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「人手不足倒産」に人件費高騰 企業が脅える人材恐慌最前線

人手不足が深刻化している。人手を確保するには高い給料を支払わなければならず、それが経営を直撃する。最近では「人手不足倒産」なる言葉も聞こえてきた。今、企業の最前線で何が起きているのか。現場を追った。文=経済ジャーナリスト 松崎隆司

人手不足により事業継続を断念

人手不足による超過勤務に苦しむ運送業界

ヤマト運輸の持ち株会社、ヤマトホールディングス(HD)が6月23日、東京都内で株主総会を開いた。山内雅喜社長は冒頭のあいさつで「(過去2年分のサービス残業代の支払いにより)2017年3月期は大幅な減益になったことを株主におわびする」と謝罪し、壇上の役員全員が約5秒間、頭を下げた。

ヤマトHDはサービス残業などで未払い金が230億円も積み上がり、17年3月期の連結純利益は、前期比54%減の180億円だった。今期はさらに6%減の170億円になる見通し。労働時間を管理する新システム導入などのコストがかさむからだ。

きっかけは16年11月、横浜市内の営業所でセールスドライバーを務める30代の男性が厚生労働省で記者会見を開き、長時間労働と残業代未払いの実態を告発したことからだった。この男性は昨年秋に会社を退社し、地元の労働基準監督署にも違法な実態を説明していた。その後、年末から年初にかけてヤマト運輸の労働組合からも超過勤務や残業代未払いへの対応を求める声が上がった。

「昨年夏以降、通販市場などで宅急便の需要が急増し、さらに年末にはお歳暮商戦などの影響が加わり、現場の負担が大きくなっていました。その中で昨年末から年明けにかけて労働組合で超過勤務の改善や残業代未払いに対する支払いを求めてほしいといった声が集まり、労組と会社が協議して実態の解明をしていくことになりました」(ヤマト運輸広報戦略部)

ヤマト運輸は2月ごろから、実態解明に向けて調査を開始した。そこから超過勤務や残業代未払いの実態が明らかとなり、改善策を検討。ヤマトHDでは4月28日には従業員の長時間労働を招いたことなどを理由に、山内社長ら幹部を処分。役員報酬を数カ月間、3割程度減額、230億円に上る残業代の未払い分を支払うことを明らかにした。

しかしヤマト運輸のこうした問題は氷山の一角でしかない。

「運輸業界は今、構造的な労働力不足に陥っているのです。16年度の有効求人倍率は平均で1.22倍といわれていますが、自動車を運転するような仕事は2.33倍、平均有効求人倍率の2倍です。自動車を運転するためには免許が必要ですが、若い人の免許取得者が昔に比べると、減っています。まして大型トラックの免許を取得しているような若者も非常に少なくなっています。そのためどうしても人材の補充ができない状態にあるのです」(同)

そこでヤマト運輸は抜本的な働き方の見直しに入る一方で、アマゾンなど大手取引先と値上げ交渉に入っている。

苦しんでいるのはヤマト運輸だけではない。運輸業界は今未曽有の人手不足に苦しんでいる。

昨年12月には千葉市稲毛のタクシー会社、長沼交通が千葉地裁から破産開始決定を受けた。古参のタクシー会社だが、消費の低迷に加えドライバーの採用難による車両の稼働率低下が業績低迷に拍車をかけた。

今年4月には京都の運送業者、みのべ運送が破産。荷主からのコストダウン要請やドライバー不足で事業の継続を断念せざるを得なかった。

建設、外食、コンビニも悲鳴

運輸業だけではなく、多くの業界で同じような問題が起こっている。建設、外食、コンビニチェーンといった産業では人手不足が蔓延し、経営を続けていくためにも大きな障害となっているという。

地方の中小のコンビニでは閉店に追い込まれたところもあるという。

「コンビニ業界にとって人手不足は深刻。店舗展開などにも影響している。都心は外国人留学生や定年退職した人たちなどを活用してなんとか急場をしのいでいるが、地方ではそうはいかない。人が来ないので、頭を抱えている店舗は少なくない。無人のレジや留学生だけでなく、海外から直接外国人をリクルートすることなども検討しているが、それでもだめなら深夜営業の中止もあり得る。これはかなり深刻な問題になるのではないか」(大手コンビニ幹部)

生産年齢人口と人口の推移

建設業界は人手不足が人件費高騰を招いている。

「人手不足で工賃が高騰し、採算も悪化している。土木関連の業者などでは研修目的で外国人労働者を活用しているところもあるが、社会保障に入っていない外国人は採用できない。これが人件費の高騰に拍車をかけている」(大手ゼネコン幹部)

なぜこれほど深刻な人手不足に陥っているのか。この背景には日本の人口減少が大きく影響している。

総務省統計局の「人口推移と将来人口」の調査によると、人口は08年の1億2805万人をピークに減少に転じ、15年には1億2709万人と99万人減少。生産年齢人口(15~64歳)も1995年の8716万人から2015年には7628万人と1088万人も減少している。

つまり今日本人の働き手がどんどん減少し始めているという状況なのだ。一方で日本はこれまで外国からの移民をほとんど認めずに事実上の鎖国体制で、外国人労働者にもその門を閉ざしてきた。

人手不足による倒産増加の現状

ニーズがあっても人は集まらず

そのため人手不足による倒産という動きも出始めているという。

東京商工リサーチによると、15年には320件、16年には304件、そして17年の1月から5月までの間に128件の人手不足関連倒産が起こっているという。

東京商工リサーチでは人手不足倒産について①後継者難②求人難③従業員退職④人件費高騰の4つのカテゴリーに分けている。東京商工リサーチの常務取締役で情報本部本部長の友田信男氏は次のように語る。

「今年の1~5月では全体の倒産が減ってきているので人手不足倒産も1月の33件から5月は26件と減少しているのですが、求人難型だけが増えてきているのです」

17年1~5月期の後継者難による倒産は105件、前年同期比ではマイナス2.77%、従業員退職による倒産は8件と同マイナス11.11%、人件費高騰による倒産は8件と同マイナス38.46%であるのに対して、求人難による倒産は15件と同150%増えている。

「基本的な働き手が少なくなっているのです。一番顕著な動きをしているのが介護業界です。介護業界のようなところは景気が良くなると人手不足になるといわれてきました」(友田氏)

介護業界は3K「きつい」「汚い」「危険」な業界といわれてきた。

「何十キロも体重のある人を抱えてベッドから移動させたり、入浴させたりするわけですから、相当な力仕事になります。腰などにも大きな負担をかけますから、ぎっくり腰などになる人も少なくないようです」(同)

そのうえ給料も安いということになれば、どんなにニーズがあっても人は集まらない。楽で給料が高い商売に人は流れていく。そのため景気が上向いて人手不足になれば直撃を受ける業界だということだ。

「だから介護業界は景気が良くなると、人手不足となり、倒産も増えてくるのです。そのため今年は求人難型の倒産が増えてきているのです。全体の倒産件数が減ってきている中で静かに進行しているのがこの求人難型倒産だということです」(同)

3月29日に東京地裁から破産開始の決定を受けた介護関連のコンサルティングを行っていた神奈川県のエヌ・ビー・ラボは、高齢者向けの小規模・低価格賃貸住宅の運営・管理を主力とした介護事業や看護事業に関連するコンサルティング業務を手掛けていた。遊休不動産などを保有するオーナーが施設の建築資金を負担し、この会社が一括借り上げをするというビジネスモデルで全国に営業エリアを拡大、施設数は60カ所に達し、16年9月期には売上高38億円を計上していた。

しかし介護スタッフの確保の問題で経営が暗転した。確保の遅れが開業遅延を生み、事業計画の遅れが資金繰りの悪化につながり、取引業者への支払いを遅延するようになり、一方で介護報酬の不正受給にも手を染め、行政処分を受けた。さらに税金滞納や家賃の滞納などで事業の継続が難しくなった。

沖縄の通所介護事業者でデイサービスや有料老人ホームなどを手掛けるファミリーサポート首里センターは16年3月期には近郊の高齢者などを中心に集客し3600万円を売り上げたが、人手不足などで資金繰りが悪化、16年10月には施設を閉鎖し、今年5月に破産開始決定を受けた。

大企業より中小企業が賃上げに積極的な理由

ではこうした人手不足倒産は介護業界など3K業界内での一過性のものなのか。

確かに日本は今、最長の好景気だといわれている。そのような中で人材に対する需要は高いことからこうした問題が起こるわけだが、問題はそう単純ではない。

「好景気といっても実際には本当の意味での好景気ではないのです。倒産件数が減ったのも銀行の融資が続いているためです。銀行はかつて『期限利益の喪失』という手法を使っていたのです。1回目の不渡りでは会社は倒産しません。しかしそうなると銀行は自分たちの貸しているお金が返ってこなくなる可能性がでてくる。そこで『期限利益の喪失』を理由に預金を抑えたり、担保権を実行し、生きている会社も倒産に追い込んだのです。しかし円滑化法の施行以降、それができなくなった。すると今度は悪い会社でも生き延びているところがたくさんでてきたのです」(友田氏)

それまで倒産していたような会社が政策的に生き延びているだけで実態は倒産しているのと同じようなゾンビ会社が多数あるということだ。

「だから倒産件数が減ってきているだけで、そこには潜在的な人手不足倒産が隠れているのです。着実に増えているのが実態です」(同)

東京商工リサーチは今年、「賃上げに関するアンケート」調査を行った。すると、17年4月に賃上げを実施した企業は約8割(構成比82.6%)にも上ったという。

「問題は中身です。賃上げをやっているのは、大企業よりも中小零細企業なんです。上げ幅も大きい。収益増にともなってやっているなら問題ないのですが、社員がやめないように無理してやっている」(同)

人手不足になってしまえば、受注機会の損失につながる。それでも中小企業はこれまでは残業などで人手不足を補ってきたが、残業もやりにくくなってきている。

そのため無理してでも雇用を維持していくためには体力以上の人件費を払い続けなければならなくなっている。

20年後生産年齢人口は2600万人まで減少

しかも好景気といわれている中で中小企業の2極化が急速に進んでいる。確かに47~48%の中小企業は増益となっているが、一方で42%は減益となっている。それでも倒産が少ないのは金融支援策の効果であって、景気がいいからではない。

「世間ではいざなぎ景気をしのぐ長期の好景気だといわれていますが、それは大企業から見たもので、中小企業の視点から見れば全く違う状況があるのです。だから実感なき好景気となっていると思います。そんな状況で中小企業は今、悪い方に足を踏み入れようとしているわけです」

そして人手不足倒産はまさにそのトリガーとなり得る問題だといえよう。前出の総務省統計局の調査によると、総人口は20年に1億2410万人、34年には5332万人と現在の半分以下、生産年齢人口も34年には2662万人となると予測されている。つまり働き手は今後ますます不足するということだ。

そうした中で大手は業際を超えた提携やAIなどの活用に力を入れる。

冒頭に出てきたヤマト運輸は自動運転を活用した無人の配送システム「ロボネコヤマト」の開発を進める一方、路線バスなどとの共同配送「客荷混載」などを進め、行政には積載制限の350キログラムの規制緩和を求めているという。

しかし資金力や開発力のある大手はともかく、中小企業がこうした取り組みを行っていくことは難しい。かといってこれまでのようにひたすら人件費を上げ続けていくことなど不可能なことだといわざるを得ない。

ではどのようにして経営を維持するのか。スーパーマーケットは、その草創期には「スーと出てパーと消える」と揶揄され、代表的な倒産業種のようにいわれたが、合従連衡を繰り返し、巨大企業となり競争力をつけていった。そうしたやり方も一つの選択肢だろう。

ただ、当時は高度経済成長の中で右肩上がりの成長を続けてきたが、今は人口減少で消費も減退、日本経済は縮小均衡局面に入っている。合従連衡で規模を拡大するだけでは厳しい局面を打開できるわけではない。

新しい市場を開拓できなければ生き残れない。海外の市場を開拓できる力が求められる。そのためには大企業だけでなく中小企業もまた、ダイバーシティの発想が今後求められていくのではないだろうか。

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