経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

さるぼぼコインが地域を潤す!飛騨信用組合の挑戦

古里圭史氏(飛騨信用組合常務理事)

人口減少に高齢化。地方が抱える課題は日々深刻になっている。加えて金融業界にとっては2016年より始まったマイナス金利政策が大きな打撃となり、業態の変革が急務となった。メガバンクが苦戦するなか、地域に根付いた信用組合の取り組みが注目されている。なかでも地域電子通貨「さるぼぼコイン」を運営する飛騨信用組合の取り組みは他に例がない。これまでの取り組みはどのようなものだろうか。

さるぼぼコイン誕生の背景

決済システムの未整備で観光需要を取りこぼす

現在、飛騨信用組合が注力しているのが地域電子通貨「さるぼぼコイン」。この先進的な取り組みの裏には、組合を取り巻く2つの課題があった。

まずは組合経営。マイナス金利政策の影響で、飛騨信用組合は大きな変革を迫られ、新たな収益を確保できる分野を見つける必要があった。そこでフィンテックに注目した。

一方、地域社会にも課題があった。飛騨地域は観光需要が大きい。

しかし、観光で外需を取り込み、稼いだものは地域の中から逃さないように回さなければならないのに、実際はそうなっていなかった。アンケートの結果を見ても、高山に来た観光客の不満の上位には、電子決済・クレジット決済ができなかった、ということが挙げられていた。

つまり決済システムがないが故に売り上げを取りこぼしていたのだ。さらに、地域の商店街は衰退し、地元の産業も弱くなっていた。そこに全国展開をしているような資本力のある飲食チェーンや家電量販店が入ってくることで、域外への資金流出が拡大。そんな状況があった。

「入ってくるはずの外需も取りこぼしていますし域内もバケツに穴が空いてるような状態で、蓄えた価値が域外に漏れていく状況をなんとかしたいと思っていました」(古里圭史・飛騨信用組合常務理事)

こうした課題を背景に、さるぼぼコインの構想が練られる。その際、新サービス実現のために土台となったのが組合が始めた「さるぼぼ倶楽部」という会員組織で、地域の中でお金を回そうという発想のベースになった。

もうひとつが「さるぼぼ割引券」の配布。これも前述のさるぼぼ倶楽部加盟店で使用できる割引券で、13年からは、組合員の決算賞与としても配布を開始し実質的な地域通貨となっていた。

こうした決済の領域に入っていきたいという組合経営の課題。外需を漏れなく受け止め、かつそれを地域通貨として地域で回したいという地域社会の課題。その両方を解決しようとさるぼぼコインが誕生した。

さるぼぼコイン

2017年12月のサービス開始以来、地域に浸透したさるぼぼコイン

静的OR方式の導入で加盟店のコストを下げる

地域通貨が地域経済に価値をもたらすロジックは、地域内乗数効果といわれる。

これは、地域通貨が盛んに利用され流通していくことで地域の中に価値が生まれていくという考え方。だから利用者が店舗でさるぼぼコインを決済に使用したとしても、加盟店がすぐに現金に払い戻しをしてしまっては通貨の流通が促進されない。さるぼぼコインには、地域内乗数効果を生み出すためにB2Bでも活用できる制度が組み込まれた。

「加盟店さんがさるぼぼコインを現金化するとき、1.5%の換金手数料がかかります。ですが仕入れなどB2Bで使う場合は0.5%の支払手数料で済む。こうして傾斜をつけることで循環を促しました」(古里氏)

さらに、より普及させ地域内乗数効果を生み出すために徹底的に加盟店の導入コストを下げようと考えた。その結果、用いたのがQRコードを使った決済の仕組み。しかも一般的な決済手順とは異なり、静的QRの利用者読み取り方式と呼ばれるやり方だ。

これは、加盟店側に加盟店の情報だけが入ったQRコードを紙もしくはシールで組合が用意して、それをユーザーがスマホで読み取る。そしてユーザー自らが金額をその場で入力し、お店側の確認を受けて決済を完了するというもの。

この方法ならば加盟店側の初期導入コストを限りなく下げられる。加えて、決済手数料も基本的にはゼロにし、換金手数料も1.5%かかるものの、通常のクレジットや電子マネーより大幅に安く設定した。

結果として、加盟店にとってはほぼ無料で決済インフラが使用でき、決済手数料も安いサービスとして幅広く受け入れられた。

現在、高山市内では至る所でさるぼぼコインが使える。サービス開始当時、この静的QRというやり方を商用で面的に展開した前例はなかった。

「今でこそPayPayやLINE Payにも同じような仕組みがありますが当時は絶対に浸透しないと言われていました」(古里氏)

さるぼぼコイン導入の効果と今後の課題

アリペイとの提携で決済手数料が入る仕組みに

この選択は思わぬ結果も生んだ。

18年8月、組合は中国の大手決済サービス・アリペイと提携を結んだ。静的QRというやり方は中国でも拡大しており、アリペイもこのやり方を導入していた。アリペイが日本で展開する場合、読み取り用の端末をセットで普及させるという手法を取る必要があり、苦戦していた。

一方で、飛騨地域では既に静的QR方式が浸透していたため、展開コストが少ない。しかも、それが直接契約につながったのだ。直接アリペイと契約をし、組合がアリペイ加盟店の管理業務を行う「アクワイアラ」という位置に入るということでイニシアチブも取った。組合がアクワイアラになることは、決済手数料は飛騨信用組合に入ってくるのだ。

「われわれは地域の中の金融を再分配する仕組みですから、アリペイの決済手数料を原資にして、さるぼぼコインのインフラを支える費用や、さまざまな金融サービスに還元していくということをやっています。地域の金融機関としては譲れなかったポジショニングです」(古里氏)

さるぼぼコインの普及は、前述の2つの課題に対しても結果を出している。

組合経営の面では、新規の口座開設件数の増加という効果を生み、地域課題への効果としては、域内での消費促進がなされ、さるぼぼコインが使えるからこの店で買おうといった消費動向の変化はユーザー側で生まれつつあるという。

さらに行政との連携を進めたことで飛騨市では、水道料金、市民税、県民税、固定資産税、自動車税など、市で支払うすべてのものにさるぼぼコインが使用できるようになった。

一番の課題は利用者のメンタリティ

こうしてみると非常に順調に見えるが、トップランナーだからこその課題も見えてきた。

まず、加盟店とユーザーの利益が相反すること。ユーザーとしては使える場所、加盟店が多い方がいい。

一方で加盟店側としては、当然事業者を絞るべきだと考える。域内、域外で優位性を獲得できたかのように見えても、やがて加盟店が増えれば域内での競争が待っているからだ。経済圏に加える加盟店選定のバランスは難しい。

他にも、加盟店側に比べてユーザー側のメリットが伝わりづらいということがある。地域通貨のコンセプトが、「域外の資本のところで買い物をしてもらうよりも域内の店舗で消費を促進しよう」ということで、加盟店側の実利と一致する。

しかしユーザーとして個人へのリターンが見えづらい。PayPayやLINE Payが大幅な還元など大規模キャンペーンを行いユーザーの囲い込みを計っているのと比べるとお得感が少ないのだ。

加盟店にとってはさらに、外需をどんどんと取り込める地域なら問題ないが、域内だけで回そうと考えた場合、従来の現金で決済してた層がさるぼぼコインを使うことで1.5%の換金手数料がかかり、売り上げが減ってしまうという課題も見えてきた。

他にも、B2Bでの利用が広がらない理由として、前述したようにB2B間の決済手数料と換金手数料の間に傾斜があるため、現金への払い戻しがババ抜きのババのような構造になっている。

こうした課題から見えてきた今後の戦略としては、売り上げの純増につながる外需の取り込みが鍵になる。

加えてソフト力の向上も欠かせない。さるぼぼコイン加盟店が地域の中で広がり切った時、ソフト力が弱いと選ばれなくなってしまうからだ。そして何よりユーザーのメンタリティの変化が求められる。一見すると大手サービスに比べ実利が少ないかもしれないが、地域経済を維持することに貢献していることを実感することができれば深く浸透する。そしてそこが今後の鍵を握る。

「システムの変革は簡単ですが、人々のメンタリティを変革するのは難しい。今後はそこが大きな課題になります」(古里氏)

地域通貨のトップランナーである飛騨信用組合が今後どんな展開を見せるのか注目だ。

飛騨信用組合・古里圭史氏インタビュー

古里圭史氏

(ふるさと・けいし) 1979年生まれ。早稲田大学卒業。2005年株式会社スクウェア・エニックス入社。2007年有限責任監査法人トーマツ トータルサービス1部入所。上場企業・非上場企業の会計監査業務、ベンチャー企業に対するIPO支援業務、内部統制構築支援業務等に従事。2012年10月に地元、飛騨・高山にUターンし、地域密着のコミュニティバンクである飛騨信用組合に入組。融資部企業支援課長、経営企画部長を経て現職に至る。慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任准教授。ForbesJapanローカルイノベーターズオブザイヤー2018にてグランプリを獲得。

―― ユニークな取り組みが注目されています。

古里 飛騨信用組合は岐阜県高山市に本店を構え、高山市の他に、飛騨市、白川村を営業エリアとしている金融機関です。信用組合や信用金庫は「協同組織金融機関」という業態の金融機関であり、特に信組は、預金をお預かりしたり、貸し出したりする金融サービスの受け手は地元の事業者でなければいけないと業法で定められているのが特徴です。

仮に飛騨市の人口が年々減少していった場合、ストックビジネスとしては当然収益が落ちていきます。全国展開していたり、中部エリア全体を営業エリアにしている金融機関でしたら、ATMだけ残して店舗は撤退するという選択肢も株主価値を最大化する方策としては当然あり得ます。

ところがわれわれは2市1村、11万人の経済圏を離れることができません。このように明確に地域の機能の一つとして存在しているというのが、一般的な銀行と大きく異なるところです。地域が衰退すれば預金も貸金も減少していきますし、自治体も存続できなくなるかもしれないという危機感の中でさまざまな施策を行っています。

―― さまざまな施策に取り組むきっかけがあったのですか。

古里 3年前に作った中期経営計画に経営理念としてCSV経営を掲げました。これは自分たちの利益だけ追求するのではなく、地域、利用者の価値を一緒に生み出していく経営方針です。

もともと相互扶助などの考え方は、信用組合に備わってる経営の在り方、根本の理念でした。これを再定義することで、銀行とは違う自分たちの在り方に気づき、何をしなくてはならないのか、考えるきっかけになりました。そこからさまざまな施策への挑戦を積み重ねてきました。

まず、よろず相談所「BizCon.HIDA(ビズコン飛騨)」の設立です。これは事業者さんにとってのなんでも相談所。事業者さんにとって援助になる仕組みは数多くあるのに、ワンストップで解決できる場所がありませんでした。例えば補助金や助成金など市の制度については市の窓口、商工会議所が行う支援については商工会議所の窓口という具合です。

県にはひとつずつ中小企業庁主導でよろず相談拠点というものが設置されていますが、飛騨高山というエリアは県庁所在地の岐阜市から電車で2時間かかります。飛騨の人たちが気軽に尋ねられる窓口を作りたいと思い、設立しました。

次に金融機関のなかでいちはやくクラウドファンディングのプラットフォーム運営を自前で行っていきました。「FAAVO飛騨・高山」という地域密着型のクラウドファンディングプラットフォームです。2014年8月にリリースし、19年3月31日時点での実績として46件のプロジェクト支援を行いました。金額としては1800万円ほどの資金調達を行い、3千人以上の方が支援をしてくださっています。

3つ目が「飛騨・高山さるぼぼ結ファンド」という地域活性化ファンドの組成です。信用組合が株式や社債を引き受けるというのは難しいのですが、ファンドの管理・運営を担うために100%の子会社を設立することで、飛騨・高山地域の活性化に資する事業者に対し、出資や社債引き受けを行い事業の成長を支援しています。こちらはクラウドファンディングよりも中長期の資本性資金を拠出する仕組みです。

具体的な事例としては、第1号ファンドで新たな地域産品「飛騨とらふぐ」の養殖施設投資を行いました。海のない岐阜県ですがミネラル豊富な地下水を利用することで海の幸の養殖に成功しています。他にも屋台村「でこなる横丁」の資金支援を行ってきました。

支援はお金だけではありません。人の面からも支援を行いたいと考え、インターンシップにも取り組んでいます。これは短期的な就労型のものではなく半年から1年という中長期の実践型インターンシップです。域外から優秀な若い学生を受け入れ、地元の中小企業に派遣する。そこでひとつのプロジェクトに取り組むものです。

その中でも特に、電子地域通貨「さるぼぼコイン」に現在、力を入れているところです。域内経済の地産地消を実現するためには、その地域の中で作った「価値」を域内で伝播する通貨の仕組みが必要になると考え、地域通貨の電子事業としてさるぼぼコインの展開を17年12月4日にスタートしました。

サービス内容はQRコードを活用したスマートフォンでの決済ツールで、スマホのアプリからコインをチャージして、それを加盟店で決済に使うものです。

導入から約1年半、19年3月末で加盟店が922店舗、累計コイン販売額が6億円、ユーザー数は約7400人に達しました。922店舗という数字は、域内でB2Cをやってる事業者さんの事業所数を分母に取ると20%を超える普及率に達しています。

―― 幅広い取り組みですが、軸にしているものはありますか。

古里 これらは「育てる金融」という構想に基づいて試行錯誤していった施策です。これまでのお客さまとの接点というのは、基本的にある程度事業が軌道に乗っていて、一定の事業規模に成長しているところにお金を出させていただいているというケースが多かった。非常に接点が狭かったんです。

そこを事業が種から芽吹いていく、その過程をすべてカバーできる金融サービスや資本性のお金を出せるファンドなどをそろえていった形です。

信用組合だからこそ果たすべき役割を自覚し、今後もさまざまな施策に挑戦していきたいと思っています。

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