弥

イノベーターズ

一覧へ

老舗コニャックメゾンがブランド強化で日本市場を深耕――Remy Cointreau Japan代表取締役 宮﨑俊治

フランスの大手高級酒グループ、レミー・コアントロー社の日本法人。18世紀から愛飲されてきた名門コニャックの「レミーマルタン」や世界有数のリキュール「コアントロー」をはじめ、スピリッツやウイスキーなど戦略的なラインアップを日本市場で展開している。同社の宮﨑俊治代表取締役に事業展開について聞いた。 &nbs…

20150609_INNOV_P02

デザイナーズ家具のEC販売で業界の“常識打破”に挑戦――リグナ社長 小澤良介

内装空間の総合プロデュースで想いをカタチに創り上げる――ユニオンテック社長 大川祐介

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 教育部門と…

大学の挑戦

創立100周年を控えて「世界に貢献し、インパクトを与える人」の育成に努めます――西南学院大学・K.J.シャフナー学長

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

企業eye

一覧へ

社員の人間力を武器に5期連続増収を果たす投資用不動産会社――パートナーズ

パートナーズは全国の中古投資用不動産の売買仲介を手掛けている。2011年の創業以来、5期連続増収を達成。吉村社長は業績好調の原動力を「社員の人間力を養い、顧客満足度の向上に取り組む姿勢にある」と語る。── 数ある投資用不動産会社の中、独自の強みについて。吉村 当社では、社員の人間力を徹底的に磨きな…

企業eye

クラウドソーシングを活用した動画制作やオンライン動画制作プラットフォームを提供――Crevo

海外ビジネスの第一線で活躍した2400人のエキスパートを擁し、日本企業の海外事業を支援。

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界9月号
[特集]
人材恐慌 この危機をどう乗り切るか

  • ・企業が脅える人材恐慌最前線
  • ・人材不足の処方箋 働き方改革でどう変わる?
  • ・加藤勝信(働き方改革担当大臣)
  • ・神津里季生(日本労働組合総連合会会長)
  • ・中田誠司(大和証券グループ本社社長)
  • ・若山陽一(UTグループ社長)

[Interview]

 松本正義(関西経済連合会会長)

 2025大阪万博で関西、日本は飛躍する

[NEWS REPORT]

◆第4次産業革命に走る中国、遅れる日本 松山徳之

◆格安スマホに対抗しauが値下げ これから始まるスマホ最終戦争

◆減収続くも利益率は向上 富士通・田中社長の改革は本物か

◆破綻からわずか2年 スカイマークが好調な理由

[政知巡礼]

 野田 毅(衆議院議員)

 「社会保障の安定した財源は消費税しかない」

ページ上部へ戻る