マネジメント

 今回のテーマは、「営業秘密管理のコツ」です。最近、東芝の研究データが韓国の企業に漏洩した事件が話題となりました。企業にとって営業秘密の管理は極めて重要です。そこで今回は、出光興産の事件を基に営業秘密管理のコツについて説明します。

営業秘密管理の失敗事例

 1953年、ドイツのバイエル社によってポリカーボネート樹脂という画期的な合成樹脂が開発されました。それは、耐熱性、耐衝撃性に優れることから、瞬く間に電子機器やOA機器をはじめとするさまざまな用途に使用されていきました。

 しかし、この樹脂の製造には高度な技術を要することから、商業規模の自社技術を有していたのは、裁判が行われた時点でもなお、世界で出光興産をはじめとするわずか8社だけでした。

 このように、ポリカーボネート樹脂の製造技術は大変貴重な技術なので、出光興産(正確には、出光興産と合併する前の出光石油化学)は、データの入ったフロッピーディスクを千葉工場のポリスチレン・ポリカーボネート計器室という独立した建物内のロッカー内に「持ち出し禁止」などと記載されたシールを貼り付け、厳重に保管していました。ところが、元従業員の暗躍により出光興産のポリカーボネート樹脂製造技術が中国企業に不正に開示されてしまう事態が発生したのです。

 事態を知った出光興産は、営業秘密を不正に開示した元従業員らを被告として、損害賠償等を求める訴えを提起し、実に4年にも及ぶ裁判が繰り広げられました。果たして、結末やいかに。

営業秘密保持契約だけで会社は守れない

 出光興産事件では最終的に出光興産の請求が全面的に認められ2億9700万円もの賠償金の支払い等を命ずる判決が下されました。判決によれば、元従業員であった被告は、情報提供の対価として、合計3億円近くもの大金を取得していたようです。

 近年、秘密情報の漏洩事件が後を絶たず、どの企業も従業員との間で秘密保持契約を結ぶようになりました。また、その契約の多くが、雇用契約終了後も有効とされています。もちろん、この種の契約には相応の意義があります。ですが、営業秘密不正開示事件の多さから言って、秘密保持契約だけでは限界があるのは明らかです。

 例えば、目の前に大金を積まれた人間が契約を反故にすることは十分にあり得ますし、その人間が会社を辞めた元従業員であれば、なおさら契約上の縛りは効力を失うはずです。加えて、秘密保持契約違反を理由に、従業員に対する損害賠償を求めるにしても、訴訟で損害を立証するのは大変です。さらに、賠償金の引き当てとなる従業員の個人財産にも限界がありますし、何よりも、秘密は二度と取り戻せないのです。

重要なのは営業秘密管理の徹底

 秘密保持契約にさしたる効力が期待できない以上、秘密管理を徹底するしかありません。また、管理を徹底しておけば、万が一、秘密漏洩が起きても、損害賠償請求が認められやすくなります。出光興産事件では秘密管理に問題はなかったと認定されましたが、その体制は最低限のレベルにすぎず、裁判で客観的な秘密管理体制として積極認定されたものは次の3つのみでした。

(1)守衛の配置等によって工場内への入構が制限されていたこと

(2)建物出入口の扉に「関係者以外立入禁止」の表示が付けられていたこと

(3)フロッピーディスクのケースに「持ち出し禁止」などと記載したシールが貼られていたこと

 これに対して被告側は、管理体制の甘さとして以下の問題点を指摘し、争いました。

(4)建物の入り口に「関係者以外立入禁止」と表示されていても監視装置がなかったこと

(5)建物およびロッカーに施錠がされていなかったこと

(6)従業員による情報持ち出し時のチェック等の手続きが不明だったこと

 判決は、(4)から(6)の問題点には一切言及せず、出光の秘密管理体制に問題がなかったとしています。ただし、これは、出光の営業秘密の内容が世界でも稀少な情報であったからこその結果であり、仮にそうでなかったなら、結論は変わっていたかもしれません。

 訴訟で情報漏洩の損害賠償請求が認められるか否かは、その情報が秘密として適切に管理されていたかどうかが重要なポイントになります。実際、営業秘密に関する民事訴訟の64%が棄却判決を受けており、棄却理由として最も多いのが、「秘密管理の不徹底」です。ですから、出光興産事件で被告側が指摘した(4)から(5)の問題点などを参考にしながら、秘密管理の体制を整えることをお勧めします。

関連記事

好評連載

銀行交渉術の裏ワザ

一覧へ

融資における金利固定化(金利スワップ)の方法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第20回)

銀行交渉術の裏ワザ

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第19回)

定期的に銀行と接触を持つ方法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第18回)

メインバンクとの付き合い方

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第17回)

金利引き上げの口実とその対処法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第16回)

融資は決算書と日常取引に大きく影響を受ける

元榮太一郎の企業法務教室

一覧へ

社内メールの管理方法

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第20回)

企業法務教室

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第19回)

タカタ事件に学ぶ 不祥事対応のプリンシプル

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第18回)

「ブラック企業」という評価の考察

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第17回)

電話等のコミュニケーション・ツールを使った取締役会の適法性

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第16回)

女性の出産と雇用の問題

本郷孔洋の税務・会計心得帳

一覧へ

税務は人生のごとく「結ばれたり、離れたり」

[連載] 税務・会計心得帳(最終回)

税務・会計心得帳

[連載] 税務・会計心得帳(第18回)

グループ法人税制の勘どころ

[連載] 税務・会計心得帳(第17回)

自己信託のススメ

[連載] 税務・会計心得帳(第16回)

所得税の節税ポイント

[連載] 税務・会計心得帳(第15回)

固定資産税の取り戻し方

子育てに学ぶ人材育成

一覧へ

意欲不足が気になる社員の指導法

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第20回)

子どもに学ぶ人材マネジメント

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第19回)

子育てで重要な「言葉」とは?

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第18回)

女性社員を上手く育成することで企業を強くする

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第17回)

部下の感情とどうつきあうか

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第16回)

人材育成 ~“将来有望”な社員の育て方~

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

刺激を浴びて徹底的に考え抜くことで自らを変革する―― 鎌田英治 グロービス 知命社中代表

「創造と変革」を掲げリーダー教育事業を展開しているグロービス。未来が予見しづらい混迷の時代を迎え、まさに新たな時代を切り拓いていくリーダーが求められている。そのような状況を受けて、グロービスは昨年、新たに執行役員以上に限定したエグゼクティブ向けのプログラム「知命社中」を開設した。[PR]次世代を担う経営リーダ…

ワンストップで手厚くサイトの売却をサポートするサイトマ――中島優太(エベレディア社長)

「支持政党なし」をつくった男のユニークな発想とビジネス――佐野秀光(情報通信ネットワークグループ社長)

新社長登場

一覧へ

「技術立脚の理念の下、付加価値の高い香料を開発します」――高砂香料工業社長 桝村聡

創業から95年、海外に進出してから50年以上たつ国際派企業の高砂香料工業。合成香料では日本最大手であり、国際的にも6%以上のシェアを持つ優良企業だ。100年弱の歴史を持つ高砂香料工業── まず御社の特徴をお聞かせください。桝村 1920年創業ですから、2020年に100周年を迎える香料の専門メーカーです。基本…

桝村 聡

「ネット広告が変わってもクライアント本位の姿勢は変わりません」--バリューコマース社長 香川仁

「最新情報を発信、人と企業の働く環境を良くしていきます」--マンパワーグループ社長 池田匡弥

イノベーターズ

一覧へ

老舗コニャックメゾンがブランド強化で日本市場を深耕――Remy Cointreau Japan代表取締役 宮﨑俊治

フランスの大手高級酒グループ、レミー・コアントロー社の日本法人。18世紀から愛飲されてきた名門コニャックの「レミーマルタン」や世界有数のリキュール「コアントロー」をはじめ、スピリッツやウイスキーなど戦略的なラインアップを日本市場で展開している。同社の宮﨑俊治代表取締役に事業展開について聞いた。 &nbs…

デザイナーズ家具のEC販売で業界の“常識打破”に挑戦――リグナ社長 小澤良介

内装空間の総合プロデュースで想いをカタチに創り上げる――ユニオンテック社長 大川祐介

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 教育部門と…

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

企業eye

一覧へ

不動産の現場から生産緑地の将来活用をサポートする――ホンダ商事

ホンダ商事は商業施設や宿泊施設の売買仲介、テナントリーシングを手掛けている。本田和之社長は顧客のニーズを探り最適な有効活用を提案。不動産の現場から、生産緑地の将来活用など社会問題の解決にも取り組む。── 事業の概要について。本田 当社は商業施設やホテル、旅館の売買・賃貸仲介(テナントリーシング)を…

企業eye

社員の人間力を武器に5期連続増収を果たす投資用不動産会社――パートナーズ

クラウドソーシングを活用した動画制作やオンライン動画制作プラットフォームを提供――Crevo

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2018年8月号
[特集]
パナソニック新世紀

  • ・総論 家電事業でもB2Bでも根底に流れる「お役立ち」
  • ・樋口泰行(コネクティッドソリューションズ社社長)
  • ・B2Bに舵を切るパナソニック
  • ・パナソニックのDNA 家電事業の次の100年
  • ・本間哲朗(アプライアンス社社長)
  • ・パナソニックの家電を支えた“街の電気屋”の昨日・今日・明日
  • ・テスラ向け電池は量産へ 成長のカギ握る自動車事業
  • ・パナソニックとオリンピック・パラリンピック

[Special Interview]

 津賀一宏(パナソニック社長)

 変化し進化し続けることでパナソニックの未来を創る

[NEWS REPORT]

◆商品開発に続き環境対策で競い合うコンビニチェーン

◆サムスンを追撃できるか? ようやく船出する東芝メモリの前途

◆スバル・吉永泰之社長はなぜ「裸の王様」になったのか

◆「ニーハオトイレ」は遠い昔 中国を席巻するトイレ革命

[政知巡礼]

 木原誠二(衆議院議員)

 「政治が気合を持って、今のやり方を変えていく覚悟を」

ページ上部へ戻る