経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

ネット全盛時代に紙メディアはどう生き残るのか―嶋 浩一郎(博報堂ケトル社長・共同CEO)

紙メディアを取り巻く状況は広告業界からどう見えているのか。クリエーティブディレクターとして活動しながら、カルチャー誌『ケトル』を発刊し、書店『B&B』を経営する博報堂ケトル社長・共同CEOの嶋浩一郎氏に紙メディアの現状と今後を語ってもらった。

 

情報提供者:嶋 浩一郎・博報堂ケトル社長・共同CEOプロフィール

嶋 浩一郎

嶋 浩一郎(しま・こういちろう)1968年生まれ、東京都出身。上智大学法学部卒業後、93年博報堂入社。コーポレート・コミュニケーション局で企業のPR活動に携わる。2004年に「本屋大賞」の立ち上げに参画、NPO本屋大賞実行委員会理事。06年博報堂ケトルを設立、カルチャー誌『ケトル』の編集長。12年には本屋B&Bを開業。

ネットメディアにおけるマネタイズ手法の現状

 

課金モデルでの成功は難しい

 私は、新聞社や出版社など紙メディアが自慢すべきことは、紙に情報を整理して出版していることではなく、きちんと一次取材をしていることだと思っています。今までの4マスの広告モデルは本当によくできていて、戦後の長い間、新聞社や出版社など従来のトラディショナルメディアが一次取材に要するコストを捻出するだけの広告料金を企業から回収していました。

 今、その紙メディアが、情報発信の場をネットに移す時代になったときに、一番良いのは課金ができることです。

 しかし今のところ課金にきちんと成功しているモデルは日本経済新聞ぐらいしかないと思います。ヤフーニュースが日本に来てから今年で21年目になりますが、この20年間に日本人は、新聞や雑誌の記事がフリーで読める感覚がかなり身に付いてしまったと思います。

 日経新聞はヤフーに記事を配信しないできたため課金に成功しているのかもしれませんが、今までフリーで読めていたものに、今日から課金することは難しい側面があります。

PV獲得競争は弊害も多い

 課金以外にメディアがネット上で収入を得ようとすると、大きく言うと2つの方法しかありません。ひとつはバナーなどを貼ってPVを換金するモデルです。ただしPV換金モデルは1PVが0.1円台ぐらいで取引されている状況です。

 しかもPVを得ようとするためにいろんな弊害も起きています。記事を分割したり、写真を拡大するボタンをつけたり、「ノーバン始球式」みたいな空目タイトルを付けることが行われています。PVがとれる記事が良い記事ではないケースもあるわけです。

 もうひとつはいわゆるネイティブアドです。アド広告表記をしたネイティブアドで収入を得ることになりますが、ネイティブアドも1記事が数十万円程度です。

 今、日本のテレビ局、新聞社、出版社が一次取材にかけているコストは、ネットに移行したときに、PV換金や、ネイティブアドによる収入だけでは、基本的には賄いきれないのが実態です。ですから新たなマネタイズ手法が必要になってきます。

 

紙メディアの強みと目指すべき方向性とは

 

ウェブでは作りづらい雑誌的な世界観

 雑誌は、ネットに比べて世界観をつくりやすいメディアだと思います。

 例えば『BRUTUS』編集長の西田善太氏がよく言うことですが、グーグルで「コーヒー」と検索したら、コーヒーに関する情報がウェブにすべて表示されますが、『BRUTUS』には始めと終わりがあり、ページが限られた中でコーヒーというものを表現しなければいけない。おのずとセレクトする情報は限られ、何のコーヒーをセレクトするかにBRUTUSのセンスが現れ、それが世界観となります。

 そして、その世界観が好きなファンを集めることができます。だから雑誌は、ある世界観を形成して、それを好きな人のコミュニティーをつくる力があるわけです。

 しかし一般的にウェブではそういう世界観はつくりづらい。なぜかというと、ヤフーニュースやグノシー、スマートニュースのようなプラットフォームで言えば、時事通信の記事の下の読売新聞やNEWSポストセブン、アメーバニュースの記事が並んだりします。

 そして一つひとつの記事がスライスされた状況で、人はその部分だけをみていく。もともと配信元のニュースサイトにはある一定の世界観があったかもしれないですが、それが集積された場所では、世界観が感じづらい。

 広告を出す側からすると、雑誌にはある世界観があって、それが好きなファンがいるところに、企業の広告を出すと、その世界観の中で広告も読者に受け入れられやすいものになります。例えば、『CanCam』が「エビちゃんOL」を流行らせたら、エビちゃんOLに売れる商品の広告がどんどん入るわけです。

 しかし、ウェブでは一つひとつの記事のPVが高いか低いかが評価され、広告の売り方も、これだけPVがあるページで告知できますという文脈になります。クライアントからすると、広告が出現する場所が持っている世界観は関係なくなる。そういう意味で、紙メディアがウェブに移行すると広告が入りづらくなる可能性もあります。

 本来、雑誌は、企業のマーケティングに対して、新しいライフスタイルや価値観を提示できるすごいメディアなのに、それがウェブに行くと新しい価値提案がしづらくなるという問題を抱えています。また、そもそもウェブに移行すると収益が悪化するという構造があります。

 一方で、雑誌的な世界観をつくれる人が今、ウェブ業界に移行しつつあります。

 例えば、『東洋経済オンライン』編集長だった佐々木紀彦氏が『NewsPicks』に、『TOKYO Walker』編集長だった秋吉健太氏が『Yahoo!ライフマガジン』に、『暮らしの手帖』編集長だった松浦弥太郎氏が『食べログ』に行ったりしています。そうなると状況は少しずつ変わってくると思っていて、ウェブでの新しい広告出稿のスタイルができていくのではないかという期待はあります。

雑誌はリソースを最大限活用することに活路

嶋 浩一郎 今後の雑誌については、より趣味性の高い、高額な商品に移行していくと思います。

 雑誌はやはり限られた範囲の中にある世界観が表現されていて、そのセンスが好きとか、その世界観が好きという人はいるわけで、その人たちは、パッケージメディアである雑誌を買い続けるとは思います。

 しかし記事一つひとつを読むだけでいいという人たちは、それをネットで読めばいいので、その分、雑誌の購読者数は基本的に減っていくと思います。そうなると出版社は雑誌のビジネスを成り立たせるために、ある段階で価格を上げる。そして雑誌は高級化路線や、その趣味の人たちだけにしっかりお金を払って読んでもらうメディアに変わっていくと思います。

 ただし、雑誌づくりでも、いろいろやり方はあると思います。これからの編集者は、雑誌をつくるというより、コンテンツをつくるという感覚が重要になります。

 例えば、将棋に関する漫画がヒットしたら、編集者は漫画をつくるだけではなく、棋士のトークイベントをやったり、子ども向けの将棋セミナーを開催する。要はコンテンツをつくって、それがあるときは紙の情報になって、それに関連するマネタイズ事業も同時に多角的にやっていかなければといけないと思います。

 クライアントに対しても、これまで雑誌は、広告を1ページいくらで売ることが成長モデルだったわけですが、企業が欲しいものはページだけでなくほかにもあります。例えば、『Mart』などはアイデアフルな主婦の読者を抱えていて、食品業界にとっては、その主婦の意見を聞きたいわけです。その読者のコミュニティーを活用した商品開発やコンサルティングもやっていけると思います。

 このように今後の出版社は自らのリソースを活用し、クリエーティブエージェンシー的な動きも必要になってくると思います。(談)

 

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