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取りあえずは一安心も不安残る日米自動車戦争の行方

日米

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安倍首相とトランプ米大統領の首脳会談は、両者の蜜月を世界にアピール。日本にとっては言うことなしの結果となった。お陰で米貿易赤字の元凶ともいわれていた自動車メーカーの株価は会談後、大半が上昇した。しかし将来への不安は残ったままだ。文=本誌/関 慎夫

日米首脳会談後自動車株は大幅上昇

「トランプ大統領との間で共同声明を発出したが、これは、アメリカの新政権として、首脳レベルでの初の2国間の文書だ。この文書は、日米同盟および経済関係を一層強化するため、両首脳の強い決意を確認したものであり、今回の会談は、今後の日米関係をさらに発展させる上で極めて意義があった」

これは日米首脳会談を終えた後の菅官房長官のコメントだが、政治家だけでなく、多くのビジネスマンも同様の思いを持ったに違いない。中でも、トランプ米大統領に何を突き付けられるかと不安を抱えていた自動車メーカーの首脳たちにしてみればなおさらだ。

昨年の日本の対米貿易黒字は6兆円。この数字は中国、ドイツに次ぐものだが、6兆円のうち、5兆円を自動車関連産業が占めている。首脳会談前、トランプ大統領は「日本の貿易黒字は絶対許さない」とその是正を強く訴えていただけに、自動車メーカー首脳たちは固唾を呑んで見守っていた。それが、あっけないほどの結果となったのだから、胸をなでおろすのは当然だ。

もともとトランプ大統領の対日認識は昔の記憶をそのまま引きずっていると指摘されてきた。自動車に関していえば、1980年代に日米自動車摩擦が深刻化した当時は、日本メーカーはアメリカに200万台のクルマを輸出する一方で、現地生産はほとんどなかった。アメリカの労働者がハンマーで日本車を壊しながら「俺たちの仕事を奪うな」と言っていたが、間違いではなかった。

しかしその後は現地生産が進み、360万台の「日本車」がアメリカで造られており、輸出は70万台にすぎない。それを認識してもらう必要があった。安倍首相は首脳会談に先立ち、豊田章男・トヨタ自動車社長と面談しているが、そうした事前準備が実った形だ。

この会談を受けて、週明け2月13日の日経平均株価は上昇、一時、1万9500円台を回復した。トヨタ、日産、ホンダといった主要自動車メーカー株はいずれも株価を上げた。

しかし安心ばかりもしていられない。将来予測が不可能なトランプ大統領だけに、突然、方針を転換し、自動車メーカーの喉元に刃を突き付けないとも限りない。大統領就任前に、フォードのメキシコ移転、そしてトヨタのメキシコ工場新設といった個別企業の行動に釘を刺すこともいとわないだけに、今後も予断を許さない。

自動車メーカーに「見えない縛り」

忘れてはならないのは、トランプ大統領が誕生して以来、日本は一切の恩恵を受けていないということだ。日本の産業界が日本経済再生の切り札と期待していた環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)は、就任早々の大統領令署名で事実上消滅した。

TPPの中には自動車貿易に関するルールも定められていて、現在はアメリカから日本への輸出への関税は0%、日本からアメリカへは2.5%(SUV=多目的スポーツ車にいたっては25%)という不平等なものだが、これを30年間かけて0%にすることで合意をみた。ところが、アメリカのTPP離脱により、不平等関税の是正はそのまま残ることになった。

トランプ大統領は北米自由貿易協定(NAFTA)の見直しにも言及しているが、もし存続されることになっても、日本メーカーが今後、メキシコへの工場進出を逡巡するのは確実だ。企業経営の選択肢を狭めるという意味で、トランプ大統領の言動は、日本企業の手足を少しずつ縛り始めている。

気になるのは、今後のアメリカの経済動向だ。今でこそ、米景気は好調で、雇用環境も完全失業率が4.8%と史上最低水準にあるが、いずれ景気後退局面を迎える。それにより、雇用が悪化し始めたら、トランプ大統領の態度が豹変、再び自動車摩擦を俎上に上げ、是正を迫ってくることは十分考えられる。

80年代の日米自動車摩擦の時は、日本メーカーが輸出数量に上限を定めるという自主規制が生まれた。当初、自主規制は数年の予定だったが、実際には81年から93年まで10年以上にわたって続くことになる。もし米経済が悪化し、自主規制復活ということになれば、時計の針は30年も戻ることになる。

もうひとつ考えなければならないのは、この問題が、日本の自動車産業の未来に影を落としかねないことだ。今、世界中で自動運転の開発が進んでいる。そして自動運転は、クルマの機能を高めるだけでなく、社会システムとして構築することになる。その覇権争いが始まっている。

日本メーカーもこれに加わろうと、トヨタがGMと提携するなど、将来を見据えているが、仮にこの分野でアメリカに譲歩を迫られ、応じざるを得なくなれば、インテルとマイクロソフトに支配されたパソコン業界のように、日本は利益の出ない端末(クルマ)をつくるだけになりかねない。

日米首脳会談で、貿易摩擦に対する懸念は取りあえず去ったが、これからが正念場だ。

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