
(もとえ・たいちろう)
1998年慶応義塾大学法学部法律学科卒業。01年弁護士登録(第二東京弁護士会)、アンダーソン・毛利法律事務所(現アンダーソン・毛利・友常法律事務所)勤務を経て、05年法律事務所オーセンスを開設。同年、法律相談ポータルサイト弁護士ドットコムを開設。代表取締役社長兼CEOを務める。
営業秘密管理の失敗事例
今回のテーマは、「営業秘密管理のコツ」です。最近、東芝の研究データが韓国の企業に漏洩した事件が話題となりました。企業にとって営業秘密の管理は極めて重要です。そこで今回は、出光興産の事件を基に営業秘密管理のコツについて説明します。
1953年、ドイツのバイエル社によってポリカーボネート樹脂という画期的な合成樹脂が開発されました。それは、耐熱性、耐衝撃性に優れることから、瞬く間に電子機器やOA機器をはじめとするさまざまな用途に使用されていきました。
しかし、この樹脂の製造には高度な技術を要することから、商業規模の自社技術を有していたのは、裁判が行われた時点でもなお、世界で出光興産をはじめとするわずか8社だけでした。
このように、ポリカーボネート樹脂の製造技術は大変貴重な技術なので、出光興産(正確には、出光興産と合併する前の出光石油化学)は、データの入ったフロッピーディスクを千葉工場のポリスチレン・ポリカーボネート計器室という独立した建物内のロッカー内に「持ち出し禁止」などと記載されたシールを貼り付け、厳重に保管していました。ところが、元従業員の暗躍により出光興産のポリカーボネート樹脂製造技術が中国企業に不正に開示されてしまう事態が発生したのです。
事態を知った出光興産は、営業秘密を不正に開示した元従業員らを被告として、損害賠償等を求める訴えを提起し、実に4年にも及ぶ裁判が繰り広げられました。果たして、結末やいかに。
営業秘密保持契約だけで会社は守れない
出光興産事件では最終的に出光興産の請求が全面的に認められ2億9700万円もの賠償金の支払い等を命ずる判決が下されました。判決によれば、元従業員であった被告は、情報提供の対価として、合計3億円近くもの大金を取得していたようです。
近年、秘密情報の漏洩事件が後を絶たず、どの企業も従業員との間で秘密保持契約を結ぶようになりました。また、その契約の多くが、雇用契約終了後も有効とされています。もちろん、この種の契約には相応の意義があります。ですが、営業秘密不正開示事件の多さから言って、秘密保持契約だけでは限界があるのは明らかです。
例えば、目の前に大金を積まれた人間が契約を反故にすることは十分にあり得ますし、その人間が会社を辞めた元従業員であれば、なおさら契約上の縛りは効力を失うはずです。加えて、秘密保持契約違反を理由に、従業員に対する損害賠償を求めるにしても、訴訟で損害を立証するのは大変です。さらに、賠償金の引き当てとなる従業員の個人財産にも限界がありますし、何よりも、秘密は二度と取り戻せないのです。
重要なのは営業秘密管理の徹底
秘密保持契約にさしたる効力が期待できない以上、秘密管理を徹底するしかありません。また、管理を徹底しておけば、万が一、秘密漏洩が起きても、損害賠償請求が認められやすくなります。出光興産事件では秘密管理に問題はなかったと認定されましたが、その体制は最低限のレベルにすぎず、裁判で客観的な秘密管理体制として積極認定されたものは次の3つのみでした。
(1)守衛の配置等によって工場内への入構が制限されていたこと
(2)建物出入口の扉に「関係者以外立入禁止」の表示が付けられていたこと
(3)フロッピーディスクのケースに「持ち出し禁止」などと記載したシールが貼られていたこと
これに対して被告側は、管理体制の甘さとして以下の問題点を指摘し、争いました。
(4)建物の入り口に「関係者以外立入禁止」と表示されていても監視装置がなかったこと
(5)建物およびロッカーに施錠がされていなかったこと
(6)従業員による情報持ち出し時のチェック等の手続きが不明だったこと
判決は、(4)から(6)の問題点には一切言及せず、出光の秘密管理体制に問題がなかったとしています。ただし、これは、出光の営業秘密の内容が世界でも稀少な情報であったからこその結果であり、仮にそうでなかったなら、結論は変わっていたかもしれません。
訴訟で情報漏洩の損害賠償請求が認められるか否かは、その情報が秘密として適切に管理されていたかどうかが重要なポイントになります。実際、営業秘密に関する民事訴訟の64%が棄却判決を受けており、棄却理由として最も多いのが、「秘密管理の不徹底」です。ですから、出光興産事件で被告側が指摘した(4)から(5)の問題点などを参考にしながら、秘密管理の体制を整えることをお勧めします。
筆者の記事一覧はこちら
【マネジメント】の記事一覧はこちら
雑誌「経済界」定期購読のご案内はこちら
経済界電子版トップへ戻る
好評連載
年収1億円の流儀
一覧へ起業して得られる経験・ノウハウ・人脈は何ものにも代え難い。--鉢嶺登(オプトホールディングCEO)
[連載]年収1億円の流儀

[連載]年収1億円の流儀
5時間勤務体制を確立した若手経営者 フューチャーイノベーション新倉健太郎社長
[連載]年収1億円の流儀
新倉健太郎氏 ~経営者は、相手の立場に立つことだと16歳の身で悟った~
[連載]年収1億円の流儀
南原竜樹氏の名言~人生の成否はDNAで決まっている 要はDNAの使い方だ~
[年収1億円の流儀]
元マネーの虎 南原竜樹 儲かるからではなく、「楽しいから」やる、と言い切れるか。
銀行交渉術の裏ワザ
一覧へ融資における金利固定化(金利スワップ)の方法
[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第20回)

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第19回)
定期的に銀行と接触を持つ方法 ~円滑な融資のために~
[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第18回)
メインバンクとの付き合い方
[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第17回)
銀行融資の裏側 ~金利引き上げの口実とその対処法~
[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第16回)
融資は決算書と日常取引に大きく影響を受ける
元榮太一郎の企業法務教室
一覧へ社内メールの管理方法
[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第20回)

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第19回)
タカタ事件とダスキン事件に学ぶ 不祥事対応の原則
[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第18回)
ブラック企業と労災認定
[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第17回)
電話等のコミュニケーション・ツールを使った取締役会の適法性
[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第16回)
女性の出産と雇用の問題
温故知新
一覧へ[連載] 温故知新
エイチ・アイ・エス澤田秀雄社長が業界各社に訴えたいこと
[連載] 温故知新
小山五郎×長岡實の考える日本人の美 金持ちだけど下品な日本人からの脱却
[連載] 温故知新
忙しい時のほうが、諸事万端うまくいく――五島昇×升田幸三
[連載] 温故知新(第19回)
最大のほめ言葉は、期待をかけられたこと--中條高德(アサヒビール飲料元会長)
本郷孔洋の税務・会計心得帳
一覧へ税務は人生のごとく「結ばれたり、離れたり」
[連載] 税務・会計心得帳(最終回)

[連載] 税務・会計心得帳(第18回)
グループ法人税制の勘どころ
[連載] 税務・会計心得帳(第17回)
自己信託のススメ
[連載] 税務・会計心得帳(第16回)
税務の心得 ~所得税の節税ポイント~
[連載] 税務・会計心得帳(第15回)
税務の心得 ~固定資産税の取り戻し方~
子育てに学ぶ人材育成
一覧へ意欲不足が気になる社員の指導法
[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第20回)

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第19回)
子育てで重要な「言葉」とは?
[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第18回)
女性社員を上手く育成することで企業を強くする
[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第17回)
人材育成のコツ ~部下の感情とどうつきあうか~
[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第16回)
人材育成 ~“将来有望”な社員の育て方~
ビジネストレンド新着記事
注目企業
一覧へ総合事業プロデューサーとして顧客と共に成長する―中尾賢一郎(グランドビジョン社長)
広告やマーケティング、ブランディングを事業プロデュースという大きな枠で捉え、事業が成功するまで顧客と並走する姿勢が支持されているグランドビジョン。経営者の思いを形にしていく力で、単なる広告代理店とは一線を画している。 中尾賢一郎・グランドビジョン社長プロフィール &nb…

新社長登場
一覧へ森島寛晃・セレッソ大阪社長が目指すクラブ経営とは
前身のヤンマーディーゼルサッカー部を経て1993年に創設されたセレッソ大阪。その25周年にあたる2018年12月に社長に就任した森島寛晃氏は、ヤンマー時代も含めて通算28年間セレッソ一筋、「ミスターセレッソ」の愛称を持つ。今も多くのファンに愛される新社長が目指すクラブ経営とは。聞き手=島本哲平 Photo=藤…

イノベーターズ
一覧へ20歳で探検家グランドスラム達成した南谷真鈴さんの素顔
自らの手で未来をつかみ取る革新者たちは、自分の可能性をどう開花させてきたのか。今回インタビューしたのは、学生でありながら自力で資金を集め、世界最年少で探検家グランドスラムを制した南谷真鈴さんだ。文=唐島明子 Photo=山田朋和(『経済界』2020年1月号より転載)南谷真鈴さんプロフィール&nbs…

大学の挑戦
一覧へ専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長
2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …
