マネジメント

松井道夫

松井道夫(まつい・みちお)
1953年長野県生まれ、東京育ち。76年一橋大学経済学部卒業後、日本郵船に入社。87年義父の経営する松井証券に入社。取締役法人部長、常務取締役営業本部長などを経て95年社長に就任。早くからネット証券事業に参入し、同社を大きく成長させた。

 松井道夫氏が松井証券社長に就任したのは1995年。86年に松井武元社長の娘婿となり、翌年にはそれまで勤めてきた日本郵船を退職して松井証券に入社。経営幹部となってからは、「営業セールスの廃止」「株式保護預り料の無料化」など、規制に守られた当時の証券業界の常識を打ち破る施策を次々と打ち出し、「証券業界の革命児」と呼ばれた。90年代後半以降はネット証券事業に本格参入し、業績を大きく伸ばしたのは周知のとおりだ。

 自身が著書などで明かしているように、義父から社長の座を譲り受けた時、「おやんなさいよ、でもつまんないよ」と言われたという話はよく知られている。当時のことについて、松井社長に振り返ってもらうとともに、自らの後継者に対する考えも語ってもらった。

松井証券を継ぐ強い意志はなかった

-- 先代から事業を継ぐことになった時の心境は。

松井 僕がこの会社に入ったのが今から27年前、34歳の時です。妻は1人娘だから、夫である僕は当然跡を継ぐという話になりますが、結婚した時に継ぐつもりは全くなかった。成り行きで社長になっちゃったとしか言いようがない。義父は継いでくれなんて一言も言わなかったし、跡を継いで経営するということもピンとこなかったですしね。でも僕が継がなかったら、それまで70年続いた会社が人手に渡るのは何となく分かっていた。何も言われなかったことが逆にプレッシャーというか、何だかよく分からなかったけど、面倒くさいからまあ継ぎますと(笑)。自分の強い意思があって継いだわけではないです。

-- 松井社長が継ぐと言わなかったらどうなったのでしょう。

松井 その場合は義父の弟が継ぐことにはなっていたらしいけど、別にそれが悔しいとも思いませんでした。義父は2代目ですが、実質的な創業者のようなもの。30代の時に初代社長から事業を継いで、それから40年間くらい社長をしていた。やっぱり家としては本家で継いでいくほうがいいのかもしれませんが、義父はそういうことに本当に無関心でした。ありがたかったのは、義父は僕がやることに一切口を出さなかった。自分が築いてきたものを少しでも壊したら、普通は文句の1つも言うと思いますが、不思議なほど押し付けは一切なかった。

-- 先代の影響が大き過ぎると事業承継の障害になりますが、それとは全く無縁だったと。

松井 むしろ正反対。事業のこともそれ以外のことも、何を話し掛けても取り合わない。義父は飄々としていてジョークも言いましたが、事業の話になると「それがいいんならおやんなさい、アンタの責任で」と、そればっかり。それで、ある時家内に「お前の親父さんは僕を嫌ってるのか」と聞いたら、そんなことはないと。義父は、もし僕がバカだったら何を言っても聞かないだろうし、利口だったら言われる前に気が付くはずだから、と言っていたらしい。すべては経営者である松井道夫の器次第だから、何を言っても仕方ないと言っていたそうです。

-- 器の大きい人ですね。

松井 僕がまねろと言われても、完全にはまねられないとは思います。口うるさく言われていたら家を出ていたでしょうね。

松井道夫松井道夫社長が感じた予感

-- 入社当時、証券業界の内情はどの程度知っていましたか。

松井 ほとんど知らなかったです。証券会社も野村証券ぐらいしか知らなかったですから。

-- 海運業界と証券業界との違いに驚いたようですが。

松井 海運会社は自由化の洗礼を受け、苦しんでいましたから努力しなくても儲けている証券業界は世界が違うという印象を持っていました。いろいろやりましたが、日本郵船時代の11年間のデジャヴを見ているようでしたね。証券業界も変わっていくだろうという予感があって、面白いようにそのとおりになった。

-- さまざまな改革に対して社員の反発もあったようですが。

松井 やることすべてが証券業界の人とは基準が違っていたので、ことごとく僕と対立しましたね。僕は、そういう役員たちは出て行ってくれと言っていました。それについても先代は何も言わなかった。役員に対しては、僕のいないところでフォローしてくれていたとは思いますが、こちらの耳には何も入ってこなかった。もちろん、狭い社内にいたらそういう空気は分かりますが、全部自分が決めるという自負心がありましたから、結果的には思ったとおりにやりました。

-- そうした挑戦は、なかなか評価されず苦労したのでは。

松井 あまり考えなかったですね。僕は、他人からほめられたいとか思わないタイプなので。他人と同じことをやっても成功しないし、だからと言って意表を突いたことをやってもベースがしっかりしてなければ駄目ですし。世の中の大きな流れをつかんで、自分が信じることをやればいいと思います。

松井証券の後継者とバトンタッチのタイミングは

-- ご自身の後継者に対しても先代と同じスタンスで臨むのでしょうか。

松井 自分で興した事業なら違うかもしれませんが、僕はそうではないし、会社を大きく変えたけれど、次の経営者にもっと変えてくれなどと言う立場ではありません。「つまんないよ」とは言いませんが、「アンタの責任でやりたいようにおやんなさい」とは言うでしょうね。

-- それでも、あえて後継者に条件を付けるとしたら。

松井 条件を付けることにあまり意味はないですが、株式会社は第一義的には株主のもの。僕が株主として居続けるなら、利益を出さなければ経営者として認めないというだけです。

-- 松井社長がバトンタッチを考えるとすればどんな時でしょうか。

松井 体力、気力、頭脳の面から、自分が経営者だったら会社が悪くなると自覚した時としか言いようがない。何歳という線引きはできませんが、残念ながら人間には寿命があるし、歳を取れば古いものを守ろうとする力が働いて世の中の変化に付いて行けなくなる。そういう意味で、自分の限界に気付いた時ですね。

 経営の最大のコストは時代とのギャップです。人件費や研究開発費なんてそれに比べたら微々たるもの。時代とのギャップを拡大させるか縮小させるかは、社長の頭の中に懸かっていると言っていい。時代とのギャップが大きい社長がいる会社はあっという間に廃れます。それを自覚したら退くべきです。

(聞き手=本誌編集長・吉田浩 写真=森モーリー鷹博)

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