経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

ドイツにおける財政均衡主義という魔物

実践主義者の経済学

財政均衡主義によりインフラ整備ができなくなったドイツ

 現在は日本のみならず、世界各国が「財政均衡主義」という魔物に襲われている状況にある。少なくとも現在の「財政均衡主義」は単なるイデオロギーであり、国民を豊かにするという「経世済民」の精神は全くない。

 筆者は別に「財政均衡主義は悪である」などと言いたいわけではない。政策とはすべてタイミングであり、それ自体は善でも悪でもない。各国でバブルが崩壊し、経済がデフレ化しつつある状況での財政均衡主義は、国民を貧困化し、国家の安全や安定、さらには「経済成長」すら奪い取ることになるため「悪」である、と書いているだけだ。

 財政均衡が善になる時期も、もちろんある。例えば、国民経済の供給能力が不足し、インフレ率の上昇が止まらない時期には、政府は財政均衡どころか「財政黒字」を目指すべきだ。すなわち、増税や政府支出の削減により需要を縮小させ、供給能力とバランスさせる必要があるのである。

 逆に、デフレで国民がカネを使わない状況における財政均衡主義は、これはもはや災厄でしかない。そもそも、国民がカネを使わず、需要が供給能力に追い付かないからこそデフレが深刻化している環境で、政府までもが率先して需要収縮に励むのだ。当然ながら、国民経済において「カネが使われない」という状況が悪化し、物価は下がり続けることになる。

 加えて、政府は「国民の生命と安全を守る」ための支出すらできず、特に道路、橋梁、港湾、トンネルといったインフラストラクチャーが崩壊していく。当たり前の話だが、インフラが老朽化し、利用不可能になった国が「経済成長」するなどあり得ない。

 日本では、ようやく、「せめて更新投資(メンテナンス)だけでも増やさなければまずいのではないか?」という意見が増えてきたが、欧州では、インフラの老朽化対策すら「節約」が続けられている国が実在する。ずばり、ドイツである。

 2013年6月、ドイツ経済研究所がショッキングなレポートを発表した。1999年以降、ドイツでは国内インフラの維持などに必要な投資額が、毎年平均750億ユーロ(10兆円弱)不足し、経済成長率が押し下げられているとのことである。

 速度無制限で有名なドイツの高速道路ネットワーク、すなわち「アウトバーン」は、最も交通量が多いA1号のライン橋で、制限速度が時速60㌔に制限されてしまった。それどころか、今年の3月までは重さ3・5㌧以上の車は通行禁止になっていたのだ。橋に亀裂が見つかり、応急措置が必要になったためである。 また、アウトバーンのA52号線は、一部の片側路線が「閉鎖」された。ベルリンでは一般道路の痛みが激しく、制限速度が「10キロ」に下げられてしまい、市バスが路線変更せざるを得ない区間もある。ドイツの自治体連盟のウベ・ツィンマーマン副事務局長は、アウトバーンで「完全通行禁止になる橋が出てくるのは時間の問題」と語っている。

 それにもかかわらず、ドイツ政府はインフラのメンテナンスに本格的に乗り出そうとはしない。理由は、「財政均衡主義」に反するためだ。

 現在のドイツでは、与党どころか野党までもが財政均衡主義に染められ、「新たな支出増」を政治家が言い出せない状況になっている。確かに、日本もこの種の傾向があるが、ドイツのほうが間違いなく酷い。

ドイツが財政均衡主義を優先する理由は憲法

 ドイツで国民までもが「財政均衡主義」を支持するのは、例の「国の借金は子や孫が負う借金」という間違ったレトリックが浸透してしまっているためである(日本も同じだが)。

 そもそも、国の借金ならぬ「政府の負債」は、経常収支黒字国にとっては「子や孫が負う借金」でも何でもない。経済が健全なインフレ率を伴い成長していけば、国民の所得(GDP)が増えていく。GDPが増えていけば、自然と政府の負債の対GDP比率は下がる。いわゆる財政健全化とは、政府の借金を「減らす」ことではない。政府の負債対GDP比率を引き下げることで、そのために必要なのは負債削減ではなく、GDPの拡大である。そして、政府が「財政均衡主義」に侵され、インフラのメンテナンス投資すら逡巡するような事態に陥ると、当然ながら経済成長率は落ちる。また、バブル崩壊後のデフレの国において、政府が自ら需要(消費、投資)を創出することを怠れば、いつまでたっても「健全なインフレ率」を取り戻すことができず、堅実な経済成長ももたらされない。

 それにしても、経常収支黒字国で、政府の負債拡大余力が十分にあるはずのドイツが、なぜここまで財政均衡主義を貫くのか。答えは簡単だ。「憲法で決まっているから」である。

 現在のドイツ連邦政府および州政府は、原則として歳入と歳出を均衡させなければならない。ドイツは財政均衡主義を憲法に書いているのだ。リーマンショック後の09年にドイツは憲法(基本法)を改訂し、債務ブレーキ条項を追加した。

 もちろん、災害時などには例外が認められるが、それにしても2016年以降のドイツ連邦政府は、対GDP比でわずか0・35%の国債発行しかできなくなる。

 さらに酷いことに、ドイツは財政均衡主義をEU諸国(イギリスとチェコを除く)に押し付けようとしている。EU諸国は新財政協定により、近い将来、財政均衡主義を憲法に書かなければならないのだ。

 現在は日本、ドイツ、欧州諸国のみならず、米国までもが「財政均衡主義」という魔物に襲われている。このドグマ的な財政均衡主義から最も早く決別することができた国が、次の世界経済の規範(ロールモデル)となるだろう。

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