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「人工知能を補助脳として活用」――山海嘉之(CYBERDYNE社長/CEO)

人工知能の進化が欠かせない領域の一つがロボットだ。CYBERDYNEの「ロボットスーツHAL」は医療用下肢タイプが新医療機器の承認を受ける一方で、腰タイプが作業現場・介護現場など向けに出荷が順調に伸びており、ビジネスが拡大している。HALと人工知能について、CEOの山海嘉之氏に話を聞いた。聞き手=本誌/村田晋一郎 写真=幸田 森

医療機器承認で機能を実証適用範囲が広がると語る山海嘉之氏

山海嘉之

山海嘉之(さんかい・よしゆき)岡山県出身。1987年筑波大学大学院修了、工学博士。筑波大学大学院システム情報工学研究科教授、筑波大学サイバニクス研究センター長。2004年CYBERDYNE設立。内閣府ImPACT 革新的研究開発推進プログラム プログラムマネージャーも務める。経済産業大臣賞や文部科学大臣表彰、トムソン・ロイターのIPO of the YearやInnovative Equity Deal of the Yearなど受賞多数。

―― 貴社の最近のビジネスの状況について、製品の出荷が順調に伸びているという印象ですが。

山海 昨年末にHAL医療用下肢タイプが新医療機器として承認され、保険適用も決まりました。今回対象となるのは8種類の神経筋難病疾患になります。現代のどの医療技術も進行を抑えることができなかった難病に対して、このロボットが進行を抑え、むしろ機能改善を実現できていることが分かってきたことが大きいです。

それと別に、タイプの異なるHALや複数の自律型ロボットがあり、製品の出荷はどんどん伸びています。生産現場や介護現場で作業を行う方々の腰部の負荷を低減させながら腰を守っていくデバイスとして、腰タイプのHALがあります。あとは肘や膝につける単関節タイプのHALの出荷も始まりました。

そういう流れに加えて、人工知能搭載型の搬送ロボットや清掃ロボットの出荷を始めています。オフィスビルや工場の中に投入されたり、あるいは羽田空港などにも投入されたり、導入が活発化しています。2016年はさらに心臓の機能や血管の動脈硬化など、人間の身体機能を検査するバイタルセンサーの出荷も予定しています。

―― HALにおける人工知能については。

山海 HALは、人間の脳神経系の信号を使って動きますが、安全を確保するための自律機能として、人工知能が搭載されたロボット機能がついています。

一方、CYBERDYNEが使うすべてのデバイスには通信機能がついており、各デバイスから送られてくる個人情報を除く身体・生理・生活にかかわる情報が、日本、ドイツ、スウェーデンから、つくばに毎日、集まっています。その情報は高速で演算するコンピューターで処理することになりますが、その仕組みを飛躍的に強化することにしました。

CYBERDYNEの事業展開では、数年後には、現状の計算サーバーは限界に達するでしょう。当社が扱うビッグデータを軽快に処理できる世界最高水準のスーパーコンピューターを導入することにしました。当社が出資をして業務提携をしているExaScaler社は世界のスパコンランキングで1位から3位までを独占しましたが、数年後には「ポスト京」に相当するスパコンを完成させるでしょう。

HALの展開として、スパコンに使われるチップをHALに搭載していきます。私は昔から人工脳の研究をしてきており、人工脳をつくることが1つの長いチャレンジでした。今までは計算速度が遅すぎて付いてこられませんでしたが、それを実現する人工脳をこれからつくりあげていくことになるわけです。

HALの動作においては、人間の脳神経系の情報をHALが受け取って、HALの中で処理して意思に従った動きに変え、ロボットと人間との間でインタラクションさせ身体を動かします。脳神経系の情報をHALから再び人間に戻すことで、人間の各神経系の情報にそのロボットの情報を乗せて脳に戻します。人間の体内を回っている情報をいったん外に取り出し、整え直してから戻すことによって、人間の脳すらも人工知能の中の一部のユニットとして使わせてもらっていると考えることもできるでしょう。それが世界初のサイボーグ型ロボット「HAL」なのです。このような原理に基づき、脳や神経の機能が変わってくるという可塑性を活用し、脳神経系の治療が行われます。

山海嘉之氏の思い ロボットによる生産で日本のものづくりを復活

―― 15年にいろいろな製品の出荷が一気に始まりましたが、内製品を独自で出せた生産能力はどうなっているのでしょう。

山海 生産能力というより、開発能力ですね。数をつくる能力はないですが、製品にして出荷する能力はあります。数を出すためには、生産拠点を準備すること、あるいは製造を専門にする企業との連携も大切です。組立については、実際に他社と連携が始まります。

―― 福島・郡山に建設中の拠点はその供給能力を拡大するものですか。

山海 それだけではありません。福島の場合には、通常の生産に加え、生産施設そのものにも意味があるのです。単にものを作ればいいだけなら、多くの企業が行ったように労働賃金の安い国にものづくりを移せば良いのでしょうが、現場での工夫を忘れて、「手探り」をするというものづくりの基本形をなくして空洞化していったのだと私は思います。

では、どうするかというと、福島は次世代型多目的ロボット化生産拠点、つまり人と協調しながら人間の技能が組み込まれたロボットがロボットをつくるという革新的な施設となっていきます。福島は立地的に本社があるつくばから離れているわけですが、復興支援のために動いています。価値ある施設を福島に配置する意義は非常に大きいと思います。

ロボットがロボットをつくるのは、ツーステップ先の未来の話ですが、それをやります。目標は日本でのものづくりの復活と社会との連動によるバリューチェーンの構築です。この仕組みをつくれば、この施設で働く人が増えますし、ロボットシステムを管理する高度な仕事が広がります。

軍事転用で起こり得る“怖い”問題について語る山海嘉之氏

―― 人工知能が人間の知能を超えるシンギュラリティ(特異点)の問題はいかがお考えですか。

山海 ある意味では、既にロボットの能力は人間の能力を超えているわけです。しかし人間の知能は、愛情など、いろいろなものが加わっているので、私はそうはなりにくいと思います。その理由として、今の人工知能のアプローチはディープラーニングが基本です。今まで時間がかかっていたものが早く処理ができるというアドバンテージはありますが、問題はアルゴリズムづくりです。アルゴリズムをつくるのは人間です。ですから、かなり便利なツールにはなってくるでしょうが、人工知能が人間を超えるかと言われると、きっと超えないと思います。

一方で、シンギュラリティのような話があり、人間を超える知能ができたとしましょう。それがコンピューターの中に入っていて、そこで私たちと会話したり、たしなめたり、示唆するようなことをいろいろ言ってくれたとして、どんな悪いことがあるでしょうか。コンピューターにどんなことを言われても、結局行動するのは人間です。

山海嘉之 ただし、怖いことが一つあります。人工知能のシンギュラリティが重要なのではなく、人工知能が物理空間とつながったロボットと連動するほうがはるかに大変です。例えば、シンギュラリティの水準にまで及ばない人工知能のロボットだとしても、人間の体温を感知し、人間の体温があるものを弾がなくなるまで撃ち続け、壊れるまでそれをやり続けるロボットが数十体どこかにパラシュートで放たれたとき、何が起きるかということです。軍事用の人工知能と軍事用のロボットが一体化したときに、シンギュラリティの問題などを超える、嫌らしく悩ましい問題が発生すると思います。

―― HALに関してはそういう心配はないわけですね。

山海 まず、HALは人間の脳を主体として使っていくことで、むしろ人間の脳を助けるものです。次に軍事転用されないように、CYBERDYNEではモジュール化を進めて、リバースエンジニアリングがしづらい構造にしています。

当社の上場目論見書や定款にもありますが、平和利用が基本です。また、当社は、普通株式に対しての議決権が10倍の種類株式の中での複数議決権でもって上場した日本初の企業です。これにより、敵対的買収で技術が悪用されることを防ぎます。そしてなおかつ当社には平和倫理委員会があります。当社はここまでのことをやりぬいてつくられた会社であり、ご心配のようなことが起きないようしっかりと引き続き対応していきたいと思います。

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