経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

安全保障の観点からサイバー攻撃を研究中の山内康英教授に聞く(上)

サイバーテロ 政府・企業とも対応は待ったなし!

サイバー攻撃問題が起きるまでの初期の ネットワーク社会は楽しく牧歌的だった

 日米両政府は10月3日、東京都内で外務・防衛担当閣僚による日米安全保障協議委員会(2プラス2)を開き、自衛隊と米軍の役割分担を定めた「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」を2014年末までに再改定することで合意した。

 ガイドラインの改定は1997年以来、17年ぶり。これは、中国が軍事力を増やし、沖縄県・尖閣諸島周辺への海洋進出を進めていること、さらには北朝鮮が核・ミサイル開発を急いでいることなどに対応するためだ。合意は、日本側が米側に求めて実現した。

 合意項目の中で目を引いたのは、新たにサイバー防衛や宇宙での協力を申し合わせたことだ。サイバー攻撃問題に関する具体的な内容は今後、「サイバー防衛政策作業部会」を設置して検討していくのだという。

 サイバー空間ではこれまで、中国や北朝鮮によるものと思われるサイバー攻撃が日米両国に向けられており、今回の日米合意はそうした実情に両国が危機感を持ったからだと言えよう。

 今回は、ネット社会での安全保障問題やサイバーテロリズム、ネットワーク・セキュリティー問題などを研究し、多くの著書や論文を発表し続けている多摩大学情報社会学研究所所長代理の山内康英教授に登場いただいた。

早くも92年頃に使い始めたインターネット

 ーー 山内さんがネットと安全保障との関係について研究を始めたのはいつですか。

 山内 インターネット、つまりパケット通信の理論が世に出てきたのは60年代ですが、私が所属していた組織が92~93年にインターネット接続を開始したことから、この時期からネットとセキュリティー研究を始めました。

 米国では93年にクリントン大統領が登場し、ホワイトハウスのホームページを早速作りました。そこには大統領の娘のチェルシーさんが飼っていた「ソックス」という猫の写真がアップされており、それをクリックすると「ニャー」と鳴き声をあげる仕組みになっていました。

 翌94年、クリントン大統領と羽田孜首相(当時)との間でインターネットを通じてやり取りすることになりました。急きょ首相官邸にサーバーを入れることになり、国際大学GLOCOMなどがこの作業を手伝いました。「ドメイン名をどうしようか」となった際、当時、GLOCOMの所長を務めていた公文俊平先生が「kantei.go.jpにしよう」と提案、それが今も使い続けられているようです。

 その後、95年秋に「ウィンドウズ 95」が発売され、インターネットの商業化が始まりました。誰もがインターネットとつながることができるようになったわけです。

 それらを見聞しているうち、インターネットをめぐり何が起きているのだろうと研究を続け、その後、『現代日本の国際政策――ポスト冷戦の国際秩序を求めて』(有斐閣選書)の中に「情報化時代の情報と外交」と題した論文を寄せました。この論文は、東大時代のゼミの教官だった渡辺昭夫教授の勧めを受けて書いたものです。本は渡辺教授が編者になり、97年4月に出版されました。

95年の時点で予測できなかったサイバー攻撃の激化

 ーー その本の中で山内さんは「インターネットの展開とその可能性」の項を立て、「インターネットのような情報基盤としてのコンピュータ・ネットワークがさらに発展した場合、国際社会の情報の流れはどのように変化するのだろうか」と自問していますね。

 山内 95年の時点で考えていたことを書いたわけですが、そのポイントは「コンピュータ・ネットワークが持つ最大の潜在力は、国境を越えた情報の提供が、これまでの情報伝達の手段とは比較にならないほどの容易さで行われるだろう」「インターネットが持つ情報伝達の双方向性は、国家やNGO(非政府組織)、企業といったこれまでの国際社会のさまざまな主体が持っていた情報経路を大きく変えるだろう」ということでした。

 この頃、国際的に影響力の大きいNGO「アムネスティー・インターナショナル(国際人権救援機構)」がホームページを公表しました。そこでは地域ごとのケースワーカーの住所をオープンにし、「人権侵害があったら、ここにメールしてほしい」と呼び掛けていました。インターネットのこういう使い方は、それまでなかったことです。従前ならメディアに広告を出したりするしかなかったわけですから。

 こうした動きを見て、今後、インターネットは一種のプロパガンダ(宣伝)やインテリジェンス(情報/諜報)に使われるだろうということまでは予測できました。しかし、インターネットがサイバー攻撃に使われることになるとは95年の段階では予想できませんでした。ただし、この項の末尾の「注」の中に「ネットワーク化が進んだ社会は、これを利用した犯罪やテロ活動に対して脆弱になる」という一文を書き込むことだけはできたのですが……。

 いずれにしても初期のインターネットは牧歌的でした。インターネットの出発点が大学の研究者や技術者のコミュニティーだったからです。「これからは国境がなくなるね」「お互いに支え合おう」などとバラ色で楽しい時代だったと言ってよかったですね。

 しかし、95年頃から米国で「デジタル・パールハーバー(真珠湾攻撃)」の懸念が出始めるようになり、事態は大きく変わっていきました。

 
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