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公明党代表が本音で語る集団的自衛権と平和主義(前編)--山口那津男氏(公明党代表)×徳川家広氏(政治経済評論家)

山口那津男氏

結党50周年を迎えた公明党は、与党として違和感のない責任政党に成長したという感がある。特に連立政権入りしている現在、「平和の党」として誕生した公明党が対外政策で突出しがちな安倍首相に対する「バランサー」の役目を果たすことについて、あるいは独自の外交パイプを活用することについて、内外からの期待が集まっているのではないか。山口那津男代表に、安倍自民党との連立について訊いた。

 

山口那津男氏の主張①「集団的自衛権の解釈について真意を説明することが必要」

 

山口那津男

山口那津男(やまぐち・なつお)
1952年生まれ。茨城県出身。東京大学法学部卒業後、弁護士を経て90年、公明党公認で衆議院初当選。細川内閣では防衛政務次官を務める。新進党副幹事長、新党平和を経て公明党再結成に参加。2001年参議院に鞍替え当選し、参院国会対策委員長、政策調査会長を歴任。09年、公明党代表に就任。参議院3期(衆議院2期)。

德川 山口代表は、7月中に離任される韓国大使と会い、それから中国の福岡総領事と会見されています。彼らは集団的自衛権のことは、どう受け止めていましたか。

山口 韓国の李丙琪大使が日本にいた時には、集団的自衛権のことについて、直接どうこうというご意見は出されていなかったと思います。もともと外交官の方ですので、日米韓の安全保障の連繋の重要性を認識されて、比較的冷静にご覧になっていたのではないでしょうか。

 中国の李天然福岡総領事も外交官経験の長い方で、日本勤務は東京、名古屋といらっしゃいましたし、私自身が訪中した際に、ご案内をいただいたこともありました。中国側の基本的な立場は、今回の集団的安全保障の問題は日本国内の問題で、中国脅威論にもとづいてこの議論をしているという位置づけは困るというものだと認識しました。

徳川家広

徳川家広・政治経済評論家

德川 実際には中国はアメリカ主導の対中包囲網がアジアに出来ることを恐れているというのが私の考えです。まず中国との関係を良くしてから、集団的自衛権の議論をしても、良かったのではないでしょうか。

山口 昨年の参院選で衆参ねじれを解消した国民の気持ちというのは、必ずしも集団的自衛権の議論そのものに高い期待があったわけではないと思います。安倍総理にも、そうした国民の優先順位をしっかり踏まえて、整えながらやりましょう、ということは度々お話をしたところです。安倍総理としても昨年の秋に、安全保障に絡むような、たとえばNSCを設置するとか、特定秘密保護法を整備するとか、そしてこの集団的自衛権に関する内閣法制局の見解を変えるとか、一気呵成に議論するような雰囲気もあったわけですが、もう少し順序を整えて、1つひとつ着実にやっていくべきであると申し上げました。

山口那津男德川 安倍総理は「イラクやアフガニスタンに自衛隊が派遣されることは断じてない」と言っています。安倍さん個人の断言を、そこまで信用するべきなのでしょうか。

山口 今回の議論は、第一次安倍政権の安保法制懇の議論の積み残しといいますか、安倍総理自身が結論を受け取れなかった。それを第二次政権でやり遂げるプロセスだったと思います。しかし、長年の政府の憲法解釈には重みもありますから、われわれ公明党からすれば、まるきり変えてしまうのは断固反対ですよと、慎重に、ということを申し上げました。

 結論としては、やはり自国の防衛に限った自衛権の行使ということで、非常に限定されたものになりました。むしろ個別的自衛権で被害を受ける、深刻な打撃を受けることと同等の被害を受けそうな場合に限って、他国の艦船の防衛を許す、という総理自身の御答弁になったわけですね。それらに基づいて法整備がなされていくということになると思います。

 安全保障全体の視点から見れば、政府の憲法解釈を手段として議論するというのは、ここが限界ですということを、今回閣議決定で決めたわけです。それ以上の議論をするのであれば、これは憲法改正の道をとるべきだというのが、閣議決定のスタンスですね。

德川 その集団的自衛権の解釈で行くと、個別的自衛権のままでも良かった気がするのですが。

山口 安倍総理にしても、集団的自衛権を認めることそれ自体が目的ではないし、平時から有事にいたるまで、日米が日本を守るために切れ目のない活動をしていく、そのために欠けている法律を埋めていこう、というところに主眼があったのです。その点では、国民も心配する、また国際社会にも身構えさせるような意味での武力行使を広げるということはしないで、日本を防衛する体制を整備する基本を作ったということは言えると思います。

德川 日米安保を完成させたということでしょうか。

山口 強化したということは言えると思います。それがアジアの安定に繋がっていくという意味もあると思います。今回の議論の中で安全保障の議論にばかり偏った感がありましたので、むしろ外交とのバランス、ここが重要ですよということを、われわれから強く指摘しました。最終的な閣議決定の中で、「まずは外交が基本、対話によって平和的な解決をする、ここが最優先で基本であるということを踏まえた上で、万が一のための万全の備えを抑止力として高めることにした」という位置づけを明白にしたということも説明するべきだと思います。

德川 そのような真意は、韓国はさておき、うまく中国側には伝わっているのでしょうか。日本の軍事予算は増えず、アメリカも弱い中で、中国を怒らせるだけだとすると、かえって日本の安全が損なわれるのではないかと思います。

山口 そこは、全体のバランスだと思います。先般、シンガポールに行ってまいりました。シンガポールのリー・シェンロン首相、ゴー・チョクトン前首相との会談を聞いておりますと、ASEAN諸国の一つひとつは小さく、力も弱い、けれどもASEANとして結束して中国の台頭、あるいはこれから予想されるインドの台頭、インド洋、太平洋を見たうえで、ASEANが地域的な安定を確保するためのバランスをとっていきたい。ただそれには、やはり、日米が連繋をして、アジア地域に関与していくことで、初めて全体のバランスがとれていくという現実がある。

 といっても、軍事的プレゼンスだけを期待しているのではありません。むしろシンガポールなどは、海賊やテロ対策、あるいは大きな自然災害、これらに対応できるような情報共有の仕組み、情報統合のシステムというものを自ら立ち上げて、そこに日本やインドや、あるいはオーストラリア、ニュージーランド、さらには韓国、中国も取り込んで、情報を共有すると。

 つまり必ずしも軍事という面だけではないところでの連繋に力を入れているわけです。そうした動きを、日米が中国や韓国とともにASEANと協力して行くことが重要だろうと思います。

 

山口那津男氏の主張②エネルギー問題では責任ある対応を行う

 

対談の様子德川 ところで、山口代表は水戸のご出身で、お父様が「天気相談所」の所長さんでいらっしゃいました。もともと環境問題に近い背景をお持ちですが、その一方で茨城県には東海村原子力発電所があり、福島原発の事故で放射能の影響を受けているなど、原発問題は極めて身近でいらっしゃるように感じます。

山口 われわれの世代ですと、原子力の平和利用については積極的、肯定的な理解があったので、事故が起きたことはショッキングでした。やはりあれだけの事故を経験して、その後どうするかということは国民的議論をしたわけですね。その結論は、やはり厳格な安全基準というものを作る、と。そしてそれをクリアしない限り、再稼働は認めないというものでした。これはもう、自民党も公明党も、基本はそういう姿勢で来たわけですね。

 だからといって原発をただちにゼロにしろとか、近い将来にゼロにしろという主張をしているわけではありません。むしろそうした厳格な基準をクリアして、国民の理解を得られれば、再稼働をしてもいいというのが、今の自公政権のスタンスだと思います。ですから、安全委員会の厳格な審査をしっかり見守って、国民の理解を求めやすいような環境を整えていくという取り組みだと思っています。

 日本の原子力技術は、極めて高いレベルにあります。そして世界の流れを見ると、火力は地球温暖化の問題でぶつかるところがありますし、水力は制約が多すぎますし、限りがあります。再生可能エネルギーに期待はもたれるんですが、一気に電力需要を満たすところまでは行かない。そうした中で原子力エネルギーの果たす、過渡的エネルギー源としての役割は全否定する必要はないと思います。

 それに日本の対応如何にかかわらず、原子力に活路を求める国々は、ますます多くなるわけです。日本の果たすべき国際的な役割というのは、この事故を教訓として、その厳格な基準や、より革新的な技術を提供していくというところにあるのではないかと思います。

德川 原発事故再発のリスクと経済成長の兼ね合いは。

山口 そこを断定的に裏付けをもって説明しつくすということは容易ではないと思います。今の国民の受け止め方からすれば、新しい原発をどんどん設置していくことは理解を得られないでしょう。

 成長の可能性を殺さないで、既存の火力の効率を高めること、環境負荷を抑えること、そして再生可能エネルギーのあらゆる可能性を育てていくこと。ここに今、力を入れていくということが責任ある対応だと思っています。

 

山口那津男氏が公明党に入った経緯

 

山口那津男

山口那津男(やまぐち・なつお)
1952年生まれ。茨城県出身。東京大学法学部卒業後、弁護士を経て90年、公明党公認で衆議院初当選。細川内閣では防衛政務次官を務める。新進党副幹事長、新党平和を経て公明党再結成に参加。2001年参議院に鞍替え当選し、参院国会対策委員長、党政調会長を歴任。09年、野党転落後公明党代表に就任。現在参議院3期目(衆議院2期)。

德川 高校生の頃から、法律家を目指していたのでしょうか。

山口 そういう気持ちは、実はなかったんですね。われわれの頃は大学紛争が起こり、当時の高校生が抱くような人生コースというようなものが全部、崩壊していく感じでした。大学に入ったものの、半年くらいバリケード封鎖で講義なしで、内ゲバがどんどん起こって同級生に亡くなる人まで出る悲惨な時代でした。そんな中で、何人かの司法界の先輩と巡り合う機会がありまして、むしろ日本が曲がり角だからこそ、日本を立て直すところに力を注いだらどうかとアドバイスを頂きました。

 確かに法曹資格を持つことは、かなり独立性の高い仕事、しかも法律という応用の広い「武器」を持つことになります。また、世の中には法律的な問題で困っている人も、社会問題化する場面も多い。そこにやりがいを感じて、司法試験を受けてみようとなったわけです。

德川 無事に弁護士になって、4年でパートナーに就任されました。いよいよ法曹界で大きく羽ばたこうという時に、公明党からリクルートされるわけですが、公明党はどうやって「山口候補」を発見したんでしょう。

山口 元代表の神崎武法さんは、法律家の道を志す時もアドバイスを下さった方の1人でしたが、その神崎さんいわく「公明党はこれから世代交代期を迎える。そうすると、社会の中で一定の仕事の経験や資格、それぞれの得意分野、専門性、こういうものを持った人を取り込んで育てていきたい」とのことでした。「ほかにどういう分野の人を捜してらっしゃるんですか、どういう新しい公明党をつくられるおつもりですか」と、生意気にも(笑)うかがったら、外交官出身とか、ジャーナリスト出身とか、第一線の企業で働いている、そういう人をこれからスカウトしていきたいというお話でした。それなら私が持っている公明党に対するイメージとは、随分と違ってくるなと思いました。

德川 それは、どういうイメージでしょうか。

徳川家広

徳川家広・政治経済評論家

山口 苦労に苦労を重ねた、「庶民とともに歩む」という立党精神を体現したような諸先輩も多かったと思います。創価学会の幹部出身の方も多かったと思います。神崎さんのお話からは、必ずしもそういうカラーではないものを感じ取りました。

德川 選挙は大変でしたか。

山口 私なりには非常に大変でした。世代交代ですから、経験豊かな、人間的な幅の広い、そういう方々と比較されるわけですね。社会経験も乏しい、話も下手で説得力がない私が、目の前の人に演説をしても失望感が目に見えるわけです。正直、私も悩みましたけれども、「そのままでよい」「素のままでよい」と先輩がアドバイスしてくれたので少し元気が出て、まあ山口那津男という名前ですから、親しみを持って覚えていただくために、「なっちゃんと呼んでください」とおじさん、おばさんに声を掛けたわけです。そうするうちに、だんだん有権者の方たちとの一体感を感じることができるようになりました。

 

世論の反応が弱かった集団的自衛権の議論

 

德川 公明党はしばらく自民党の閣外協力をして、細川内閣で与党になります。その際に、山口さんは防衛政務次官になりました。それまで党として主張してこられた平和主義との整合性は問題なかったのでしょうか。

山口 なくはありませんでしたが、私が当選した平成2年は参議院で与野党が逆転して、公明党がいわばキャスティングボートを持つ中で、湾岸戦争、PKOの議論などが出てきました。私は1年生議員でしたけれども、体当たりで議論に挑んで、自らの足で湾岸戦争直後のクウェートやサウジアラビアや中東地域を調査しました。また、まだ和平合意ができる前、内戦当時からカンボジアへ行って、闘っている4派のそれぞれの代表と会いまして、和平合意を進め、その後に国連のPKOの展開を予測しながら、そこに日本の自衛隊の参加の是非をどう思うかと、問うていったんですね。

 ポルポト派のナンバー3であるキュー・サンファンとも会いましたが、「国連の一員として自衛隊が来るのはウェルカム」という意見に接して、「これはいける」と確信しました。恐らく、その時の会談をもし公表すれば、大ニュースになっていたのではないかと思います。ただ、相手の立場もありましたし、1年生議員でメディアをどう生かすかということで、十分な態勢もなかった。裸で体当たりという状況でしたね。そういう経験を経ての、細川政権の防衛政務次官でしたから、非常にやりがいはありました。

対談の様子德川 今回の集団的自衛権の問題では、PKOの時に比べて、世論はどう変わりましたか。

山口 当時に比べると今回の集団的自衛権の議論は、批判も論調も非常に弱かったと思いますね。反対運動が国会周辺で起きましたが、ごく限られたものでした。抗議の電話が公明党にもきましたけれど、PKOの時に比べると本数も少ないです。

德川 反発はもっと強いと予想していましたか。

山口 丸ごとの集団的自衛権を正面からやっていたら、もっと反発は強かったと思います。しかしわれわれは入り口から強い姿勢を安倍総理に示していましたから、総理は安保法制懇の報告書を受け取ったところで、バサっと整理して、丸ごとの集団的自衛権は認めないという趣旨の結論を出しました。その理由は「政府の憲法解釈と論理的に整合しないからだ」と、おっしゃったんですね。後は限定的に認められるかどうかを、緻密に議論してくださいという、限られた土俵の議論だったと思います。

德川 そのわりには、かなり支持率が下がったのではないかと思います。

山口 (笑)。これは伝わり方も影響していると思います。論調の中身を見ると、比較的支持している論調と否定的な論調に分かれていますが、メディアの見出しはどれも「集団的自衛権行使容認」とでかでかと出るわけですね。閣議決定を出したら、ぴたりと抗議の電話はやみました。ですから、これからが大事です。閣議決定の中身を丁寧に説明する作業は、今も各地で続けているわけです。最初は構えて聞いている方も、徐々に話を聞くようになりますし、話せば話すほど理解は進むなというのが、今の実感ですね。

 

アベノミクス効果を中小企業、地方へ

 

德川 政治家になって早い時期に訪問教育の拡大に取り組まれるなど、公明党にふさわしい弱者重視の政策を打ち出しておいでです。その山口代表からご覧になって、アベノミクスは効果を上げているのでしょうか。

山口 道半ばだと思います。経済の再生をスローガンにやりだしたため、非常に前向きな明るい雰囲気になったと思います。実際の効果がどこまで及んでいるかは予断を許しませんが、当初からある程度、時間がかかることは予測していましたから、まずは企業が元気になること、そして、業績が上がっていくこと。それが今度は働く人に分配されて、政労使の協議の場を作って、そこで政労使で議論をさせて、ある程度の約束をさせる。それに基づいて、今年は春闘などで大企業中心ですが、半分近くがベースアップをしましたね。これからのわれわれの政権の挑戦は、中小企業や地方にも活力を及ぼして、所得の向上をもたらすかだと思います。

德川 今の自民党を見ていますと、弱者切り捨ての印象が強いです。経世会という、一番そこを見ていた会派が事実上ないような印象です。そこで公明党の役割が非常に大事になると思うんですが、党組織、支持者の中からそういう声はありますか。

山口 それは一般の支持者、あるいは自民党の支持層の中からすら、そういう声はありますね。かつての私が当選した当初の自民党というのは、それぞれ活発な議論をしてぶつかるけれども、最終的に作った法律や制度はみんなで守っていこうという気風もありましたね。今は少し、そうした活発な幅広い議論は遠慮しているような空気が感じられます。そこを補うのが連立与党の役目です。自民党が単独で過半数が取れなくなったのは、世論を受け止める力が弱くなっていると、冷静に見るべきだと思います。

左から山口那津男、徳川家広德川 連立形成から1年半が経過しました。ご自身の採点は。

山口 最初に政権合意を作りました。これは政策の優先順位も含めて決めたんですね。経済再生、被災地の復興のスピードアップ、税と社会保障の一体改革を着実にやる。こういう分かりやすい、明確な目標を持って、それにふさわしい政策を打ち出しながらやっていることに対して国民の皆さんの理解は得られていると思います。ただ、その効果を上げることがこれから問われるので、そこに政治的エネルギーを集中して、その期待に応えられるようにしなくてはならないと思います。たえずその努力をしていることが国民に伝わる。ここが大事だと思います。

(文=德川家広 写真=葛西 龍)

 

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