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ソチ五輪の開幕に向けてロシアがテロ対策に神経を尖らせる理由とは

二宮清純の「スポーツ羅針盤」

厳重なテロ対策を敷くソチ駅周辺(写真:時事)

厳重なテロ対策を敷くソチ駅周辺(写真:時事)

 昨年末、ロシアではテロが相次いだ。冬季五輪開催地のソチから約700㌔北東のボルゴグラードでは、駅舎に続いてトロリーバスが爆破された。この2つの自爆テロだけで、30人以上の死者が出た。

 イスラム過激派の犯行とみられており、武装勢力のリーダーは早くから「ソチ五輪の阻止」を明言していた。彼らの温床となっているのがソチが隣接する北カフカス地方。ロシアからの独立と「カフカス首長国」樹立を唱えている。

 ロシア政府は安全対策に20億㌦(約2千億円)もの巨費を投じ、万全を期す構え。ウラジーミル・プーチン大統領は全土で警備体制を強化するよう指示を出し、五輪開幕1カ月前の1月7日からはソチに厳戒態勢を敷いた。

 聞けばソチが面する黒海の警備にあたっては精鋭部隊を配し、海中パトロールまで行うそうだ。念には念を入れるというメッセージなのだろうが、「そこまでやらないと危険なのか?」「モスクワなどの大都市は大丈夫か?」と逆に不安になる。

 暮れにソチを訪れたリポーターから現地の状況を聞いた。

「ソチ自体は気候も温暖でいいところなのですが、オリンピックまで、まだ1カ月以上あるというのに、雰囲気はピリピリしていました。事前に撮影許可は取ってあったのに、競技会場の近くでカメラを回そうとすると、どこからか警備員が飛んできて、すぐにストップされる。

 運良く撮影を許可されても、こっちの方向はダメだとか、警備員の顔を撮るなとか、いろいろと条件をつけられました。オリンピック本番では、さらに厳しくなることが予想されます」

 ソチ五輪はプーチン大統領の肝入りで招致活動が展開され、7年前のIOC総会で開催が決定した。ロシアはソ連時代の1980年、モスクワ夏季五輪を開催したが、アフガニスタン侵攻を巡って西側諸国と対立。米国や日本をはじめとする約50カ国・地域がボイコットしたため、大会自体は盛り上がりを欠いた。

 そうした経緯もあって、プーチン大統領の今大会にかける情熱は尋常ではない。開発型五輪の典型で、夏季も含めて史上最高の500億㌦(約5兆円)もの巨費が投じられたと報じられている。大統領による壮大な国家事業と言っても過言ではあるまい。

 逆に言えば、大統領の威信低下を狙うテロリストたちが、五輪を攻撃の標的にするのは当然、予想されるところである。だからこそ、プーチン大統領は語気を強めるのだ。

「テロリストが全滅するまで徹底的に戦いを続ける」

 IOCには忌まわしい記憶がある。72年9月5日、ミュンヘン五輪の選手村がパレスチナ武装組織「黒い九月」に襲撃され、イスラエルの選手団11人が殺害されたのだ。

 スティーヴン・スピルバーグが制作した映画「ミュンヘン」は、この事件と、その後のモサド(イスラエル諜報特務庁)による報復作戦を描いたものだが、「平和の祭典」であるはずの五輪がテロの舞台に選ばれ、暴力の果てなき応酬へと向かう経緯は慄然とするものがある。

 あれから40年以上たつが、世界はより不安定さを増し、米国のテロ問題研究団体によると、一昨年(2012年)だけでもテロにより、世界中で過去最多の約1万5千人以上の死者が出たという。

 筆者が取材者として経験した五輪で、最も警備が厳重だったのは02年のソルトレイクシティ冬季大会だ。9・11の翌年ということもあって、米国中がピリピリしていた。

 とりわけ厳重を極めたのが空港での安全対策。時限爆弾に転用される恐れがあるとの理由で、危うく商売道具の携帯電話まで分解されそうになった。

「それが壊れたら仕事ができないじゃないか……」と、少々慌てたが、とても口に出せる雰囲気ではなかった。

 女性の中にはブーツのかかとまで調べられた者がいた。ヒールの部分に何かを隠しているのではないか、というわけだ。

 現場の警備はさらに厳しく、メディアバスの窓には狙撃対象にならないようにと黒い網が張られていた。車窓からの風景を楽しむどころではなかった。

 関係者によるとソチの厳戒態勢はソルトレイクシティの比ではないという。住民の移動すら制限され、「強制収容所のようだ」と声をひそめる向きもある。テロを未然に防ぐためには仕方のないこととはいえ、競技場のそこここに銃を構えた兵士が立つ五輪の姿は「平和の祭典」からは程遠い。

 今はただ、笑顔あふれる閉会式を無事に迎えられることを祈るばかりだ。

 
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