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ハワイの名門リゾート運営を託されたさすらいのホテルマン ―植田大介(ザ・カハラホテル現地副社長)

成熟社会を迎え、子どもの教育、就職、働き方など、さまざまな面において、これまでのやり方が機能しなくなってきた日本。難病を抱えながら息子とともにハワイに移住し、事業家として成功を収めたイゲット千恵子氏が、これからの日本人に必要な、世界で生き抜く知恵と人生を豊かに送る方法について、ハワイのキーパーソンと語りつくす。

植田大介・ザ・カハラホテル現地副社長プロフィール

植田大介

(うえだ・だいすけ)1968年生まれ。神戸市出身。父親の仕事の関係で、幼少期からサンパウロ、メキシコ、パナマで暮らす。中学、高校時代は日本で過ごし甲南大学法学部を卒業。大阪ヒルトンに就職した後、フランスのホテル専門高校に留学。帰国後、神戸のシェラトンホテルや焼鳥屋のアルバイトを経て、米コロラド州デンバー大学ホテル・レストラン学部に留学。卒業後はハワイ・マウイ島のハイアット・リージェンシー、グランドハイアット・ニューヨーク、上海のシャングリラホテル、ペニンシュラ東京、ザ・リッツカールトン日本支社など外資系ホテルを渡り歩く。2014年、リゾートトラストがハワイのザ・カハラホテルを買収したのを機に同社にヘッドハンティングされ、現地副社長に就任する。

ザ・カハラホテル植田副社長の少年時代

イゲット ご経歴を拝見すると、小さい頃からいろいろなところに住んでらっしゃるんですね。

植田 父親の影響です。父は海外志向で、僕が1歳半の時に家族でブラジルのサンパウロに移住しました。

イゲット 植田さんは何カ国語を喋れるんですか?

植田 関西弁を少々と英語です(笑)。移住した当時はポルトガル語が喋れたらしいですが、今はまったく忘れてしまいました。現地では日本人学校に通っていましたから。

イゲット 日本人学校では日本と同じ教育を受けたのですか?

植田 ハワイと同じで、現地のいろいろな企業が出資する形で学校運営がされています。教科書も日本と同じです。僕は覚えていませんが、当時を知る人によると、ポルトガル語がペラペラだったらしいです。

イゲット 13歳の時に一度日本に帰国されたんですよね。

植田 その前にブラジルから帰ってきて、小学校3年生と4年生の時は日本の学校に通ったんですが、慣れてきたころに親父が「次はメキシコに行くぞ」と。そしてメキシコとパナマで2年ずつ過ごした後、13歳の時に一時帰国しました。その時に甲南中学の帰国子女枠の入学テストに受かってしまったので、僕だけ日本に残るようにオヤジに言われたんです。その後、高校1年生くらいまで祖父母と暮らしていたんですが、あまり扱いやすい子ではなかったので高2からお寺に2年間下宿していました。

イゲット どおりで、見た目に住職感がありますね(笑)。

植田 よく言われます(笑)。六甲にあるお寺に放り込まれて、朝4時に起きて掃除したり精進料理を作ったり、学校に行く以外はお坊さんと同じ生活をしていました。ポルトガル語は覚えてないのに、般若心経はいまだに覚えていますね(笑)。お寺でもいろいろあって追い出されちゃったので、母方の祖母のところに転がり込みました。その頃からちゃんとしないといけないな、と思い始めました。

植田副社長がアメリカで望んだ街のホテルでの仕事

植田大介(ザ・カハラホテル現地副社長

イゲット 甲南大学卒業後は大阪ヒルトンに就職されましたが、どんな経緯だったのですか。

植田 当時はバブル絶頂期でどこにでも就職できたのですが、当時「HOTEL」というドラマがあって、あれを見てホテルに就職しようと決めました。

イゲット そうなんですね。最初からヒルトンに決めていたんですか。

植田 6つのホテルから内定を取っていたのですが、一番給料が安いヒルトンに決めました。ドラマの撮影が行われたのが、ヒルトン東京ベイだったからです。当時、大阪ヒルトンは外資系ホテルのはしりでした。

でも、結局大阪ヒルトンは1年半で辞めてしまいました。海外に行けるチャンスがあるかもしれないというのも入社した理由の1つだったのですが、それもなさそうだったし、ベルキャプテンになるのに20年ぐらいかかる世界で、これは待っていられないなと。それでフランスのホテル専門高校を紹介してもらいました。

イゲット フランス語はできたんですか?

植田 「ジュテーム」と「メルシー」だけでした(笑)。グルノーブル市にあるホテル専門学校に入って、いろんなホテルに研修で行かせてもらったのですが、それが楽しくて。ヨーロッパのホテルに感動してしまって、将来はフランスで古いお城でも買ってそこをホテルにしようみたいなことも考えていましたね。

研修が終わってパリで少しだけ就職活動をしたのですが、当時は特に失業率が高くて、外国人を雇うのは悪というような風潮がありました。それで学校に戻って最後の研修先として行ったのが、コートダジュールの近くにある避暑地の町でした。そこのホテルの居心地が良くて、一生ここにいてもいいと思うぐらいだったんですが、ビザの関係で結局帰国することになりました。その後は大阪ヒルトン時代の先輩がいる神戸シャラトンでアルバイトしたり、焼鳥屋のアルバイトをしたりしていました。

イゲット それから、今度はアメリカに留学されていますよね。

植田 フランスで最後の研修先だったホテルの支配人から「本当に業界で上に行きたいならシャラトンやヒルトンがあるアメリカに行け」と言われたんです。それでアメリカに行って、初めて英語学校に通うことになりました

イゲット そこで初めて英語を勉強したのですか? 驚きです。

植田 そうなんです。デンバー大学に2年通った後、プラクティカルトレーニングビザでどこかに潜り込もうとして、NYのいろんなホテルにレジュメを渡したのですが、全然ダメでした。ところが、ある日ハイアットから電話があって、就職活動をしているならシカゴの本社に面接に来なさいと。たぶん親父が動いてくれたんだと思います。当時は英語も大して喋れなかったのですが、結局話が進みました。それで、どんなホテルで働きたいかと聞かれたので「街のホテルがいい」と答えたんです。

イゲット リゾート地ではなく街が良かったんですね。

植田 リゾートのホテルに少し偏見があったんです。リゾート出身のホテリエはおっとりしていて、周囲からもそういう目で見られる部分があったので。それで担当者は街のホテルを探してくれたんですが、僕の当時の英語力では行けるところがなくて、結局行けたのが、マウイ島のハイアット・リージェンシーでした。

イゲット 当時は日本のバブル期で、日本人観光客も増えていましたからね。

植田 日本人相手のゲストサービスを最初に務めて、その間に本社からは街のホテルを探すと言われていたのですが、待てど暮らせど連絡がこない。そうこうするうちに時間が経って、僕も英語ができるようになっていったのですが、5年後にやっと電話がかかって来て「街のホテルを見つけた」と。どこかと聞いたら「聞いて驚くな。ニューヨークだ」と言うので、2つ返事でOKしました。

イゲット すごいですね!

植田 それでグランドハイアット・ニューヨークに行ったのですが、地球から火星に行ったような感覚でしたね。マウイでは1分経つのに5分ぐらい待っている感覚でしたが、NYは1分が30秒ぐらいの感覚で、それに追いつくのが楽しくて。求めていたのはコレだ!と。

ザ・カハラホテルの副社長になったのは罠か神の思し召しか

イゲット その頃は何歳くらいだったのですか?

植田 30代前半でした。

イゲット 丁度仕事が面白くなる年齢ですね。

植田 アジア・パシフィックを専門にするマーケットの営業はそれまでいなかったので、マウイで少し手掛けたことがある僕に声が掛かったんだと思います。アジア地区の営業担当になって、最終的には国連の担当になりました。

ところが、9.11の同時多発テロが発生して、僕の持っていた団体さんが全部キャンセルになって、部屋代だけで6千万円くらいの損失を出す経験をしました。誰も飛行機に乗らなくなって、普段700ドルの部屋代を100ドルにしても予約が入らない。なんとか食いつないでいましたが、結局、2年間連続で目標が未達だったので契約が終了しました。向こうは分かり易くて、営業の場合は数字さえ出していれば何も言われないけれど、出せなければクビになります。

契約終了になるとビザも切れるので、どうしようかとう思っていたタイミングで、今度は香港のシャングリラホテルから連絡があって、お前みたいな人材を探している、と。ちょうど上海万博の担当営業を探していたところで、大きな国際会議などを担当していた経験が買われたようでした。それで、妻と娘と共に上海に住むことになったんです。

イゲット 上海の環境は過酷だったのでは?

植田 外出したら鼻の穴が真っ黒になるような環境でした。仕事は楽しかったんですが、2人目の娘が喘息になってしまって、医者からはこのままだと慢性化すると言われました。それで、シャングリラを辞めて東京に帰って転職活動をしていたら、当時のペニンシュラ東京の総支配人がもともとハイアットの人間で、彼から誘われました。

イゲット ホテル業界のネットワークってすごいですね。

植田 その直後にリッツカールトンからも誘いが来ていたんですが、ペニンシュラに入ったばかりだったので1年待ってくれと言ったんです。そうしたら、本当に1年後に電話がかかって来たので嬉しく思って、リッツカールトンに入社しました。

実はそのときすでに、妻と子供たちはハワイに住んでいたんです。子どもたちのために日本のインターナショナルスクールを探したのですが、授業料が高いのと、学校では普通に日本語で話している様子を見て、これはダメだなと。妻と子供は移住資格があったので、カハラタワーズに住まわせていたんですね。

そんな中、リゾートトラストがザ・カハラホテルを買収するという発表があって、リゾートトラストに務めていたヒルトン時代の上司から、現地副社長としてのオファーが舞い込んだんです。もう、罠なのか神の思し召しなのかよく分からない話です。

イゲット えー!

植田 行こうかどうか、最後まで悩んだんですが、東京での単身赴任にも飽きたので契約書にサインして入社しました。

イゲット ハワイの中でも日本の会社がカハラを買うのは衝撃でしたからね。それにしても、凄い話ですね。

成熟社会を迎え、子どもの教育、就職、働き方など、さまざまな面において、これまでのやり方が機能しなくなってきた日本。難病を抱えながら息子とともにハワイに移住し、事業家として成功を収めたイゲット千恵子氏が、これからの日本人に必要な、世界で生き抜く知恵と人生を豊かに送る方法について、ハワイのキーパーソンと語りつくす。

現地従業員にも夢を見させたいと考える植田大介氏

イゲット ホテル運営はチームプレイが重要だと思いますが、アメリカ人の従業員をまとめるのは難しくないですか。

植田 NYでは難しかったですが、ハワイは日系文化も浸透しているし、アジア系も多いので比較的楽ですね。

イゲット ただ、カハラホテルはワイキキから少し離れた場所にあるし、文化の違いも理解したうえで運営しなければならないので、難しい部分はある気がします

植田 その点では、リゾートトラストは難しいホテルを買ったな、とは思います。

イゲット 私たち現地の人間は、カハラホテルがどう変わるのか楽しみにしています。日本の会社が買ったことでどういう形になっていくのか。

植田 いったんは日本でのサービスを全部持ち込もうとしていましたが、こちらの土壌が準備できていないため、できないこともありました。ですから、たくさん試行錯誤して、現地の従業員に自由な発想を持たせてやってみて、間違ったら修正すればいいという体制に持って行きました。

イゲット 人材育成やソフトの面でも、日本と違う部分が多いですからね。

植田 世界的に中堅のホテリエは人材不足になっていて、若い人たちが目指す業界ではなくなっています。われわれ中堅の人材が、若い人たちに夢を見させることができなかったことも理由の1つです。ホテルは初めのうちは給料が低くて、夢はあってもそれに耐えられる人がなかなかいません。

イゲット アメリカのホテル業界はヘッドハンティングも盛んですよね。

植田 中堅以上はそうです。ホテル業界は横のつながりが強く、人の出入りが激しいので安定しないという特徴があります。日本ではなかなか理解されない仕組みですね。こちらでは、やはり人を育てなければいけないということで、10人ほどごぼう抜きでナンバー2に抜擢した人材がいます。

やはり夢を見させてあげないといけませんから。彼はプリンストン大学を出ていますが、どちらかといえば「出る杭」だったので言いたいことを我慢していたところがありました。僕は3年間彼を見ていて、前のナンバー2が退社した後にチャンスをあげることにしました。意思決定機関である、エグゼクティブコミッティにも参加できるようにしました。

植田大介氏の人材育成に対する信念

イゲット 以前、カハラホテルを投資会社が買ったときに、私はそこのスパスウィートで働いていました。その前はハレクラニにもいたんですが、正直、ハレクラニのほうが人材育成にお金をかけているなと感じていました。投資会社が運営していたときは人材育成に力を入れていなかったので、従業員は可哀想でした。

植田 日本でホテルに勤めている若い子たちは、仕事に対して夢を持ちたいと思っていますが、こちらでは仕事は生活の手段と割り切っている人が多いと思います。仕事に対する考え方にはギャップがありますが、それでもハワイの人たちに夢を見させてあげれば、自分もやってみようかなと絶対に思うはずなんです。お客様にありがとうと言われて嫌な気持ちになる人はいないですから。

イゲット ハワイは観光業がメインの島だから、ホテルの仕事に関わっている人も多いですからね。

植田 ただハワイは生活費が異常に高いため、仕事ができる人はアメリカ本土に行ってしまうという問題があります。ハワイでは人材が育てにくいし、育てても出て行ってしまいがちです。だから人材育成に力を入れるのは、リスクが高いことでもあります。ハワイ大学にも観光学科がありますが、卒業生はどこで何をしているのか、ウチには全く来ないんですよ。

イゲット やはり、お給料の良いメインランドの企業に行ってしまうんでしょうね。

植田 良い人材はちゃんと掴んでいかないといけません。

イゲット 日本は優秀な人に対する人件費が低すぎると思います。

植田 優秀な人に対しては、それなりの報酬を払わなければ来てくれないということに、慣れていないんですね。

カハラホテルもビジョンを持てば世界ランカーになれる

イゲット千恵子と植田大介イゲット 私は、世界の子供はこんなふうに育てられているということを伝えたくて『経営者を育てるハワイの親、労働者を育てる日本の親』という本を出したので、ぜひ読んでみてください。今、子育てをしている親御さんやお孫さんに買っていただいている方もいるようなので、嬉しく思っています。

植田 日本の教育はリーダーを育てようとは全くしていなくて、大企業もしもべが欲しいところばかり。それは、日本で過ごした小学3年生、4年生の時と、大学生時代に強く感じました。

イゲット 優秀なサラリーマンを育てる教育を、私たちは受けてきたんだなと思います。ビジネスの世界に入った時に、その影響がどれだけ出るかというのを知ってほしいです。

植田 細やかなところは日本人の素晴らしさですが、それが理解できるのはおそらく日本人だけなんです。外国人は「すごいね」とは言うけど、決して自分たちが真似しようとは思わない。細かいのは良いことなんですが、いわゆるグローバルスタンダードではないことは知っていただきたいです。

たとえば、なぜ人材を採用する側が応募者の細かいところにこだわるかといえば、採用する側もマニュアルに沿っているに過ぎないからなんですね。誰が作ったマニュアルかは知りませんが。

イゲット 今後は日本でも能力ある人が転職してキャリアを積んで、給料が交渉次第で変わっていくような世界になるかもしれないですね。

植田 その方向性を分かっている方たちも既に結構いて、例えばソニーさんは人材採用を自由にやらせるし、金も出すし、さすがだなと思います。

イゲット ソニーさんは社会貢献活動への寄付の意味もよく知っている会社ですからね。

植田 そういう会社が日本には少ないんですよね。

イゲット カハラホテルは規模も大きいので、植田さんが抱えている責任も大きいですね。

植田 カハラホテルは、世界ランカーに絶対なれるはずなんです。そのようなホテルにしていきたいので、きちんと人材を育てて、ビジョンをしっかり打ち立てていきたいと考えています。

イゲット 植田さんの人生は一冊の本になりそうなくらい波乱万丈ですね。

植田 こんなにたくさんの試練を貰う人もいない気もしますが(笑)。

イゲット それは、少年時代にお寺に住んだところから始まっているのかもしれないですね(笑)。

植田大介氏の夢とは

イゲット 先に海外に出た人間として、自分たちが生まれた日本を応援したい気持ちは強く持っています。今後、日本で育つ子供たちを世界で生きていけるようにしたいな、と。

植田 ただ、水を差すようですが日本にずっといては無理だと思います。外に連れていって特殊な環境に置かれないと人は成長しません。

イゲット 今後の夢について教えてください。

植田 最終的な夢は、自分が死ぬ間際に枕元にいろんなホテルで活躍する5人以上の弟子がいて、「自分は植田大介に学んで頑張ってきました」と言ってくれることですかね。

イゲット では、これから5人育てないといけないですね(笑)。

植田 まだそこまできていないですからね。ただ、カハラに携わることができて本当に幸せですし、ホテリエが世界に何人いるかは知りませんが、その中でも結構楽しいことをさせていただいていると思います。感謝ですね。昔はカハラの名前が世界にとどろいていたので、もう一度「ハワイならカハラだよね」と言われるようにしたい。そうなれば、僕のカハラでの仕事は終わります。

イゲット すごく楽しみです。

植田 うちの会長には「日本人を3割以上には絶対にするな」と言われました。世界で戦うんだと。それにはすごく感銘を受けました。ハワイの高級ホテルは世界中の人から見てもらっていますから、世界に名をとどろかせるための土壌は既にあるんです。あとはいかに良い人を育てるか、いかに見せていくか、そして見せたことを実行できるか、だと思います。

イゲット千恵子(いげっと・ちえこ)(Beauti Therapy LLC社長)。大学卒業後、外資系企業勤務を経てネイルサロンを開業。14年前にハワイに移住し、5年前に起業。敏感肌専門のエステサロン、化粧品会社、美容スクール、通販サイト経営、セミナー、講演活動、教育移住コンサルタントなどをしながら世界を周り、バイリンガルの子供を国際ビジネスマンに育成中。2017年4月『経営者を育てハワイの親 労働者を育てる日本の親』(経済界)を上梓。

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