政治・経済

 アベノミクス〝第三の矢〟の中で、医療分野が成長戦略の柱の1つに位置付けられたことに今後への期待感を強める日本の医療機器メーカー。これを機に世界に打って出ようという機運が高まっている。日本医療機器産業連合会(医機連)会長を務めるテルモの中尾浩治会長に、医療機器産業の成長に向けた課題と進むべき方向性を聞いた。

【なかお・こうじ】 広島県出身。1970年慶応義塾大学法学部卒業後、テルモ入社。95年取締役、社長室長、97年経営企画室長、2002年取締役常務執行役員に就任。その後テルモメディカル社(米国)取締役会長兼CEO、取締役専務執行役員、取締役副社長執行役員を経て、11年より現職。13年より日本医療機器産業連合会の会長を務める。

【なかお・こうじ】
広島県出身。1970年慶応義塾大学法学部卒業後、テルモ入社。95年取締役、社長室長、97年経営企画室長、2002年取締役常務執行役員に就任。その後テルモメディカル社(米国)取締役会長兼CEO、取締役専務執行役員、取締役副社長執行役員を経て、11年より現職。13年より日本医療機器産業連合会の会長を務める。

「薬事法改正で開発意欲の湧く環境づくりを」と語る中尾浩治氏

―― 世界シェアで見ると日本の医療機器メーカーは欧米勢に後れを取っていますが主な要因は。

中尾 日本で大手メーカーと言えばテルモ、オリンパス、東芝メディカルシステムズなどですが、売上高はどこも世界ランキングの10位以内に入っていません。上位はほとんどが米国メーカーで、あとは欧州メーカーが数社。こうなった理由として、まず、疾病構造が日本と違うことが挙げられます。昔は日本では消化器系の病気や感染症が多かったのですが、米国では心疾患が多く、その関連市場が拡大しました。心疾患で大きな市場はペースメーカーや埋め込み用の弁などです。日本メーカーはこれらの需要が増えた1970年代や80年代に、関連製品をあまり手掛けていませんでした。

―― 疾患の構造は今もあまり変わらないのでしょうか。

中尾 今は日本でも心疾患が増えましたし、欧米的な疾病構造に変わってきました。それから欧米でも日本でもがんが増えてきました。これは以前にはなかったことです。

―― 心疾患などの領域で日本メーカーの巻き返しはあるのですか。

中尾 もう今から確立された市場に挑戦しようという目立った動きはないですね。それより新しい分野をいかに伸ばしていくかに多くのメーカーは注力しています。例えば心疾患の治療では、MRIによる診断の際に以前のように造影剤を使わなくても大丈夫な技術が登場するなど、性能が大きく進化しています。テルモの場合で言えば、カテーテル治療によって、大きく傷が残るような手術をしなくても済む手法などを導入してきました。この領域では欧米勢と伍して競争しています。

―― 日本メーカーのプレゼンス向上のために、医機連としてはどんな取り組みを行っていますか。

中尾 今、力を入れているのは、規制緩和とイノベーションの適切評価の推進です。規制緩和について言うと、現在は薬事法の対象として医療機器も含まれているのですが、薬と機器は性質が明らかに違うものです。それにもかかわらず、薬をベースにした法律の中で医療機器が扱われてきました。この点に関しては、「医薬品、医療機器等の品質、有効性、及び安全性の確保等に関する法律」という法案が衆議院に提出されていて、今秋の国会で成立する見込みです。これでようやく、医療機器が薬とは別ものとして扱われるようになります。法律の施行は可決から1年後になるので、それまでに法律の運用の仕方を決める政省令をつくるための検討会を業界と行政で始めています。

―― 現行の薬事法は販売承認までの審査期間がやたら長いといった問題点がありますが、医療機器メーカーもその影響を受けていたわけですか。

中尾 期間の長さと手続きの複雑さですね。薬は成分の配合を一度決めると変えられませんが、機器の場合は使い勝手を良くするために改良努力を何度も行うので、その度に承認を取らなければいけない。このような医療機器の特性を踏まえ、薬は薬、機器は機器として扱おうということです。

 保険償還価格の問題もあります。医療機器の場合は薬のように1品ごとではなく機能別に約700のカテゴリーがあり、同じカテゴリーの中では古い製品も新しい製品も同じ価格がつけられています。これではメーカーも研究開発意欲が湧きません。つまり使い勝手が良く昔より優れたものを作ったら、それをきちんと認めてほしいということです。これが、イノベーションの適切な評価という意味です。

コトづくり人材の育成を提唱する中尾浩治氏

―― その他に力を入れていることは。

20130917_16_02中尾 イノベーション人材の育成についても、行政からの支援をお願いできないかと考えています。日本はモノづくりが強いにもかかわらず、冒頭述べましたように医療機器では世界の10位以内にも入れていない。もちろんすべてのメーカーが駄目というわけではありませんが、全般的にイノベーション力が弱いのではないかと思います。スマートフォンにも日本メーカーの部品が多数使われていますが、利益の大半は機器メーカーが持っていき、部品メーカーの利益はわずか数%にとどまっています。なぜ優秀な部品を作っているのに儲からないのか。問題は付加価値、つまりアイデアの部分をつくっているのはどこなのかということです。

「モノづくり」と言うと、何となくひとつひとつの部品を安く作るというイメージがありますが、今、私は「コトづくり」という言葉をいろんなところで使っています。多くの新聞、雑誌などのメディアではモノづくりばかりが前面に出てきますが、それだけでは付加価値を高められません。もっと価値を提供できるイノベーションを起こさないといけない。それもスティーブ・ジョブズのような1人の天才の登場を待つのではなく、日本から多くのイノベーションが起きる環境を整えなければならない。コトづくりの部分での弱さは、恐らくメディカルデバイスに限らず他の産業にも言えるでしょう。こうした状況を変えるために、経産省、厚労省、文科省などに働き掛けて、イノベーション人材=コトづくり人材を育成する大学講座を設置できないかと考えています。

―― 人材育成は時間がかかりますから、かなり長期的な取り組みになりそうですね。

中尾 そうですね。ただ、こうした努力が実を結べば大変素晴らしいことだと思いますし、将来的に絶対にリターンが見込めるので、国を挙げて取り組むべきです。米国では既にイノベーション人材を大学で育成する取り組みが行われていて、その成功を見て、中国、インド、シンガポールでも同様の取り組みが始まっています。彼らはメディカルデバイスの付加価値の高さをよく分かっているのです。人材の育成、すなわち人材こそ国の財産ではないでしょうか。

 メディカルデバイスの領域は、毎年4~7%の範囲で成長を続けていて、これがあと40~50年は続くといわれています。世界は高齢化が進んでいる市場と人口が増加している市場に分かれていますが、どちらも同時進行で続くのでメディカルデバイスの市場は継続的に拡大するのが確実です。市況にもそれほど影響を受けず、成長ペースが落ちることはあってもマイナス成長になることはありません。行政サイドにこういう話をして、人材育成への協力をお願いしています。

中尾浩治氏の思い 混合診療解禁は業界の利害を超えた視点で

―― 病院と医療機器メーカーが協力して海外進出を果たそうという動きがメディカル・エクセレンス・ジャパン(MEJ)の主導で始まっています。

中尾 安倍首相は「健康・長寿社会である日本の仕組みを海外に提供したらどうか」と主張しています。箱モノではなく、対象が医療であり食文化であるという点で、今までとはちょっと違うと思います。首相のロシアや中近東への外遊に同行しましたが、相手国に対して日本人の健康長寿の1つの要因は食文化にあると強調されていました。このように日本独特の〝バリュー〟を海外に提供していくやり方には大賛成です。

―― 今後、特に成長が期待できる地域、製品は。

中尾 より高度な診断・治療に対する需要はほとんどの地域であります。先ほど触れたカテーテル治療など痛みの少ない治療や高齢者に適した治療、精度が高く簡単にできる診断などは、まだまだ増えると思います。以前、高度医療は米国をはじめとした先進国を中心に考えられていましたが、今は東南アジアなどでも受け入れられるようになってきました。富裕層から中間層へと市場は拡大しています。今後もブラジル、中国、インドなどでは確実に増えると見ています。

―― 規制緩和の話とも絡みますが、混合診療の解禁についての見解は。

中尾 まず、国民皆保険制度は守るべきだと思っています。1961年の導入以降、皆保険制度が続いてきた結果、素晴らしい実績を上げてきたと考えています。混合診療をどこまで認めるかは政治的な判断になりますが、医療機器産業にとってプラスかマイナスかという視点で判断はすべきでないと思っています。今、混合診療の議論が行われているのは先端医療の一部についてです。解禁によって財政問題が解決できるようなイメージで論じられる向きもありますが、それは違うのではないでしょうか。

(聞き手/本誌編集長・吉田浩)

 

雑誌「経済界」定期購読のご案内はこちら

経済界電子版トップへ戻る

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ
一般社団法人かぎろい出版マーケティング代表 西浦孝次氏

[連載] 深読み経済ニュース解説

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫とは

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

実録! 関西の勇士たち

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

三和銀行の法皇・渡辺忠雄の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第14回)

住友の天皇・堀田庄三の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第11回)

商売の神様2人の友情 江崎利一と松下幸之助

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第7回)

関西財界の歴史―関経連トップに君臨した芦原義重の長期政権

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

総合事業プロデューサーとして顧客と共に成長する―中尾賢一郎(グランドビジョン社長)

広告やマーケティング、ブランディングを事業プロデュースという大きな枠で捉え、事業が成功するまで顧客と並走する姿勢が支持されているグランドビジョン。経営者の思いを形にしていく力で、単なる広告代理店とは一線を画している。中尾賢一郎・グランドビジョン社長プロフィール事業プロデュー…

中尾賢一郎(グランドビジョン社長)

人材戦略を経営の核に成長する駐車場ビジネスのプロ集団―清家政彦(セイワパーク社長)

「PCのかかりつけ医」として100年企業への基盤構築を進める―黒木英隆(メディエイター社長)

新社長登場

一覧へ

カリスマ創業者の後任として描く「新しいマネックス証券像」― マネックス証券社長 清明祐子

2019年4月、国内インターネット専業証券で初の女性社長が誕生した。創業者であり、カリスマ社長と呼ばれた松本大前社長から後任を託されたのが清明祐子氏。清明氏は09年にマネックスグループに入社し、子会社社長やグループ役員を経て、マネックス証券の社長に就任した。清明社長はカリスマの後任としてどんな会社をつくってい…

マネックス証券社長 清明祐子

「若者需要の開拓でビール市場を盛り上げていく」塩澤賢一(アサヒビール社長)

「事業部門の連携を活性化させ営業利益100億円を目指す」 内藤宏治(ウシオ電機社長 )

イノベーターズ

一覧へ

シリコンバレーへの挑戦が生んだ「起業家と投資家が待ち望んだサービス」― 戸村光・ハックジャパンCEO

起業家のスタンスとして、画期的な技術やビジネスモデルを社会で活かすことを目的としたイノベーション先行型もあれば、社会課題解決を最優先とし、そこに必要な技術やノウハウを当てはめていくやり方もある。ハックジャパンCEOの戸村光氏の場合は後者。対象となる課題は「身の周りの気付いたことすべて」だ。(取材・文=吉田浩)…

戸村光・ハックジャパンCEO

「測量美術」が起こす道路工事のイノベーション―草木茂雄・エムアールサポート社長

IT化で変革する産業廃棄物処理の世界―福田隆(トライシクルCEO)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2020年1月号
[特集] 新しい街は懐かしい
  • ・「街の記憶」で未来をリノベーション
  • ・日本橋が「空を取り戻す」水辺と路地がつながる街へ
  • ・水辺はエンタメの宝庫だ 大阪が目指す観光客1300万人
  • ・街の誇りを取り戻せ 名古屋・堀川復活プロジェクト
  • ・なぜ水辺に都市が栄えるのか
  • ・2020以降は海と川がさらに面白くなる
  • ・「住む」と「働く」両方できるが求められている(たまプラーザ)
  • ・「土徳」が育む一流の田舎(南砺市)
  • ・音楽ファンが集う街づくり
[Special Interview]

 辻 慎吾(森ビル社長)

 東京が世界で勝ち抜くために必要なこと

[NEWS REPORT]

◆飛びたくても飛べないスペースジェットの未来

◆エンタメが街を彩る 地方創生に挑むポニーキャニオン

◆問題噴出のコンビニをドラッグストアが抜き去る日

◆始まった自動車世界再編 日本メーカーはどう動く?

[特集2]

 経済界福岡支局開設35周年記念企画

 拓く!九州 財界トップが語る2030年のかたち

ページ上部へ戻る