マネジメント

故・松下幸之助氏の「最後の弟子」と言われる佐久間曻二氏。松下電器産業(現パナソニック)で副社長、参与を務めた後、WOWOWの経営再建を任され、業績不振に苦しむ同社を見事に復活させた。経営者として試行錯誤する中で、佐久間氏が常に意識していたのは、さまざまな場面で受けてきた幸之助氏の教えだった。そしてもう1人、佐久間氏に影響を与えたのが、1977年から86年まで松下電器社長を務め、「山下改革」と称される事業構造の大改革を成し遂げた故・山下俊彦氏。同氏については、幸之助氏によって取締役26人中25番目から社長に大抜擢されたことによって、体操選手の山下治広氏の跳馬の技にちなんで「山下跳び」と呼ばれたことを思い出す読者も多いだろう。経営者として全く違うタイプながら共通点も多い2人の師から学んだことについて、佐久間氏に語ってもらった。

佐久間曻二

佐久間曻二(さくま・しょうじ)
1931年新潟県生まれ。56年大阪市立大学大学院経営学研究科修了後、松下電器産業に入社。83年取締役・経営企画室長、85年常務取締役、86年専務取締役、87年取締役副社長、92年参与を経て、93年日本衛星放送(現WOWOW)社長に就任。同社の経営再建にあたる。2001年会長兼最高経営責任者(CEO)、06年取締役相談役、07年相談役、11年名誉顧問。08年ぴあ社外取締役、現在に至る。

松下幸之助が重視した経営者としての勘

-- 最初に幸之助氏と出会ったのは20代の頃ですよね。

佐久間 28歳の時、企画本部にいた頃です。ある会社が行っていたミシンの予約販売制度に幸之助さんが興味を持ち、同じ制度を松下も導入してはどうかということで、調査するよう宿題が下りてきました。

 調査を終えて報告書を作りましたが、普通の会社なら上司に提出してそれで終わりでしょう。しかし、社長と副社長と専務が出席する三役会議に出てきて自ら説明しろと命じられたのです。驚きましたし、しかも報告書の内容は、幸之助さんがやりたいと思っていることをやるべきではないという結論だったので、恐る恐る部屋に入りました。

 ところが幸之助さんは、ふわっと人を包み込むような柔らかい雰囲気を作ってくださった。眼差しも優しくて、いっぺんに緊張が取れました。よく聞き上手と言いますが、幸之助さんは言わせ上手。こちらが何でも言いたくなる雰囲気を作ってしまう。

 それで予約販売制度はやるべきではありませんと報告すると、幸之助さんは「君ね、この調査は自分の足で歩いて確かめたのか?」と尋ねられた。きちんと自分で調べましたと答えると「ああ、そうか」と。そして、「君、だけど(予約販売を行っている)あの会社は一流会社やろ。それをウチがやってなぜ悪いねん」と言われました。

 僕は、予約販売制度は消費者相談室などにクレームが入っている問題の多い制度である上、将来的に経営の負担になりかねないということを説明して、「一流会社がやっているからといって、ウチがやっていいわけではありません」と言うと、「ああ、そうか。ではやめよう」と即決されたのです。

-- 幸之助氏が激怒したり、自己主張をとおしたりした場面はあったのでしょうか。

佐久間 僕が37歳の時、蘭フィリップスと松下が乾電池の合弁会社をつくって、その販売会社の責任者を任されました。製造は合弁でしたが、販売はフィリップスと松下がそれぞれ行うことになり、幸之助さんに「君、(フィリップスと松下の販売比率は)何対何になるかね」と尋ねられました。そこで「フィリップス7対松下3です」と答えたら、ご機嫌が悪くなって、「どんなに悪くても5対5だ」と言うんです。欧州ではフィリップスが圧倒的な販売力を持っていたので、それは無理ですと答えると、「君なぁ、先生が生徒に負けていいと思うか。松下は40年以上乾電池を世界各国で売っている。フィリップスは欧州で乾電池を売るのは初めてや」と。

 だから僕は「彼らは電球もカセットテープも売っていて、電気屋だけでなくいろんなところで乾電池を売れるんです。彼らを生徒扱いするのはいかがなものでしょうか」と言い返した。すると今度は「君なぁ。電球と電池の販売ノウハウは違うよ。よう勉強していきや」と言うわけですね。

 普通なら、負け戦に行くのかと怒りたいところでしょうが、自分で考えさせて本人の自覚に委ねる人でした。結局、7対3で負けて帰ってきましたが、その後、フィリップスが欧州の電池販売から撤退して結果的に松下がシェアを全部占めてしまった。だから、やっぱり幸之助さんの言うことを素直に聞いていたら、という思いになりました。幸之助さんは常々、素直な心になれば実相がきちんと見えると言っていましたが、そういう意味では僕は不肖の弟子でした(笑)。

佐久間曻二松下の経営理念を売る

-- 佐久間さんが1993年に経営不振のWOWOWを再建するために社長として就任した時、幸之助氏の教えで役立ったことは。

佐久間 印象に残っているのが経営理念の話です。欧州時代、13人の駐在員の前で幸之助さんが言ったのは「今ウチは商品的には負けているけど、日本に帰って3年間で良い商品を作るから、その間に強い販売網を作っといてよ」ということでした。これにはみんな驚いてしまって、「売れるものがないのにどうやって販売網を作るんですか」と森常務が尋ねると、「松下の経営理念を売ってくれ」と仰ったんです。形や値段があるものではなく、こういうところに経営理念を持ってくるのが、あの人のすごいところです。理念で結ばれて初めて、お得意さまとの関係が作れるんだということをそこで学びました。「お客さま第一」と「取引先との共存共栄」という経営理念を、いかに一つひとつの制度に落とし込むか。僕にとっては、一番大切な言葉になりましたね。

-- WOWOWに行った当初は、経営理念がないことに驚いたそうですが。

佐久間 当時の状況では、経営理念をすぐに作り出せる雰囲気ではありませんでした。そこではまず、現場を徹底的に歩いて問題点を掘り起こして重要なことから解決していくという、若い時に学んだ現場主義が生かされました。従業員207人の会社でしたが、新卒入社を除くと160人ぐらいは出向や転職の方で、出身母体も120社ぐらいありました。そうしたバラバラな価値観を持つ人たちを相手に、いきなり経営理念を説いても駄目だと思ったんです。僕が信頼されて初めて、経営理念を訴えることができるんじゃないかと。結局、経営理念を成文化するまで2年かかりました。

佐久間曻二-- 社員の会社に対するロイヤリティーは低かったのですか。

佐久間 みんな映画、音楽、スポーツといった、自分の担当する分野の仕事は好きだったんです。ただ、放送は24時間365日続いていますし、加入者も少しずつ増えていたので、会社が危機的状況であることを説明してもピンとこないんです。92年は売り上げが346億円でしたが、経費は546億円使って200億円の赤字、しかも累積損失は770億円もある。そういう話をしても、自分たちは首を斬られるわけでも給料が減るわけでもないから、どこかよそ事のようでした。どうやって危機意識を持たせるかが、一番大きな問題でした。

 3年後の売り上げ目標を決める時、あまり大きなことを言わずに、僕が責任もって達成できる数字を伝えました。当時120万人だった加入者数を3年間で170万人にすることはできますと。それで収支トントンにするには、損益分岐点を286万人から4割落とさなければいけない。ただし、僕はソフトビジネスは人が財産と思っていたから、従業員は減らさないし、給与も下げるつもりはありませんでした。その代わり、番組費を4割カット、宣伝費は5割カット、販促費は3割カットするけど、宣伝が減ったと思わせたり、顧客満足度を落としたりするなと言いました。金がないから元気と知恵と汗を出せと。結果として、加入者が3年後に203万人になり、損益分岐点も146万人まで落ちたので、3年目で64億円の利益が出せました。

-- お金がない中でどんな工夫があったのでしょうか。

佐久間 みんな現場から知恵を出してきましたよ。家電量販店が撒くカラーテレビの広告チラシにハリウッド映画の画像とWOWOWの文字をタダで入れてもらったり、テレビの売り場でWOWOWのブルーカラーとロゴが入ったリモコン袋を並べてもらったり。そういうことを周囲にお願いしながらやっていました。お金がないほうが、むしろ知恵が出るんですね。

-- そういう考え方は幸之助氏から学んだのですか。

佐久間 現場から知恵を探るという考えは、松下時代も同じでした。全国に3万件くらいあったナショナルショップの中に、0・1%でもすごい店があれば、そこのやり方を真似たらいい。そういう現場にはプロがいるし、いろんな知恵を持っています。WOWOWでは、加入者を増やすことが最大の目的でしたから、就任してから2カ月間は営業担当の役員と全国の現場を回りました。そして、課題を整理すると打つべき手が分かってきました。

松下幸之助イズムを伝承したもう一人の弟子

-- 松下時代に仕えた山下俊彦氏から学んだことは。

佐久間 山下さんは社長になってから大改革を行ったのですが、人事などでもかなりクールというか、幸之助さん時代からいた大番頭を切るような思い切ったことをやりましたね。当時、それで幸之助さんがかなり心配していたという話も聞いています。でも山下さんを見ていると、基本的に「情」の人だというのが分かるんですよ。厳しくクールな対応をしているのは、社長という役に徹していたからです。個人的には嫌々でも、役割として意識してさまざまなことをやっていた。僕が山下さんから営業本部長をやれと言われた時、向いてないからと断ったら、「余計なことを言うな」と。その時、僕は松下劇団の役者だから、与えられた役は、どんな役でも見事に演ずることが大切だと思いました。

-- 幸之助氏とは違うタイプの経営者ですね。

佐久間 参謀本部長をやった時も、最初の半年間はよく怒られました。企画を報告しに行って、OKの時は「よし」の一言で終わるし、駄目な時は「自分で考えろ」と言われました。それで、面倒くさくなると時計を見て「出ていけ」とサインを送るわけです(笑)。だから会っていた時間は非常に短いんです。

-- 自分で考えさせるところは幸之助イズムですね。

佐久間 そうです。でも幸之助さんは優しいからヒントを与えてくれる。山下さんからはヒントも何もなかった。最初のうちは頭にきましたが、だんだん怒られることが減って。そうやって部下を育てる人でした。

 さらに、僕が山下さんの下で全社改革運動をやった時に「俺は松下丸の船長でお前は羅針盤だ」とも言われました。「お前が間違った方向を指したら会社がおかしくなるで」と。そして塩野七海さんの著書である『海の都の物語』を引き合いに出して、「群雄割拠のイタリアで、ベネチアだけがなぜ1千年間も生き残ったかにヒントがある。ベネチアはそれまでの強みが弱みに変わる時、さらにどうやって新たな強みを生み出すかを考えてきたから生き残れた。企業も同じで、松下も家電だけではだめだから、転換をうまくやることが鍵。だから、大局観を持って次にどんな手を打つかきちんとしてくれ」と言われました。

-- ベースの考え方を幸之助氏に教わって、現場のことを山下氏に教わったという感じでしょうか。

佐久間 そうですね。幸之助さんが一番の師で、実際に鍛えてくれたのは山下さんということです。

-- 佐久間さん自身はどんなタイプの経営者だったのですか。

佐久間 先日、かつて取引先だった人に、「佐久間さんのことはみんな仏様のように思ってましたよ」と言われました。でも、社内では「悪魔」と言われてたんですね(笑)。僕はお得意さまには感謝の思いで接しますが、社員にはそれがなかったみたいでしてね。幸之助さんは、「社員はお得意さまである。感謝の気持ちを持って接することが大切だ」と言っています。大きな会社になればなるほど、社員を拝む心が大切だと。だから先ほど言ったように、僕は不肖の弟子なんですよ。山下さんにも「人をほめて使え」と言われました。幸之助さんにとっても山下さんにとっても、僕はあまりいい弟子ではなかったのではないでしょうか。だからこそ、今でも師に学ぶ心が残り続けているのかもしれません。

(聞き手=本誌編集長・吉田浩 写真=森モーリー鷹博)

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