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非大卒就職マーケットの変革に挑む元教師の挑戦―永田謙介(スパーク社長)

永田謙介

日本企業の年功序列と終身雇用が崩壊に向かう中、制度を支えてきた大学生の新卒一括採用の是非もようやく議論されるようになってきた。一方、高校卒業後に就職する学生のための制度は旧態依然とし、変化の兆しがほとんど見えない。こうした現状を打ち破るべく、非大卒就職マーケットの改革に挑戦しているのがSpark(スパーク)社長の永田謙介氏だ。(取材・文=吉田浩)

永田謙介・スパーク社長プロフィール

永田謙介

(ながた・けんすけ)1982年生まれ。中央大学経済学部国際経済学科卒業後 2006年サントリーホールディングス入社。13年同社を退職し、長年の夢だった教師の職に就くも、高校生の就職事情を知り変革を決意。15年ビズリーチに転職し、法人営業、人事などを担当する。18年スパークを創業、代表取締役社長に就任。

高卒就職で長年続く「1人1社制」の弊害とは

「非大学卒業生の就職マーケットは、誰も本気でやったことのない領域なのでやる価値があります。この数年でどれだけ粘れるかが勝負です」

永田謙介氏はこう語る。

永田氏が社長を務めるスパークのメイン事業は、卒業後にすぐ就職したい高校生や、大学に通いながら正社員として働きたい学生と企業をマッチングさせる求人サイト「NEWGATE」だ。大卒学生と比べて閉鎖的な非大卒の就職マーケットに一石を投じている。

例えば、高校卒業後の就職では「1人1社制」というやり方が暗黙のルールになっていることは意外と知られていない。これは、学校を通じた就職先の紹介を、応募開始日から一定期間を過ぎるまで学生1人につき1社に制限するものだ。期間終了後は複数社への応募も可能になるが、原則として学生は最初に内定した企業に就職しなければならない。

1人1社制は法律で定められているわけではなく、戦後間もない時代から続く慣習に過ぎない。とはいえ、学生は半ば強制的に従わざるを得ず、詳細は、学校関係者、地域の経済団体、行政などの話し合いで決まる。制度をいまだに運用する理由として、求人秩序の確立や卒業者の適正な職業選択などが挙げられているが、学生の選択肢を著しく制限するという弊害がある。

一方、人手不足に悩む企業からは、優秀な人材であれば大卒者にこだわらず採用したいという声が増えており、現行の制度はもはや時代遅れになっている。永田氏が非大卒をターゲットにした求人サービスを始めた背景には、こうした現状への問題意識がある。

教師になる前に民間企業で経験を積む

永田氏が非大卒求人マーケットの問題点を明確に意識したのは、高校教師として働いた経験からだ。

教師になることは、中学生のころに決めたという。キッカケの1つとなったのが、当時たまたま目にしたテレビニュース。リクルートスーツの大学生がこぞって企業説明会に通い、そこで就職先を決める姿に違和感を覚えた。

「学校の現場で就職や社会につながる教育ができたら、説明会に行ってその場で就職を決める仕組みなんて必要ないと思ったんです。先生の立場から学校内でそれを実践したい。生徒の方向性について、直接キッカケを与えられる仕事をしたいと」

目標を達成するために、自らの就職もかなり戦略的に考えていた。最初に選んだ就職先は学校ではなくサントリー。教師になって学生の就職を支援する仕事をするために、まずは民間企業で働き、知見と人脈を広げる必要性を感じたからだ。

思わぬ誤算もあった。サントリーでの仕事が面白すぎて、想定以上に長い7年もの間在籍することになってしまった。

永田謙介・スパーク社長

一時は民間企業に就職したが、教育現場への情熱は消えなかった

「サントリーの社風が合ったのか、先生にならなくてもいいかな、と何度か思ったほどです。でも結婚して子供ができたとき、自分がやりたいことをやる大切さを息子に伝えるほうが重要だと考え直しました。やはり初志貫徹して、教育と就職をつなぐ仕事がしたいなと」

教育現場で目にした非大卒就職の問題点

こうしてサントリーを退職し、高校で社会科の教師として赴任。そこで目の当たりにした学生たちの就職を取り巻く環境は、想像以上に厳しいものだった。

就職活動のスケジュールが厳格に決められ、1人1社制がデフォルトになっている事実もその時初めて知った。進路指導は先生が兼任で担当するケースが大半で知識も不足しているため、生徒はハローワークの求人票に書かれた給料や勤務時間といった基準で就職先を決めざるを得ない。生徒の就職先は、毎年ほとんど変化がない。

顧問を務める女子サッカー部には、パワフルですぐに社会で通用しそうな生徒たちが数多くいたが、選択肢が少ないために必ずしも希望する進路に行けないケースもあった。

「社会と教育をつなぐにあたって、最たる問題点はここだと思ったんです。教師の立場からではなく、そもそもの仕組みを変えないといけない。そんなサービスを自分で作りたいと考えました」

教師生活を2年で終えた永田氏は、ビズリーチで法人営業や人事、組織づくりのノウハウを学び2018年に起業。本格的に非大卒求人マーケットへの取り組みを開始した。

学校と教師の意識を変えるための試み

実際にビジネスを始めてみると、非大卒人材に対する企業のニーズは確かに増えていた。慢性的な人手不足と共に、大学全入時代になり大卒ブランドの価値が以前より落ちているという状況も、経営者の認識を徐々に変えているようだ。

一方、大学進学率が上がったことで高卒の就職希望者は少なくなっているものの、大学に通う意味を真剣に考えて、働くことを選ぶ尖った層は増えていると永田氏は指摘する。こうした層にスポットを当てて、高卒でも働き甲斐のある職場があるという認識を広げていくことが重要と考えている。

「まずは、現場の先生たちの意識を変えないといけません。そのために先生たちを巻き込んで定期的にイベントを開催したり、先生たちにインターンシップを経験してもらったりもしています。実際に企業で働いてもらって、学歴は必須ではないと体感してもらうことに力入れています」

今のところインターンを希望する教師は20代、30代が多く、就労先はITやクリエイティブ系企業など。期間は数日から1週間程度だが、授業の内容に反映できるため参加者の評判は良いという。将来はさらに長期のインターンを、研修プログラムとして定着させたいと永田氏は語る。

高校生の意識改革も重要に   

啓蒙活動が必要なのは学校側だけでなく、高校生たちに対しても同じだ。

ネット世代の若者たちも、こと就職となると親や進路指導の教師に相談して決めるケースがほとんど。そのため、今は学校で就職講座を開催し、自社サービスを紹介するといった活動を地道に行っているという。

「昔リクルートが大学生の就職マーケットを開拓したのと同じだと思っています。高校生はあれだけスマートフォンをいじっていても、就職となると誰かに相談して決めるという認識です。時代は令和2年なのに、就職領域だけは進歩していません」

企業が尖った人材を求めていても、学生側の意識が低ければマッチングは成功しない。その意味でも、教育現場に踏み込んでキャリア教育を行うことが不可欠だ。

永田謙介・スパーク社長

現状を変えるには教師と生徒、両方の意識改革が必要だという

非大卒マーケットを創造し教育を変える

高卒就職希望者は全国で約18万人、約500億円の市場規模と見られている。関係者の意識と制度を変えるのは容易な作業ではないが、キッカケさえあれば大きく動くと永田氏は予想する。

少しずつではあるが、NEWGATEを通じた就職実績も出てきている。今後は口コミ機能の実装など、サイトの使い勝手や信頼性向上にも力を入れる考えだ。

「高卒で働くのは決して特殊ではないという流れをつくって、1つのマーケットをつくったという実績を残したい。教育分野はビジネスとして儲からないと言われているので、そこも変えていきたいですね」

就職市場とその在り方は、教育制度とも密接なかかわりがある。スパークのような会社が非大卒分野のリクルートになる日がくれば、この国の制度が大きくが変わったということだろう。