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首都圏を席巻するコスパ最強酒場「晩杯屋」の魅力 ― 金子源 アクティブソース社長

今年の夏、武蔵小山(東京都品川区)に集う酒飲みたちの間で話題になった出来事がある。武蔵小山発祥の立ち飲み屋「晩杯屋(ばんぱいや)」が、銀座に出店したというニュース。「マジで?大丈夫なの(笑)」。口の悪い飲んべえ達はそんなふうに揶揄しながらも、愛情をもって同店の快進撃を応援する。文=吉田浩

千円で満足の「飲んべえの聖地」晩杯屋とは?

東京都の一部を除いて知名度はそれほど高くないが、店舗のある各地域には固定ファンが多数存在する晩杯屋。その魅力は何といっても価格の安さだ。アジフライ110円、煮込み130円、ポテサラ130円、かつおたたき180円、マグロ刺し200円….バラエティに富んだメニューが、価格に見合わぬ味とボリュームで提供される。

いわゆる激安居酒屋によくある「安かろう、悪かろう」ではない。コスパの観点で見れば、「最強」の部類に入るだろう。

開店は15時からと早く、平日のまだ日も落ちぬ時間帯から、酒と肴を求める客がわらわらと集まってくる。千円を握りしめて、1人でふらりと来店しても、十分満足できるところが大きな魅力である。

最近まで、武蔵小山、大井町(品川区)などで、知る人ぞ知る存在だった晩杯屋だが、この1年あまりで急速に出店ペースを加速させ、現在は東京都を中心に23店舗を展開。その過程で16年8月に銀座店オープンに至ったわけだが、常連たちが不思議がったのは「同じ価格帯でやれるのか?」ということだった。

この点について、晩杯屋を運営するアクティブソース社長の金子源氏は、「利益率は多少落ちますが、やれます」と断言する。一体どうやって、激安価格を実現しているのか。

晩杯屋が最強コスパを実現できる理由

秘密は仕入れにある。まず、通常の飲食店と違い、晩杯屋にはいくつか定番化しているメニューはあるものの、これがなければいけないという固定メニューはない。金子氏が築地市場で安く仕入れられる食材を日々調達し、状況によってメニューを変える。

安く仕入れられるのは、市場の仕組みを活用しているからだ。市場での流通は仲卸と呼ばれる業者が大卸から魚を競り落とし、小売業者へ販売するようになっているが、日によって魚の入荷量にバラつきが出る。特定の魚が大量に入荷すると、仲卸としては売れるところには高値で売って利益を確保し、残りは安く投げ売りのような状態になる。

この安売りの部分を無条件で引き受けるのが、金子氏のスタイル。固定メニューならば高値でも必要な食材を仕入れなければならないが、日々メニューを変えるため、その必要がない。

「市場は大卸から仲卸、小売りへと食材を分化させるシステム。たとえば通常なら仲卸にとっては100ケースあれば十分でも、今日は200ケース付き合ってくださいと言われたら、どこかにさばかないといけない。そこで自分が引き受け手になったんです。ものを買うのではなく分けてもらうスタンスですね。こちらから何が欲しいとは一切言いません」

と、金子氏は説明する。

出店増加に伴って、15年7月には南大井(品川区)に120坪のセントラルキッチンを設立。安い食材を大量に仕入れ、直営店やFCに分配するシステムを確立した。将来は200店舗を目指し、上場も視野に入れる。

晩杯屋

銀座八丁目に出店した「晩杯屋」

晩杯屋はなぜ「適度な距離感」を大事にするのか

金子源

金子源社長

金子氏は海上自衛隊を経て、大手外食チェーン、青果市場、水産関係会社などを渡り歩き2008年に起業という変わった経歴の持ち主。仕入れのコツをつかんだのは、下積み時代に関わった市場での経験からだ。

最初は東急目黒線、武蔵小山駅前の飲み屋街の一角に、自衛隊時代の先輩と共に小さなバーを開いた。その約1年後に、近くの空き物件を見つけてオープンしたのが晩杯屋1号店である。現在は再開発に伴い飲み屋街そのものが消滅してしまったが、本店は近隣に転居し、今も地域住民の憩いの場となっている。

その日の食材によってメニューを変えるのは、相当な料理の知識がなければできないはずだが、金子氏の場合はすべて独学。これまでに料理本を1千冊は買ったと明かす。

金子氏自身、飲むのが好きで、自衛隊時代からほぼ毎日飲み歩いていた。そこで気付いたのが、1人でふらっと立ち寄れる店がほとんどないということ。多くの居酒屋は1人客を想定した運営になっておらず、小規模な店でも常連だけで盛り上がって敷居が高かったりした。これが、立ち飲みスタイルの店を始める理由にもなった。

当初は創業メンバーだけでやっていくつもりだったが、従業員の福利厚生や財務の向上などを考慮して、拡大路線に方向転換した。16年4月にはエムグラントフードサービスと提携し、FC展開も積極的に進めている。

価格、品質以外に晩杯屋が成功しているもう1つの理由として金子氏が挙げるのが「客と店員との適度な距離感」だ。確かに常連は多いが、店員とおしゃべりにふけるようなことはなく、過剰なサービスもない。常連だけの盛り上がりが行き過ぎると、初めての客が1人で入りにくくなってしまうためだ。

目標の200店舗を達成した後はどこに向かうのか。

「晩杯屋は全国展開できるモデルではないので、その前に別の業態も手掛けられたらいいかなと。キーワードは“個食”と“コミュニティ酒場”の2本柱。一人暮らしの高齢者や独身世帯が増えている中、1人で飲める場所が欲しいという需要は必ずあるので、そこにフォーカスしていきたい。次に始めるとしても、最初は武蔵小山でやりたいですね」

拡大路線を突き進みながらも、地域密着を忘れない金子氏だった。

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