政治・経済

 近現代の日本政治史において、意外なほどの重みを持つのが熊本県である。日本新党の細川護煕を別にしても、戦前に外相を何度も務めた内田康哉、社会党の重鎮として独自のソ連外交を展開した松前重義、大ジャーナリストの徳富蘇峰、若き田中角栄が理想として仰ぎ見た「政界の寝業師」大麻唯男など、キーパーソンがゴロゴロいるのだ。そのような熊本から選出されている松野頼久氏もまた、野党再編を先導する、今日の政界のキーパーソンと言えよう。

 

政治家一家育ちの松野頼久氏の歩み

 

政治家の血筋を引く松野頼久氏

 

松野頼久

松野頼久(まつの・よりひさ)
1960年熊本県山鹿市出身。慶応義塾大学卒業後、日本新党職員、新進党職員、細川護煕総理秘書を経て2000年衆議院議員初当選。現在5期目。民主党筆頭副幹事長、議院運営委員会筆頭理事、内閣官房副長官を歴任。12年日本維新の会結党後に国会議員団幹事長就任。

徳川 松野さんはお父さまが農林大臣の松野頼三氏、そしてお祖父さまが参議院議長の松野鶴平氏です。お父さまもお祖父さまも、一筋縄では行かない政治の達人だと思いますが、松野さんご自身、そのような「血」を感じることはおありでしょうか。

松野 血なのかどうか、分かりませんが、うちの親父が祖父さんから言われたことに「政治家は喧嘩をしても一分を残せ。その一分が必ず生きてくる」という言葉があります。僕は2000年初当選ですから、もう14年間、国会対策一筋にやってきたと言っても過言ではないです。唯一外れた期間の官房副長官の時も、官邸と国会のパイプ役でもあったから、国対の延長です。

 その身からしますと、いつ、いかなるときでもいろんな人とのパイプを360度、共産党の先生方とも社民党の先生方とも自民党の先生方とも、党派を超えて日常的に付き合うことで、人間関係が増えていくわけです。特に自民党の場合、その人が主流にいることも、外れることもある。でも、ずっと付き合っている人が、とても重要なポストに、いきなり就くときもある。そのときに、培ってきたパイプが生きてくる。時には立場の違いから言い合いになることもある。そんなときに「一分が必ず生きてくる」を肌身で感じますね。

徳川 肌身で感じる以前に、そういう資質がおありなのでは。

松野 そういう性格かもしれません。政治家同士でやっていて、僕は個人的な好き嫌いはないんです。本当に、その人が何万人という方に選ばれてきているんで、付き合うと必ず「すごい」っていうところを、皆さんお持ちなんですよ。ものすごく欠点のある人でも、ものすごく光るものがある。何回も当選している人は、必ず尊敬できるものを持っています。

 

徳川家広

徳川家広・政治経済評論家

政権交代の文化が根付いていない日本

 

徳川 とはいえ、何回も当選する人は少なくなってきています。

松野 やはり、小選挙区制になって連続当選が難しくなっている。風に左右されるんです。でもその中で期を重ねている人は、なおのことすごいもの、光るものを持っていると感じますね。

徳川 政治家一家ならではのエピソードのようなものは。

松野 国立国会図書館に貸し出していたんですけれど、吉田茂さんから祖父の鶴平に来た手紙っていうのがあるんですよ。けっこうその頃の政治状況が書いてあって、面白いのは「鳩山一郎氏は好人物につき、騙されやすいから見張っていろ」(笑)と書いてあるんですよ。騙されやすいかどうか分かりませんが、お孫さんの由紀夫先生も本当に良い人です。横にいて政治家はこういう人になってもらいたいものだと心から思いました。

徳川 (笑)。因縁を感じさせるお話です。松野さんがご自分も政治家になるのだと自覚されたのは、お幾つくらいの時ですか。

松野 正直、僕は若い頃は「政治家なんて絶対、やらない」と思っていました。それは政治家の家で育つと、政治家がどれだけ、見た目は華やかでも内情がボロボロなのかが、分かっていますから。今でも、こんなに割の合わない仕事はないと思います。土日もなければ、知らない人に悪口も言われ、批判もされ。でも、細川さんが日本新党を立ち上げて、初めて自民党以外の現実的な保守政党が政権を狙うという状況を見て、この国が本当に変わるかもしれないと思って、政治の世界に入ることにしたんです。それで日本新党に入ったのが政治家を志したキッカケです。

徳川 日本新党自体は、あっけなく崩壊してしまいました。それを間近に見ておられた感想は。

松野 僕は日本新党から新進党、新進党から分裂して民政党、民政党から今の民主党へと歩いて来ました。言ってみれば、細川さんの裏方です。民主党が分裂した現状は、新進党が分裂していた時によく似ています。自民一強に対する「多弱」ですね。太陽党ですとか、ある時はフロム・ファイブなんていうのもありました。これはできてまだ20年に満たない、日の浅い小選挙区制のもとでの宿命だと思います。

徳川 非自民の離合集散は一度、経験済みなんですね。心細かったとは思いますが、同時に自民党政権が永久に続くわけでもないと思っていましたか。

松野 あの時だって、2度と政権交代はないだろうと言われていました。ですから、当然、心細かったですよ。ですが小選挙区制度が続く限りは、野党は必ず1つの塊に収斂されていくんです。国民が選挙によって政権を選ぶ。その政権が掲げた政策が自分の生活に直結するという民主主義の原点が初めて実現したのが、09年の政権交代でした。

 民主党が掲げた子ども手当や農家の戸別所得補償でお金が入った方たちにしても、あるいは高校無償化で子どもの学費が実際に無料になった方たちにしても、国民として初めてご自分の1票の重みを実感したんじゃないかと思うんです。それが途中で頓挫して、今は失望感がある。でも選挙で別の政党が政権を取れば、その政党の掲げていた政策が自分の生活に直結するという経験をしたのは、とても大きいと思います。戦後の「55年体制」のもとでは、増税の時を除けば、真の意味ではそういう経験はなかったのではないでしょうか。

 

松野頼久氏が振り返る民主党政権と崩壊

 

松野頼久チームワークで動くのが下手だった民主党

 

徳川 とはいえ、民主党はその成果を生かせずに崩壊しました。1つにまとまっていれば、こういう事態は避けられた。何が問題だったとお考えですか。

松野 一人ひとりのレベルは、ものすごく高いんですよ。だけど、私も含めてですがチームワークで動くことが非常に下手。それと権力闘争が随分と力を削いでしまった。それから、例えば子ども手当があって、バラマキだという批判があり、さらに例えば「子ども手当でパチンコをする人が出てきたじゃないか」という、ごく一部の問題が大きく報道されました。

 それに対して、開き直りと言っては悪いですが、「これは国民が選んだんだ」という割り切りをすればよかった。それが、批判されるとひるんで、政策を変えたり、子ども手当の金額を減らしたりしたのは、あまりにもひ弱だった。でも、これから野党を再編する中で民主党という、既に政権運営を一度経験した党が軸にならなければ、政権交代なんかできないと思います。今では安倍総理が非常にうまい政権運営をされていますが、安倍総理も2回目なんですよ。民主党の失敗体験は財産だと思いますし、次はうまくいくと思います。

徳川 でも、松野さんは現在、民主党ではない。

松野 ええ。でも、僕は民主党も含めた野党再編を今やろうとしているんです。第三極の結集をして、最終的には民主党まで含めた政権交代可能な政治勢力を作りたいという思いで動いていますが、本当に政権運営ができるかというと、民主党の政権運営、与党を経験した人たちがいないと、無理だと思うんですね。

徳川 なるほど。では松野さんはなぜ、前回の総選挙では維新の会から出馬されたのですか。

松野 僕は特に消費税増税という部分で、鳩山さんが代表選挙に出た時から、4年間は消費税を増やさずに、徹底した行政改革を行う。当時の言い方ですと、政府を「これ以上絞っても鼻血も出ないというくらい絞り尽くした姿」にしてから、増税についての審判を国民に仰ぐ。それが公約でした。公約を全部、守れとは言いませんが、大きなところで国民とした約束を違えることに、どうしても納得ができなかった。それで本会議場で反対票を投じました。そして新しい政治勢力を作るために、日本維新の会を結党したわけです。

対談の様子路線の違いが重く分党に

徳川 その日本維新の会は、結いの党と合体して野党第一党になるかと思われましたが、「分党」してしまいました。こうなった原因は何でしょう。

松野 いろいろ考えられますが、路線の違いが重かったことは間違いないですね。石原慎太郎先生たちは、国家主義的な色彩の強い政党を目指していたと思うんです。僕らはどちらかというと、保守改革――保守だけど改革の色を強く出す政党を意識していました。そこへ江田賢司さんの結いの党というリベラル的なイメージの政党が加わった。もちろん江田さんも決して護憲派ではないんですけれど。改憲派だけれど穏健ということで、石原先生たちは異質な感じを受けたのかもしれませんね。

徳川 旧太陽の党の中では、園田博行さんが松野先生とは同じ熊本県、細川内閣の官房副長官と首相秘書官、父親同士が同期で初当選と、とても縁が深くていらっしゃいます。お2人の間で事前の相談や調整はなかったのでしょうか。

松野 全くありませんでした。両代表が話し合って別の道を行こうと言ったんで。僕はまとまるものだと思っていました。

徳川 別れると言い出したのはどちらなんでしょうか。

松野 これは石原さんのようですね。「結い」も石原さんたちも含めた皆で野党第一党になるという戦略を描いていたので、別れたことは残念です。ただ、昨今のいろいろな政界の離合集散の中で、これほど円満に別れたことは珍しいですから、今後とも最も近い友党として連繋していきたいと思います。

 

松野頼久

松野頼久(まつの・よりひさ)
1960年熊本県山鹿市出身。慶応義塾大学卒業後、日本新党職員、新進党職員、細川護煕総理秘書を経て2000年衆議院議員初当選。現在5期目。民主党筆頭副幹事長、議院運営委員会筆頭理事、内閣官房副長官を歴任。12年日本維新の会結党後に国会議員団幹事長就任。

決して悪くなかった民主党・鳩山政権と米国の関係

 

徳川 同じ民主党政権でも、鳩山内閣の時には今にも日中同盟ができそうだったのに対して、野田内閣の時には今にも日中戦争になりそうでした。この振れ幅の根っこにあったのは、外交問題こそ多くの政治家がいちばん熱い思いを持っている政策領域だという事実です。ですので、外交・安保を争点にしない、対立軸にしない、という努力目標は結構ですが、現実的には難しいのではないでしょうか。

松野 55年体制を見ると、ソ連とか中国とか社会主義圏の国に対しては、社会党がパイプを持っていた。米国とか西側の国に対しては、自民党がパイプを持っていた。商社などでも、営業する国によっては社会党のパイプを使うこともあるし、自民党のパイプを使うこともあったわけです。これは先人たちの知恵だったと思いますよ。55年体制が崩れると、今度は自民党の中で田中派が中国、福田派は台湾といった具合で、派閥で分けていました。今後はもちろん日米同盟が基軸であることは変わりがないんですが、政権交代を前提として、自民党が米国、民主党がアジアといった切り口、つまり野党政権ならアジアにもっと軸足を置いて、でも自民党は野党の時にも、きちっと米国とパイプを作ってもらう。2つの政党がすみ分けるのがよいかな、と思います。

徳川 実は安倍政権に関して言うと、米国と全然パイプがないのではないかと。特にオバマ政権とは話ができていない。極東情勢にいろいろな思惑を抱いた米国人が変なことを言って、安倍政権が振り回されているのが現状ではないかと思います。あと、民主党にもタカ派の人は多いですから、例えば中国から見て鳩山さんとか、ピンポイントで良い人はいても、党として、というのは難しいと思います。

徳川家広

徳川家広・政治経済評論家

松野 鳩山政権の時に構築しておくべきでしたね。鳩山政権で東アジア共同体を唱えた時、私は官房副長官で外交を担当していましたので、すべての首脳会談に同席しましたが、今からは想像できないくらい日中関係、日韓関係が良かった。

 例えば鳩山さんが退陣する直前に、温家宝中国首相(当時)が来日して、アジアの安全保障のメカニズムを一緒にやろう、食品安全のメカニズムを作ろう、ガス田を共同開発しよう、というところまでいっていたんですよ。韓国に関しても、李明博さんとの関係は抜群でした。慰安婦や尖閣の話も全くありませんでした。尖閣諸島の漁船の衝突事故以後の交流延長くらいから悪くなっていったんですが、鳩山政権時から比べると、今の日中関係は信じられないほど悪化している。

 あと、鳩山内閣でよく言われるのは、当時、日米関係がダメだったということですが、僕の知る限り、決して悪くなかったんですよ。オバマ大統領とも首脳会談をやり、特に普天間の問題なんかでも、よくこれによって日米関係にひびが入るなんていわれていましたが、事実は全然違った。米国というのは交渉の国なんですよ。本当に1つの交渉をするのでも、交渉の直前になると、日本のメディアのワシントン支局を通じて交渉に有利な情報を流すんです。日米関係そのものに関しては、米国も鳩山内閣の側も「最も重要な2国間関係」と位置づけていました。

 あの時、僕らがとても感謝したのは、もう故人ですけれど、議会上院で予算を握っていたダニエル・イノウエさんです。

 オバマさんは普天間の基地云々という1パーツのことではなくて、グアム移転の経費を議会が認めるか、認めないかを気にしていたと思います。だから、予算を握るイノウエさんが日本にとても温かい姿勢を示してくれて、すごく助かりました。米国では、議会が攻めると、政権はつらくなりますから。

 

松野頼久誤解を生んだ「最低でも圏外」

 

徳川 ジャパン・ハンドラーズ-米国の日本専門家たちが、かなり適当なことを言ってくるということはなかったでしょうか。

松野 そうなんです。正直言って普天間の問題では、いろんな議員や専門家を通じて「米国は辺野古内陸案なら大丈夫」とか、嘉手納統合とかホワイトビーチとか誤った情報が入るんですよ。米国が何を指しているのかが、分からない。それで調べてみると、「前の何々副長官」だとか「共和党時代の何々」とか、交渉の当事者のラインじゃない人たちからの情報が、まことしやかに官邸に持ち込まれます。実際米国は、すごく固かった。要は普天間と決めてやってきたのに、また環境アセスメントを変更すると5年、6年も引き延ばされるのは困る。下手をすれば10年単位で遅れてしまう。それを米国側は嫌がっていたわけです。

 その代わり、沖縄の漁民の皆さんが迂回して通らなくてはならなかったホテル・ホテル訓練水域の返還とか、嘉手納以南の早期返還とか、基地内の環境アセスの地位協定の見直しとか、実は沖縄にとって、辺野古は変えられなかったけれども、それ以外のところでは相当な譲歩が引き出せているんです。

徳川 最初からバーゲニング・チップだとして割り切っておけばよかった。

松野 そうです。「最低でも県外」だと、まるで公約と報じられて、それがめった打ちにたたかれたんですが、後になってテープ起こしを読んでみますと「今日ここにいる皆さんが、最低でも県外という気持ちで活動されているのならば、政権を獲ったらばその方向で私たちも頑張りたいと思います」というのが全文なんです。「政権を獲ったらば最低でも県外に移設します」とは、実は言っていないんですよ。言葉の怖さを痛感しました。

徳川 鳩山内閣に関しては、米国に分かってもらう努力はしていなかったという印象があります。まあ、鳩山さん、日本人に分かってもらおうという努力もしていなかった印象なんですが。

松野 (笑)。僕は裏方で、随分米国とも話をしました。鳩山総理も、もちろん日米が最も重要だと分かっていたんです。

 

対談の様子松野頼久氏が考える次の政権の受け皿

 

徳川 小選挙区比例代表並立制をとっている限り、必ず違う方向に風が吹くでしょう。そうした中、政権交代の戦略をお話しいただけますでしょうか。

松野 今の政策協定が固まればですが、とにかく秋までには結いの党と合併し、そこからみんなの党、民主党の皆さんと話し合っていきたいと思います。やはり100人規模の政治勢力ができ上がると、政権交代のリアリティーが出てくる。例えば今は安倍政権に人気があって、政権支持率も50%を超えています。だけど、安倍政権が安定している理由は経済が良いということもありますが、「他の選択肢がない」、つまり私たち野党の責任もあると思います。ですから、やはり今は野党の出番がなくとも、この時期に次の受け皿を作る必要がある。その中身としては、外交・安保ではそれほど対立軸を示さず、内政においてはきちっとした対立軸を作るというやり方をしたいと思います。

徳川 内政では財政問題が一番深刻だと思いますが。

松野 僕も今年の予算委員会で甘利経済財政担当大臣に「いつまで国債を発行し続けられるのか」と質問したんですが、もちろん答えられませんでした。このままいけば、ある時期には破綻する。でもいつかは分からない。経済財政担当大臣も分からないんですね。今年はアベノミクスで経済が良くて、税収も増えて50兆円を超えました。でも予算は100兆円を超えている。ですから徹底的な歳出削減が必要であろうと。

徳川 社会保障改革についてはどう考えていますか。

松野 積み立て方式に切り替える。今受け取っている世代の支給分は申し訳ないが減るが今の若者もある程度もらえるようにする。例えば、みんなの党は国税庁と社会保険庁を統合して歳入庁をつくり年金の未払いをきちんと徴収して10兆円増えるという話もあります。天下りの温床となっている外郭団体の廃止やムダな公共事業の削減が重要なポイントです。

 それから僕の勝手な意見として、新入社員60歳の会社をつくれと言っています。官邸の時にホームページで紹介したんですが、マイスター60という、60歳以上で、定年退職した人だけが集まってつくった会社がありました。この会社の業績がすごくいいんです。このように一度定年退職した人たちがつくった会社に対しては、法人税・所得税を低くするとか、後押しすれば、税収も上がり、年金受給者の数が減るのではないか、などと考えているんですよ。とにかく新しい切り口を考えなくてはいけません。年金の給付も、減らさざるを得ないんです。

(文=徳川家広 写真=葛西 龍)

 

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