2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸

教育部門と整形外科経営を主体の医療法人で形成

了徳寺健二(りょうとくじ ・けんじ)1948年鹿児島県生まれ。高校卒業後、川崎製鉄(現JFEスチール)入社、柔道部監督を務める。監督退任後、苦学して千葉県内を中心に整形外科10院を設立。2000年了徳寺学園を設立、06年了徳寺大学を開学し、理事長に就任。

了徳寺健二(りょうとくじ ・けんじ)
1948年鹿児島県生まれ。高校卒業後、川崎製鉄(現JFEスチール)入社、柔道部監督を務める。監督退任後、苦学して千葉県内を中心に整形外科10院を設立。2000年了徳寺学園を設立、06年了徳寺大学を開学し、理事長に就任。

―― 了徳寺グループの概要を。

了徳寺 先進的な研究を行う了徳寺大学と、即戦力となる医療人の育成を目指す了徳寺学園医療専門学校からなる教育部門。地域医療に貢献する5つのクリニック(船堀整形外科、葛西整形外科内科、高洲整形外科、上青木整形外科、両国みどりクリニック)からなる医療法人社団 了徳寺会、地域医療の場であると同時に学生の臨床実習と卒業生の研修の場でもある附属整骨院、附属鍼灸院の医療部門があります。

―― 了徳寺大学の特長は。

了徳寺 教育は美しいところで行われなくてはいけないと思います。千葉県浦安市のこのキャンパスは、美しい海が目の前に広がり、心が洗われる気持ちになります。最高学府で学ぶ学生には、こうした美しい環境で気宇壮大な資質を形成してもらいたいと思います。もうひとつは、建学の理念として謳っている、日本の伝統である礼節、和の精神の醸成です。当大学の学生たちはこれらを体現して、明るく礼儀正しくて、創造性に満ちています。また大学の運営は、常に学生と保護者の立場から俯瞰することを貫いています。教授会は代議員制にし、無駄を省く取り組みをしています。職員の会議などの時間も効率良くして、余った時間を学生のため、研究のために使うことを心掛けるよう指導しています。時間は貯蓄できないからです。了徳寺グループには医療法人もありますが、考え方は一緒で、常に患者さんの立場で、という思想で運営しています。

―― 入試倍率、卒業後の就職率も高いと聞きました。

東京湾を一望する美しい街並みの新浦安にある了徳寺大学のキャンパス

東京湾を一望する美しい街並みの新浦安にある了徳寺大学のキャンパス

了徳寺 入試倍率は、平均で3~6倍で、新設大学としては高い水準にあると思います。学部は健康科学部の中に、理学療法学科、整復医療・トレーナー学科、看護学科の3つを設けています。1学年240人、全学部960人です。12年度の理学療法士の国家試験現役合格率は100%(新卒全国平均94%)、柔道整復師国家試験現役合格率は95・7%(同83・7%)です。東京オリンピックに向けて注目が集まるアスレチックトレーナー(AT)合格者は20人以上を数えます。ATは各学校から1~2人くらいしか受からない、かなり難関の資格です。卒業後は医療関係に進む者が多く、一部は健康産業やスポーツ器具メーカー、教職員の道へも進んでいます。柔道部の活動も定評があります。世界柔道選手権大会優勝者の福見友子、平岡拓晃など多くの柔道選手が職員として所属し、柔道部のコーチとして学生を指導しています。

一極集中の得意分野で差別化図るブランド戦略

―― 千葉県の新興大学群MARCH(明海大学、愛国学園大学、了徳寺大学、千葉商科大学、秀明大学)としてしのぎを削っていると言われていますが。

了徳寺 他の大学と比較したことはありません。私たちは一極集中で得意分野を作ることで、差別化を図っています。日本は今後、少子化で医療・介護分野以外の産業は衰退化の道を進んでいくと思いますが、生き残りのために一番大切なのは、国民のためになるか、多くの人の幸福や利益になるかどうかだと思います。医療系に特化しているため、学生の就職率が高く、柔道に特化していることで知名度がアップしました。また経営トップとしての私自身も、出版やメディアでの露出が多く、情報発信をすることで、保護者の方々への信頼感向上につながっているのだと思います。意図したわけではありませんが、結果的にブランド戦略を果たすことができたと思っています。

広く明るいエントランスホール

広く明るいエントランスホール

―― 実業の世界から教育の世界に転身されたそうですね。

了徳寺 私は高校を卒業後、川崎製鉄(現JFEスチール)の柔道部監督として働きながら夜学に通いました。その後、「オリンピックの柔道選手を育てる」と宣言して会社を辞め、自分で大学をつくる目標を立てました。この夢は整形外科10院を設立した資金を元に、実現することができました。川鉄は厳しいながらも大らかな社風で、現在の私のビジネスの進め方の基本を形作ってくれたと感謝しています。現在、大学では「ストレスフリー療法」の研究を進めています。成人病予防効果をはじめ、いろいろな病気の改善効果が期待されています。この理論を具現化した医療機器の販売をすることで、当大学の学生の学費を無料化にする計画です。5~10年後には実現したいと考えています。

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界4月4・18日号
[特集]
紙メディアの未来

  • ・青木康晋(朝日新聞出版社長)
  • ・一木広治(ヘッドライン社長)
  • ・村野 一(デアゴスティーニ・ジャパン社長)
  • ・嶋 浩一郎(博報堂ケトル社長・共同CEO)
  • ・高井昌史(紀伊國屋書店会長兼社長)
  • ・消えたB2Bメディア コントロールドサーキュレーションの功罪

[Special Interview]

 吉永泰之(富士重工業社長)

 「守りに入らず攻め続けるためにスバルへの社名変更を決断した」

[NEWS REPORT]

◆三越伊勢丹、ヤマト運輸……人手不足が労組を動かす

◆攻めの農業の象徴 農水産物輸出1兆円は大丈夫か

◆“豪腕”森信親・金融庁長官の続投濃厚で戦々恐々の金融界

[著者インタビュー]

 手嶋龍一(作家、ジャーナリスト)

 稀代のスパイはインテリジェンスセンスを磨く最高のテキスト

ページ上部へ戻る