マネジメント

 2010年の社長就任以来、果敢なM&Aによって、グローバル展開を推し進めているアサヒグループホールディングスの泉谷直木社長。将来を見据え、世界で戦える人材の育成にも力を注ぐ。長期的、安定的な成長を実現できる経営者の条件とは何か、そして自身の後継者についてどんな考えを持ち、どのように育成していくのか。話を聞いた。(聞き手=本誌編集長・吉田浩 写真=森モーリー鷹博)

 

泉谷直木・アサヒグループホールディングス社長プロフィール

泉谷直木

泉谷直木(いずみや・なおき)1948年生まれ。京都府出身。72年京都産業大学法学部法律学科卒業後、アサヒビール入社。工場倉庫課、労組役員などを経て、95年に広報部長。経営企画部長、経営戦略部長などを経て、2003年取締役に就任。04年常務取締役、09年専務取締役を歴任し、10年代表取締役社長兼COOに就任。11年に持ち株会社制への移行に伴い、アサヒグループホールディングス社長に就く。14年から社長兼CEOに。

 

泉谷社長の考える経営者に必要な3つの能力

 

-- 経営者に必要な能力についてどう考えますか。

泉谷 基本的に3つの能力が必要です。ひとつは戦略構築能力、2つめは目標達成能力、3つめはリーダーシップです。

 まず、戦略構築能力は学習して身に付ける必要があります。日々の勉強の仕方としては、例えば新聞の一面トップ記事や雑誌の特集記事を読む。それによって、時代の風を取り込み、課題を自分に置き換え、わが社に置き換え、日本、世界に置き換える。そういう訓練をずっとやっていくことが、戦略を構築する上では非常に大事です。

 僕が広報部門にいた11年間は、村井勉さん、樋口廣太郎さん、瀬戸雄三さんという歴代トップに仕えて毎日が勝負でした。朝一番に社長に呼ばれて、新聞の一面に出てきた話を振られて反応できないと、もう広報マンとして失格なんです。新聞を全紙読んで、必要な雑誌はチェックして、意見を言えるように常に自分に置き換えて考えることを、若い時から教えられてきました。

 ただ、ややもすると机上の話になってしまうので、やはり実践で経験しなければなりません。結局、戦略を実行して恥をかいたり、冷や汗をかいたりする経験が必要です。頭で勉強して、体で覚える。戦略は最終的に実践に落としこめないと意味がないので、実践できる戦略をどう組むか。三実主義と言っているのですが、「実在、実物、実践」が重要。これを意識すると非常に力が付きます。

 2つめの目標達成能力についてですが、経営者は結果を出してナンボ。そのために組織の力を高めることが非常に大事になってきます。組織とは要するに人の集まりですから、個人の力をいかに高めるかに焦点を当てなければいけません。

 僕がよく言っているのは、「長の力を組織の力は超えない」ということです。組織の力を伸ばすには、僕自身が成長しなければいけないから努力する。その努力する僕を超える人がいなければ、今より強い組織にはなりません。トライアスロンに例えると、すべての競技の平均点で言えば僕が一番強い。でも、水泳、自転車、ランの各種目なら、僕より速い人がいる。こういう組織が最も強いのです。

 自分の得意技を1つ作れば、だんだんほかの技が付いてくるようになります。柔道でも相撲でもそうですが、基本形をピシッと持つと、それに対して応用の幅が広がるのです。だから基本のしっかりした人を、育成しようとしています。

 リーダーとして、毎月事業会社の役員を集めて報告させていますし、当然そこでは厳しくやります。今、彼らが持っている能力と、これから伸びる能力を足しこみながら、業績を皆で上げていく努力をしていきます。僕は「含み資産経営」とか「含み能力経営」という言葉をよく使っているのですが、社員の能力は会計上に出てきません。しかし、人の能力で含み資産を持つことは可能だと考えています。

-- これだけ事業会社が多いと、人を見るのも大変ですね。

泉谷 グループ全体で80社強あって、兼任も含めると大体50人程度の経営幹部がいます。さらにその50人を作るための人材プールがあります。これくらいは見ることができないと、社長は務まらないですね。

-- 3つめのリーダーシップについては。

泉谷 リーダーシップもコミュニケーションを勉強すればある程度は取れるようになりますが、これもケーススタディーばかりやって身に付くものではなく、実際に人に会ってみることが重要です。その時に失敗したり怒られたりして、初めて自分なりのリーダーシップが身に付いてくる。そして、役職に応じてリーダーシップのレベルを上げていくことができるようになるのです。要するに人に会うことを嫌がっては駄目だし、嫌な仕事でも拒んだら駄目。追い込まれることもありますが、そこを超えたときの力が一番大きい。

 「心技体」と言いますが、リーダーとして魅力的な人はこれが揃っている。若い時は「体技心」、ミドルになると「技体心」の順番でいいと思います。でも、役員になるといつまでも体力で勝負はできないし、技術も変わっていくので、「心技体」になっていないと困るんですね。人間的な魅力で若い人たちの力を引き出さなければならないのです。

 

泉谷直木後進の育成と泉谷直木社長が考える後継者候補

 

-- 後進の育成はどこまで進んでいますか。

泉谷 4年前から社内大学を開き、ここで育成した50人強の人材の大半が事業会社の役員になっています。彼らは1〜2年のうちにグループ会社各社の経営者になっていくでしょう。加えて、次の世代の幹部候補を対象にした「アサヒエグゼクティブリーダープログラム」に30人程度、35歳から45歳までを対象にした「アサヒネクストリーダープログラム」に60人程度、人材をプールしています。

 社内大学では、最初から実践教育を行って促成栽培的な育成を行っています。エグゼクティブリーダープログラムは、10年後にこの会社をどうしたいか、どう仮説を立て、その仮説に基づいてどういう課題を設定するかといったことに取り組ませています。ネクストリーダープログラムでは、戦略を立てるのに必要な基本的手法を教えています。その後、営業、生産、管理など各部署を横断的に経験してもらい、途中で海外にも送り出して、グローバルに活躍できる経営人材に育てることを考えています。

 もう1つ、「グローバルチャレンジャーズプログラム」というものがあって、これはわれわれが買収した会社へ1年間出向させるという取り組みです。3年間で30人弱が実際に海外に行きました。入社して2〜3年の社員や、中途採用で1年目の社員も行っています。

-- 若年層の人材プールもかなりできてきたようですね。

泉谷 いや、まだまだ。機会は等しく全員に与えますが、その機会を自分でつかもうとする人にしか手はかけません。人材育成で全員の底上げだけをやっていると、平均点は上がっても尖がった人が出てこなくなります。育成の手法も、研修で缶詰にして先生を連れてきていろいろとやるより、どちらかといえば放牧型で育てます。大きな枠からは出ないようにしつつも、自由にやらせることによって、環境が変わっても挑戦する人材が育つと考えています。

-- 今年で社長就任から5年目になりますが、ご自身の後継者候補は固まってきていますか。

泉谷 もう複数の候補を決めています。後継者問題について欧米の投資家に尋ねられたときなどは、欧米式のサクセッションプランを実行しているから安心してほしいと説明しています。問題は、後継者の一般的な能力がどうかではなく、僕が退任する時の経営環境がどうなっていて、どんな課題を抱えているかによって人選は変わります。序列をつけているのではなく特徴で分けているのです。

-- さまざまなパターンをシミュレーションしていると。

泉谷 例えば、市場が成長していてシェアの取り合いをやっているときは営業に強い人がトップを務めるべきですし、逆に市場が縮小してコストダウンを徹底しながら利益を上げたいときは管理に強い人、あるいは海外で勝負しなければならないときは戦略に長けた人といった具合です。

 トップの人選によって、サポートする人材の組み合わせも変わります。欧米企業では、トップが変わると同時に役員も何人か辞めて、別の人材がボードメンバーとして入ってくることが多い。競争した人間同士を残すと意見がぶつかって、意図せずとも結果的に意思決定が遅くなるからです。こういうのが後継者育成のグローバルスタンダードなんですね。

 

アサヒグループホールディングスの将来像について

 

-- 泉谷社長がこれから目指す会社の姿について。

泉谷 今、われわれが取り組んでいることがうまくいくかはまだ分かりませんが、現経営者が新しいことにチャレンジしないと、将来困るのは間違いありません。社長業はさまざまなリスクを抱えていますが、リスクを取らないことのリスクが一番大きい。社長の仕事は毎日が挑戦の日々です。重要問題を先送りしてサボったら、結局、リスクが手に負えないほど大きくなってしまいます。

 われわれは今、時価総額で見ると業界第5位ぐらいまでになりましたし、さまざまな新しいことができる体制ができてきたので、ここからが本当の勝負なんです。全員でグローバルに長期的かつ安定的な成長ができる企業を目指そうとしています。そうすることで、お客さまとの信頼関係も強固になり、社員の家族も含めて安心感を与えられるのです。

関連記事

好評連載

銀行交渉術の裏ワザ

一覧へ

融資における金利固定化(金利スワップ)の方法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第20回)

銀行交渉術の裏ワザ

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第19回)

定期的に銀行と接触を持つ方法 ~円滑な融資のために~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第18回)

メインバンクとの付き合い方

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第17回)

銀行融資の裏側 ~金利引き上げの口実とその対処法~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第16回)

融資は決算書と日常取引に大きく影響を受ける

元榮太一郎の企業法務教室

一覧へ

社内メールの管理方法

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第20回)

企業法務教室

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第19回)

タカタ事件とダスキン事件に学ぶ 不祥事対応の原則

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第18回)

ブラック企業と労災認定

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第17回)

電話等のコミュニケーション・ツールを使った取締役会の適法性

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第16回)

女性の出産と雇用の問題

本郷孔洋の税務・会計心得帳

一覧へ

税務は人生のごとく「結ばれたり、離れたり」

[連載] 税務・会計心得帳(最終回)

税務・会計心得帳

[連載] 税務・会計心得帳(第18回)

グループ法人税制の勘どころ

[連載] 税務・会計心得帳(第17回)

自己信託のススメ

[連載] 税務・会計心得帳(第16回)

税務の心得 ~所得税の節税ポイント~

[連載] 税務・会計心得帳(第15回)

税務の心得 ~固定資産税の取り戻し方~

子育てに学ぶ人材育成

一覧へ

意欲不足が気になる社員の指導法

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第20回)

子どもに学ぶ人材マネジメント

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第19回)

子育てで重要な「言葉」とは?

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第18回)

女性社員を上手く育成することで企業を強くする

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第17回)

人材育成のコツ ~部下の感情とどうつきあうか~

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第16回)

人材育成 ~“将来有望”な社員の育て方~

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

不動産のノウハウや技術を生かしサステナブルインフラへ―いちご

現存の不動産に新しい価値を創造する「心築(しんちく)事業」とJ‐REIT運用、太陽光などのクリーンエネルギー事業が主力。社名の「いちご」は一期一会に由来しており、サステナブルインフラを通じて日本の社会を豊かにすることを目指している。文=榎本正義(『経済界』2019年9月号より転載) 長谷川拓…

次世代車向け先進技術を応用する日本発プラットフォーマー ―イーソル

社員に奨学金を提供―ミツバファクトリーが実践する中小企業が勝つための福利厚生とは

新社長登場

一覧へ

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

アサヒグループ食品の副社長から、この3月にアサヒビールの社長に就任した塩澤賢一氏。長年、ビール営業畑を歩み、マーケティングを兼ねた繁華街歩きを趣味にしている。街の変化から世の中の流れを読む塩澤新社長が挑むのは低迷するビール市場の活性化。若者需要を伸ばしつつ、スポーツイベントを商機として攻勢をかけていく。聞き手…

「事業部門の連携を活性化させ営業利益100億円を目指す」 内藤宏治(ウシオ電機社長 )

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

イノベーターズ

一覧へ

シリコンバレーへの挑戦が生んだ「起業家と投資家が待ち望んだサービス」― 戸村光・ハックジャパンCEO

起業家のスタンスとして、画期的な技術やビジネスモデルを社会で活かすことを目的としたイノベーション先行型もあれば、社会課題解決を最優先とし、そこに必要な技術やノウハウを当てはめていくやり方もある。ハックジャパンCEOの戸村光氏の場合は後者。対象となる課題は「身の周りの気付いたことすべて」だ。(取材・文=吉田浩)…

「測量美術」が起こす道路工事のイノベーション―草木茂雄・エムアールサポート社長

IT化で変革する産業廃棄物処理の世界―福田隆(トライシクルCEO)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年9月号
[特集] 東京五輪以降──ニッポンの未来
  • ・2度目の東京五輪 今度はどんなレガシーが生まれるのか
  • ・高岡浩三 ネスレ日本社長兼CEO
  • ・脱CO2の切り札となる水素活用のスマートシティ
  • ・五輪契機にテレワーク普及へ「柔軟な働き方でハッピーに」
  • ・ワーケーション=仕事×余暇 地域とつながる新しい働き方
  • ・「ピッ」と一瞬で決済完了! QRしのぐタッチ決済の潜在力
  • ・東京五輪で懸念される調達リスク
  • ・フェアウッド100%使用にこだわる佐藤岳利(ワイス・ワイス社長)の挑戦
[Special Interview]

 原田義昭(環境大臣・内閣府特命担当大臣)

 世界の脱炭素化、SDGs「環境」が社会を牽引する

[NEWS REPORT]

◆フェイスブックの「リブラ」で仮想通貨も「GAFA」が支配

◆脱炭素社会へ 鉄リサイクルという光明

◆PBの扱いを巡り業界二分 ビール商戦「夏の陣」に異変あり

◆中国の次は日本に矛先? トランプに脅える自動車業界の前途

[特集2]

 北の大地の幕開け 北海道新時代

・ 鈴木直道(北海道知事)

・ 岩田圭剛(北海道商工会議所連合会会頭)

・ 安田光春(北洋銀行頭取)

・ 笹原晶博(北海道銀行頭取)

・ 佐々木康行(北海道コカ・コーラボトリング社長)

・ 會澤祥弘(會澤高圧コンクリート社長)

・ 佐藤仁志(北海道共伸特機社長)

・ 内間木義勝(ムラタ社長)

ページ上部へ戻る