
データに基づく報道がジャーナリズムを変える
「ジャーナリズム」と一言で言うと、伝統があり、確立された言論活動という印象が強い。
しかし、こうした分野でも、米国ではイノベーションが次々に起きている。携帯電話やパソコンなどすべてのコンピューターや電化製品がインターネットを介してつながり合い、データをシェアするビッグデータの時代が始まったのに呼応し、「データ・ジャーナリズム」という新しいジャンルが注目されている。
今年4月22日、米有力紙ニューヨーク・タイムズは、「アップショット」という新たなサービスをウェブサイトに開設した。
アップショットは、選挙や政策、制度、格差など複雑な内容を伝えるためのデータを集め、それを分かりやすいグラフィックスにして紹介するサービスだ。データから読み取れる事実を報道する「データ・ジャーナリズム」に特化したものと言える。
ニューヨーク・タイムズ本社のモダンなホールで行われた発表会でアップショットを紹介したのは、花形経済記者デビッド・レオンハルト氏だ。なぜ、データ・ジャーナリズムが必要なのか。同氏は、こう分析する。
「多くの読者は、自分がこうありたいと思うほど、ニュースに関して、よく理解しているわけではない。しかし、オバマケア(医療保険制度)や選挙、格差、株式市場など複雑な内容のニュースについて、友達や親類、同僚にうまく説明したがっているという事実がある」
さらに、同氏のブログによると、伝統的な報道に新たな側面を加えることができる。
「データはジャーナリストにも大きな可能性をもたらす。データに基づく報道というのは、過去は調査報道担当の記者のもので、何カ月分もの統計や各種データを並べて、そこからスクープを浮かび上がらせるのに時間を費やしていた。しかし、現在はパソコンを使って、日々生み出されるデータを簡単に分析できる。データに基づく報道は、日々のニュースの発信の中で大きな役割を果たせるはずだ」
データジャーナリズムで世論調査の意味が問われる可能性も
発表会でレオンハルト氏が紹介した例は、今年11月の中間選挙で最大の焦点となる連邦上院議員選挙についてのグラフィックス。与党民主党が多数派を維持し、オバマ政権2期目後半の政策推進を支えていくのか、あるいは、クリントン政権に起きたように、上下院双方で多数派を失い、「レームダック(死に体)」と呼ばれる機能停止の政権となるのか、注目が集まっている。このため、新聞やテレビは、改選がある州の様子を細かに伝え始めた。
アップショットでは、「ローリング・ダイス」というコーナーがあり、世論調査や選挙資金の金額、過去のデータなどを駆使してアルゴリズムを組み、各州の候補者の勝敗がルーレットの色によってひと目で分かるようになっている。ルーレット上で青の割合が多ければ民主党の勝利、赤であれば共和党だ。日々のデータの組み合わせで、「スピン(=ルーレットにサイコロを投げるという意味)」というボタンをクリックすると、現時点における勝敗の確率が見られる。
レオンハルト氏は、舞台上に映し出されたアップショットの画面の「スピン」ボタンを何度かクリック。最初は、共和党の勝利の確率のほうが多く、ニューヨーク・タイムズの愛読者であるリベラル派市民が集まった会場で、一瞬空気が張りつめた。しかし最後には、民主党が5割をわずかに超える僅差で勝利の数字が出て、同氏もほっとしたようにクリックを止めた。
大統領選挙やその2年後にある中間選挙は、米国の有権者にとって一大事だ。各州の有権者は、支持する候補者が選挙戦を有利に展開しているのか、高い関心を持ってメディアから情報を得ている。さらに、「絨毯作戦」という個別訪問や電話などのボランティアをしたり、寄付をしたりするタイミングを見計らっている有権者もたくさんいる。
これに対し、最も頼りにされるのは報道機関の世論調査だが、これは頻繁に発表されるものではない。ところが、ニューヨーク・タイムズのローリング・ダイスのコーナーに行けば、24時間、勝敗の確率を参考にできる。
こうしたところが、データ・ジャーナリズムの革新性だ。伝統的な選挙世論調査も、こうしたサービスが増えれば、その意味が問われることになる可能性さえ秘めている。
米国では、データ・ジャーナリズムに特化したブログまである。市民がニュースに接する新たな方法が加わって、報道の姿も常に進化している。
好評連載
グローバルニュースの深層
一覧へ習近平政権下の中国経済と新時代の到来
[連載] グローバルニュースの深層

[連載] グローバルニュースの深層
原油事情に関するロシアの分析
[連載] グローバルニュースの深層
プーチン露大統領の内外記者会見
[連載] グローバルニュースの深層
中間選挙後の米国を展望する
[連載] グローバルニュースの深層
中国を制するものは世界を制す
WORLD INSIGHT
一覧へ中国経済の不振―中国株と人民元の乱高下は長期化する
[連載] WORLD INSIGHT

[連載] WORLD INSIGHT
原油価格下落の背景と底打ち水準
[連載] WORLD INSIGHT
世界のコーポレート ガバナンス改革に学ぶ
[連載] WORLD INSIGHT
米国の利上げと株式市場の反応
[連載] WORLD INSIGHT
米国の政治制度と情勢の注目点
変貌するアジア
一覧へ鴻海によるシャープ買収のもう1つの狙い
[連載]変貌するアジア(第37回)

[連載]変貌するアジア(第36回)
SDRの一翼を担う人民元への不安
[連載]変貌するアジア(第35回)
恋愛・結婚・出産を諦める韓国の過酷な実態「三放世代」「五放世代」「七放世代」にとどまらず「三不社会」
[連載]変貌するアジア(第33回)
開催意義不明の日中韓首脳会議
[連載]変貌するアジア(第32回)
朱立倫の総統選出馬と台湾海峡危機
津山恵子のニューヨークレポート
一覧へ[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第20回)
CESの姿が変わる花形家電よりもネットワークに
[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第19回)
米・キューバ国交回復のインパクト
[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第18回)
クリスマス商戦に異変! 店舗買いが消え行く
[連載] 津山恵子のニューヨークレポート(第17回)
格差問題が深刻化する米国―教育の機会格差解消にNY市が動き出す
ビジネストレンド新着記事
注目企業
一覧へ次世代の医療現場を支える病院経営の効率化を推進――保木潤一(ホギメディカル社長)
1964年にメッキンバッグを販売して以来、医療用不織布などの、医療現場の安全性を向上する製品の普及を担ってきた。国は医療費を抑える診断群分類別包括評価(DPC制度)の導入や、効率的な医療を行うため病院のさらなる機能分化を実施する方針を掲げており、病院経営も難しい時代に入っている。ホギメディカルは手術室の改善か…

新社長登場
一覧へ地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)
中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

イノベーターズ
一覧へペット仏具の先駆企業が「ペットロスカフェ」で目指す癒しの空間づくり
家族のように接していたペットを亡くし、飼い主が大きな喪失感に襲われる「ペットロス」。このペットロスとなってしまった人々が交流し、お互いを癒し合うカフェが、東京都渋谷区にオープンした。「ディアペット」を運営するインラビングメモリー社の仁部武士社長に、ペット仏具の世界とペットロスカフェをつくった目的について聞いた…

大学の挑戦
一覧へ専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長
2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸教育部…
