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自民党総裁選で3選を果たした安倍首相を待つ茨の道

総裁選に勝利をおさめ、安倍政権がスタートした。自民党の規定で今後これから3年総裁に就く。自民党の総裁イコールそれは首相を意味し、政変による退陣などがなければ安倍首相は今後3年間、そしてトータルでは9年間という歴代最長の首相となる。だが、それは決して楽な政権運営ではない。最後の3年間というのは、言い換えれば、安倍首相は当選した瞬間からもう次はないということになる。3期目の安倍政権の行方を展望する。

自民党総裁選挙に勝利した安倍晋三首相(左)と敗れた石破茂氏

自民党総裁選挙に勝利した安倍晋三首相(左)と敗れた石破茂氏

安倍首相が3選を決めた自民党総裁選を振り返る

総裁選の結果を受けどう対応するかが分かれ道に

総裁選終了後、自戒を込めて、「喜んではいられない」と話すのは、安倍首相の出身派閥、細田派のベテラン議員だ。

「次はないということは、実は今後安倍首相にどれだけ取り入っても、将来自分の保身や出世のためには何もならないということでもある。アメリカの大統領を見れば分かる。1期4年は絶大な力を発揮するが、2期目に入ると急にレームダック化して力を失う。それと同じ。安倍首相も今後求心力は明らかに落ち、ポスト安倍をめぐっての動きが顕著化することは間違いない。その中で権力を維持して行くというのは極めて厳しい作業の連続だ」

3選直後から、安倍首相は早速精力的に動き始めてはいる。

国連総会に出席し、そのタイミングで日米、日韓首脳会談で北朝鮮の核問題を確認し合う「外交の安倍」をアピール。内政では、防災・減災会議の指揮を執った。このほか「憲法改正をやり遂げる」「将来の社会保障を3年間でやっていきたい」などなど。

ただそれも、前出ベテランは「ポスト安倍を狙う面々やキングメーカーたち、それに官僚も『どうせ次でオワリ』とみんながこれまでのように協力しなくなる」と話す。

安倍首相のこれからは、総裁選の結果をどう総括し、どう対応するかが「分かれ道」(前出ベテラン)と言ってもいいだろう。

石破茂氏は自民総裁選の投票結果をどう受け取ったか

■ 国会議員票(405票)

安倍晋三 329票

石破茂    73票

■ 党員票(ドント式、405票)

安倍晋三 224票

石破茂  181票

■ 得票総数

安倍晋三 553票

石破茂  254票

さてこの投票の数字をどう見るかだが、「勝った方はなおさら謙虚に受け止めることが、その後の求心力に大きく関わってくるというのが勝者の最も注意すべき点」(自民党議員OB)だ。

マスコミは、この結果を「石破氏の善戦」「健闘」と報じるところが多かった。石破氏サイドはどうとらえたのか。

「石破さんにとって今回の総裁選で大事だったのは勝ち方ではなくどんな“負け方”をするのかということだった。安倍首相にとって今回の総裁選は一回きり、落ちたら首相も何もかもすべてが終わるという戦いだった。しかし、石破さんは向こう3年を見据えた戦いで、選挙の意味が違った。安倍首相が3選したからといって、途中で退陣することも十分ある。そのときにカバーするのは今回一定の票を証明した石破さんということになるわけでそれだけの得票だった。議員数もマスコミの下馬評の50を超えたし、何といっても党員票は55%対45%で大接戦。総数でも8割の圧勝を公言していた安倍さんは7割にもいかなかった。これは決して無視できない数字。向こう3年を見据えれば存在感を示した石破さんの勝利と言える」(石破氏最側近議員)

自民党のガバナンスと意思疎通の問題が浮き彫りに

一方の安倍首相サイドはというと、安倍首相を支持してきた実力者たちからは、「勝ったことがすべて。(いろんな意味を)後付けするのはマスコミ」

「どこが善戦なんだ。(善戦と報じたメディアに)ぜひ聞かせてもらいたい。いろんな新聞が書いているけど、よく選挙を知らない人が書いているのか、よく分かっていない人が書いているのか」などといった皮肉が飛び出した。

これに対しては石破氏も即反論した。「党員の45%が(自分を)支持した。『善戦ではない』というのは党員の気持ちとずれが起きているのではないか。表れた結果を冷静に謙虚に見る姿勢は常に問われることだ」。石破氏の言うとおりだろう。

自分のポジションや力学など永田町的な判断をしがちな国会議員の票の傾向と、かたや世論に近い党員が安倍首相ではなく石破氏をここまで支持しているという票の傾向が乖離し食い違っているのは、自民党として深刻に受け止めなければならないのではないか。自民党のガバナンスや、トップから現場までの意思の疎通という問題だからだ。特に来年の統一選や参院選へ向けて、結束できるのかという大変な問題だ。

安倍首相は、外遊も結構だが、できる限り地方行脚をして、党員としっかり膝詰め対話を行い、何が足りないか、どこを批判されているのかを知る努力が必要ではないか。「(石破の)どこが善戦なんだ」などと言っている場合ではないと思う。

麻生、二階、菅の3氏はどう動くか

レームダック化の中で最も厄介なのは人事だ。ポスト安倍へ向けて次第にきうごめき出すであろうキングメーカーたちの存在があり、これとどう向き合って行くかということだ。

その面々とは、例えば麻生太郎氏、二階俊博氏、菅義偉氏の3人。これまでは政権を支える強力な支援者だったが、安倍首相に次はもうないとなればまた違ってくる。細田派幹部は言う。

「ポスト安倍は現実的な段階に入る。そうすると麻生さんはかねてから唱えていた大宏池会構想で今回出馬しなかった岸田文雄氏の岸田派を取り込んで党内第一派閥になり、岸田氏や麻生派の若手の河野太郎氏らを総裁候補にして動く可能性は十分にある。二階さんも同じこと。自分の派閥に総裁候補がいないことから次は誰を立てるのかなど考えながらこれもまた是々非々で反安倍で動くことだって十分考えられる」

さらに菅氏はどうか。

「菅さんは、河野氏や小泉進次郎氏などの名前を懇談の場などでは出しています。安倍首相の最後を見据えて、ある時期からキングメーカーとして徐々に動き始めるでしょう」(菅氏に近い無派閥議員)

そこへ、今回の総裁選で存在感を見せた石破氏もポスト安倍で動く。今後も安倍首相の政策や外交、憲法改正の動きなどに反主流派的な発言を続けるだろう。また、今回が最後の内閣改造になる可能性もあり、安倍首相を支持しながらも入閣できなかった待機組は不満を募らせ、「スキャンダルで内閣支持率など下がれば、彼らは反安倍になる」(竹下派幹部)。

こうやってみると、安倍首相としては、キングメーカーの3人の動向を常にケアしながら、同時に各派閥に支えてもらうためには均衡な人事配置に注意を払うなど、今後3年間権力を維持するために、党内に常に気を遣い、人間関係や人事においてグリップし続けることを迫られるということになるだろう。本来なら、次の時代に政治を引き継ぐために、若手を登用したり、ポスト安倍を全員要職に就けて競わせるなどといった思い切った人事だってあるべきなのだろうが……。

安倍首相と政権運営の今後はどうなるか

改憲、外交の打ち出し過ぎが裏目に出る可能性

こうして、人事でグリップしながら、安倍政権は政策的に一体どんな総仕上げをするのかということになるが、その道のりもまた厳しそうだ。

まずは、安倍首相が声高に叫んでいる憲法改正。

安倍首相はかつて「保守とは何か」という私との一対一インタビューで「憲法改正は政治家としての信条。自分が首相でなくても誰かを立ててでもやり遂げたい」と強い意志を示したほどで、改憲を成し遂げるという歴史的な仕事に挑み続けることは、一方で求心力を維持して行くという狙いもあるのだろう。

総裁選を通じ、また勝利後も、「改正案の提出時期について秋の臨時国会を目指す」「当選後の3年でチャレンジをしたい」などと主張しているが、実現は厳しそうだ。なぜなら、自民党の草案をまとめて国会の憲法審査会に持ち込んだとしても、そこには公明党という大きな壁が立ちはだかるからだ。

改憲の発議に必要な衆参3分の2という数を考えても、公明党の協力なくして前へは進めない。ところが、公明党はいま、来年の統一地方選挙と参院選にすべての照準を合わせていて、改憲はノーなのである。

「去年の総選挙で大敗したことは党内や最大の支持団体の創価学会では相当深刻。党の再建のためには来年の2つの選挙は絶対に勝たねばならない。特に参院選は前回2016年同様に、新たに愛知、兵庫、福岡も候補を立てる。すべてで必勝のためには、平和や福祉の公明党という看板を死守して行く。憲法9条改正などは、選挙が終わるまでは自民党の改憲案と折り合うことは絶対にないし国民投票などに持ち込むこともあり得ない」(公明党幹部)

そもそも来年の参院選で野党が1人区などで結束し自民党や改憲勢力が議席を減らすことにでもなれば、参院での発議の数さえ確保できず、次の参院選22年まで先送りとなってしまう。

自民党ベテラン議員は「改憲、改憲と声高に叫んできたが、それができなかったときに、一気に求心力を失う。(改憲は)もう少しトーンを弱めた方がいいが、安倍さんはそれが求心力になるとカン違いしている」と話す。

次に、安倍首相が長期政権の成果と胸を張ってきた外交も、改憲同様裏目に出る危険性をはらむ。

安倍首相が「強い信頼関係を築いてきた」と自慢してきたロシアのプーチン、アメリカのトランプの両大統領だがこのところ、その信頼を疑うようなやり取りが目立つ。

9月に行われたウラジオストクの東方経済フォーラムの全体会合では、衆目の中プーチン大統領が領土問題棚上げを意味する発言をして同席していた安倍首相はその場で反論さえせずに終わった。

トランプ大統領は、3選後の訪米の際、2人で食事会をするなど緊密ぶりは演出されたが、一方では貿易不均衡を是正せよと日本に容赦なく迫る姿勢が顕著になってきた。

プーチン発言については自民党の議員からでさえ「結局プーチンは経済支援などが欲しいだけ。領土問題で譲ることなどないことが分かった。何でも言い合えると言っていたのに、あの瞬間何も言い返せないとは……」(外務政務三役経験者)と批判も出てきているほどである。

このほか、「直接金正恩委員長と会う」などと語る安倍首相だが、北朝鮮外交も手詰まり感は否めない。このところ圧力路線から、アメリカに追随する形で対話も含む路線に変更しているが、「北朝鮮とのパイプについては正直なかなか苦心している」(外務省幹部)という中で拉致問題解決などメドは立っていない。安倍首相の発言も、総裁選の際には「安倍政権の中で拉致を解決するとは言っていない」など揺れてきた。

「外交も改憲と同じで、外交の安倍を言い過ぎて逆にうまく行かないと『口ばかり。なんだ!』ということになる」(前出ベテラン)

アベノミクスへの回帰も安倍政権の選択肢の1つに

そして経済政策。

長期政権の看板としてきたアベノミクス。俗に異次元緩和と言われる大幅な金融緩和策を軸とするが、日銀が目標としてきた2%の物価上昇はいまだに果たせていない。負の産物として、低金利で金融機関の収益が悪化し、あのメガバンクでさえリストラなど人員削減に向けて準備を始めているという。

安倍首相も、総裁選の討論会で、「(金融緩和策については)ずっとやっていいとは全く思っていない」と話し、3年以内に、出口戦略を模索する考えを示したが、道筋は見えていない。

さらに、19年10月には、消費税が現在の8%から10%に引き上げられることになっている。安倍首相は、「来年予定どおり引き上げていきたい。ただ軽減税率も今回行う。そして今まで8割を借金返しに使っていたが、半分は子育ての支援のために使う。だからマクロ的な衝撃は少ないと思う」と話しているが、今後も、消費税を本当に引き上げるのか、その是非や使途などについて、来年その直前に行われる参院選戦略も絡んで、議論が本格化することになるだろう。いずれにしても、経済もまた安倍首相にとっては難しい舵取りだ。

「アベノミクスを引きずっていることはよくない。しかし、むしろ逆に、アベノミクスに戻るという、インパクトの強い逆転の発想もある。それは、第3の矢だ。金融緩和と財政出動と2の矢までは放ったが、第3の規制緩和とあとは民間に任せるという部分は中途半端に終わっている。今、もう一度反省と原点に立ち返って、徹底して規制緩和するというのは狙いとしては悪くない」(安倍首相の経済ブレーン議員)

「少子高齢化は絶対に止まらないのは分かっている。東京オリンピック後にはお祭りのあとで経済状況の悪化は十分予想される。今必要なのはそうした厳しい時代とどう向き合うかを国民と正直に話し合って、厳しいことも言って、増税と社会保障、また働き方改革政策などを示す必要がある。生産性とかGDPとか、おいしい甘いことを言うのは逃げではないか」(石破派幹部)

明らかにこれまでの総裁2期とは違う力学で政治は動いて行くだろう。安倍首相にとっては一切気の抜けない政権運営になりそうだ。

鈴木哲夫(すずき・てつお):1958年生まれ。フジテレビ政治部、日本BS放送報道局長などを経てフリーに転身。20年以上にわたって永田町を取材し、豊富な人脈で永田町の人間ドラマを精力的に描く。近著に『最後の小沢一郎』(オークラ出版)などがある。

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