国際

雇用統計に反応しない米国長期金利

 5月2日に発表された米国の雇用統計で、非農業部門の雇用者数は前月から28万8千人増加した。20万程度を見込んだ市場予想を大幅に上回ったうえ、2月と3月分も上方修正された。失業率は前月から0・4%低下し6・3%となり、6・6%の市場予想を大きく下回った。ヘッドラインは申し分なく良好な結果だったと言える。

 事実、この雇用統計を受けた直後のニューヨーク外国為替市場で円はドルに対して急落し、一時は1ドル=103円台を付けた。米国債も売られ、利回りは跳ね上がった。米国株も買われた。

 しかし、終わってみれば米国金利は低下、為替は円高に振れ、そして米国株も利益確定売りで下落した。ウクライナ情勢の緊迫化という要因もあったにせよ、かなり強い雇用統計の結果に反するような弱い市場の反応となった。

 昨年末からの米国株と長期金利の推移を振り返ると、2月以降、ここ3カ月余りで随分乖離が広がった様子が見て取れる(図参照)。

 年初から金融市場ではリスク回避的な流れを強める材料が続出した。新興国の通貨不安、米国を襲った記録的な寒波の悪影響、そしてウクライナ情勢の緊迫化などである。それらを受けて株価は調整し、安全資産の代表である米国債に逃避資金が流入、長期金利は低下した。

 しかし、米国株の調整は1カ月余りで終了し、ダウ平均は4月末に再び過去最高値を更新した。一方、長期金利は上昇せず10年債利回りは2・6〜2・8%のレンジで推移。そして冒頭に述べたように雇用統計を受けた直後には2・5%台に低下したのである。同じ「米国経済」というファンダメンタルズを下敷きとしながらも、株高と債券高が共存する状況は、まるで株式市場と債券市場では見ているものが違うようにも映る。

 

低インフレ=金融緩和長期化シナリオ

 米国の長期金利が上がらないのは、債券市場が米国景気をそれほど強く考えていないからだろう。その代表的な指標がインフレ率だ。米連邦準備制度理事会(FRB)がインフレ指標として注目する個人消費支出(PCE)価格指数は、変動の大きい食品・エネルギーを除くコアで1・2%。もう2年近くも2%を下回っている。雇用は回復傾向にあってもインフレが高まらない。債券市場は低インフレ=金融緩和の長期化をメーンシナリオとしているのだろう。

 では、なぜインフレが高まらないのか。その理由について、FRBのイエレン議長は、米国経済には今もかなりのスラック(余剰)が存在し、それがインフレを抑えているとの認識を示している。イエレン議長はスラックの存在を裏付ける主な論拠として、パートタイム労働者、雇用市場、賃金、長期失業者、労働参加率の5つの要素を指摘する。

 フルタイムでの就業を希望するパートタイム労働者数は700万人もいる。これは、失業率が示唆している以上に雇用情勢が悪いということだ。企業は積極的に雇用を増やしてはいない。だから、新しい就職先を見つけるのは難しいとの懸念から、人々は仕事を辞めたがらない。一方で、半年も仕事が見つからない長期失業者の割合が相当に大きい。一見、素晴らしく良好に思われた4月の雇用統計だが、他の指標に目を転じれば平均時給は横ばいで変わらず、労働参加率は歴史的低水準に低下している。

 米国の労働市場は失業率などを見ると着実に改善しているが、より幅広い指標を点検すると十分な回復とは言い難い。少なくともインフレ率を押し上げるような回復には至っていない(とFRBは判断している)。この括弧内が結構、重要である。「市場は美人投票」とケインズは言った。自分の好みよりも、「みんな」がどう思うかが重要で、さらに「みんな」が参考にしたいのはFRBの考え方だからである。

 筆者は従来から日本株相場に強気の見方を示してきたが、その根拠として、国内要因(アベノミクスによるデフレ脱却)と海外要因(米国を中心とした世界景気の改善)を挙げていた。そして、この両者の複合要因として円安が進行するとの見通しを持っていた。

 デフレ脱却と世界景気の回復、そして円安の三位一体となった複合効果で日本株が上がると考えていた。しかし、これまで見てきたとおり、ドルの上昇には時間がかかりそうである。円安が進みにくいとなると、それはすなわち日本株が保ち合いを放れるカタリストをひとつ失うということを意味する。日本株相場は当面、膠着感の強いレンジ内の動きに終始するだろう。

関連記事

好評連載

グローバルニュースの深層

一覧へ

習近平政権下の中国経済と新時代の到来

[連載] グローバルニュースの深層

グローバルニュースの深層

[連載] グローバルニュースの深層

原油事情に関するロシアの分析

[連載] グローバルニュースの深層

プーチン露大統領の内外記者会見

[連載] グローバルニュースの深層

中間選挙後の米国を展望する

[連載] グローバルニュースの深層

中国を制するものは世界を制す

変貌するアジア

一覧へ

鴻海によるシャープ買収のもう1つの狙い

[連載]変貌するアジア(第37回)

[連載]変貌するアジア(第36回)

SDRの一翼を担う人民元への不安

[連載]変貌するアジア(第33回)

開催意義不明の日中韓首脳会議

[連載]変貌するアジア(第32回)

朱立倫の総統選出馬と台湾海峡危機

津山恵子のニューヨークレポート

一覧へ

CESの姿が変わる花形家電よりもネットワークに

[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第20回)

津山恵子のニューヨークレポート

[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第19回)

米・キューバ国交回復のインパクト

[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第18回)

クリスマス商戦に異変! 店舗買いが消え行く

[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第17回)

格差問題が深刻化する米国―教育の機会格差解消にNY市が動き出す

[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第16回)

米中間選挙で共和党が圧勝 16年大統領選はどうなる!?

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

刺激を浴びて徹底的に考え抜くことで自らを変革する―― 鎌田英治 グロービス 知命社中代表

「創造と変革」を掲げリーダー教育事業を展開しているグロービス。未来が予見しづらい混迷の時代を迎え、まさに新たな時代を切り拓いていくリーダーが求められている。そのような状況を受けて、グロービスは昨年、新たに執行役員以上に限定したエグゼクティブ向けのプログラム「知命社中」を開設した。[PR]次世代を担う経営リーダ…

ワンストップで手厚くサイトの売却をサポートするサイトマ――中島優太(エベレディア社長)

「支持政党なし」をつくった男のユニークな発想とビジネス――佐野秀光(情報通信ネットワークグループ社長)

新社長登場

一覧へ

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

リーマンショック後の2010年にスタートした柳前社長時代は大幅な合理化や新興国戦略を推進。経営改革に道をつけ、17年度は過去最高益を更新した。日髙新社長は、事業企画・経営企画や2輪事業の経験と豊富な海外経験を買われてバトンを受けた。売上高の約9割を海外が占めるヤマハ発動機のトップとして、改革路線を継続しつつ成…

「技術立脚の理念の下、付加価値の高い香料を開発します」――高砂香料工業社長 桝村聡

「ネット広告が変わってもクライアント本位の姿勢は変わりません」--バリューコマース社長 香川仁

イノベーターズ

一覧へ

老舗コニャックメゾンがブランド強化で日本市場を深耕――Remy Cointreau Japan代表取締役 宮﨑俊治

フランスの大手高級酒グループ、レミー・コアントロー社の日本法人。18世紀から愛飲されてきた名門コニャックの「レミーマルタン」や世界有数のリキュール「コアントロー」をはじめ、スピリッツやウイスキーなど戦略的なラインアップを日本市場で展開している。同社の宮﨑俊治代表取締役に事業展開について聞いた。 &nbs…

リグナ社長 小澤良介 家具のEC販売から様々な展開へ

内装空間の総合プロデュースで想いをカタチに創り上げる――ユニオンテック社長 大川祐介

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸教育部…

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2018年11月号
[特集]
大丈夫? 御社の危機管理

  • ・サイバーセキュリティ後進国日本の個人情報流出事件簿
  • ・「リアル」「バーチャル」双方で企業を守るセコムとアルソック
  • ・南海トラフ地震、首都直下型地震は、今そこにある危機
  • ・「いつ来るか分からない」では済まされない──中小企業の事業継続計画
  • ・黒部市に本社機能の一部を移転したBCPともう一つの狙い(YKKグループ)
  • ・高まる危機管理広報の重要性 平時の対応がカギを握る

[Special Interview]

 大谷裕明(YKK社長)

 「企業の姿勢や行動が危機対策以上の備えになる」

[NEWS REPORT]

◆胆振東部地震で分かった観光立国ニッポンの課題

◆M&Aでさらなる成長を期すルネサスの勢いは本物か

◆トヨタは2割増、スズキは撤退 中国自動車市場の明暗

◆このままでは2月に資金ショート 崖っぷち大塚家具「再生のシナリオ」

[特集2]

 利益を伸ばす健康経営

ページ上部へ戻る