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税務署は形式的な資料より実態を見ている―役員退職金支出の事例

元国税調査官が明かす税務調査の秘密

筆者プロフィール

松嶋洋(まつしま・よう) 元国税調査官・税理士。2002年東京大学卒業後、金融機関勤務を経て東京国税局に入局。07年退官後は税理士として活動する傍ら、国税調査官の経験を生かし、税務調査対策のコンサルタントや執筆活動も行う。

 

税務署は「株主総会議事録などの形式的な資料」をどう見るか

 税務署を退官して会計事務所の業務に携わるようになってから、非常に大きな違和感がある業務があります。

 それは、会計事務所がクライアントの株主総会議事録など、形式的な資料を税務調査対策として作成するよう指導する、という業務です。

 例えば、税務調査で往々にして問題になる役員退職金の支出について、株主総会で金額や支給時期を決議した議事録を作成することが会計事務所の実務上は通例で、それは議事録があれば、税務調査の際、役員退職金の支給額が妥当であること、そして支給についても問題がないことを、証拠として提示できるため効果的であると考えられているからです。

 役員退職金を問題にする際、株主総会議事録の確認はするものの、その有無を課税の決め手とすることはありません。大企業は別途、中小企業は株主が少数で、役員と株主は原則として同一人物ですから、会社を自由に動かすことが可能です。

 このため、わざわざ株主総会を開かずとも、中小企業は意思決定が可能なわけですし、証拠となる(とされている)株主総会議事録についても、税務調査前にさかのぼって作ることも自由にできるため、それがあったからといって税務調査官に有効な説得力を有するわけではないのです。

税務署が見るのは議事録よりも役員退職金の支給額

 役員退職金は、その支給金額が大き過ぎないか、といったポイントから検討がなされます。きちんとした算定根拠があり、それに合理性があると認められれば、税務署としてはよほどのことがない限り問題にすることはありません。

 もちろん、税務調査の際は、役員退職金に関する説明が必要になりますので、金額の算定根拠や検討過程を表した資料は、ないよりもあったほうがいい、ことは事実ですが、困ったことに、議事録があると逆に問題になる場合があります。

 多くの中小企業の実務として、税務調査前に過去の議事録を税務調査の直前に作る、というものがあります。この実務が即問題になるわけではありませんが、仮にパソコンを調べれば、作成日付が分かりますので、「資料の改ざん」などとケチをつけられることがあります。

 その他、税務調査対策のため、数十年前に「役員退職金はこの算式で計算する」といった議事録を残したものの、実際の支出時には、その決議事項を忘れて違う算式で計算してしまうといったミスも考えられます。この場合、「過去の決議事項はいまだ有効ですから、実際に支出した金額は大き過ぎます」という指導が税務署からなされます。

 ところで、税法の原則的な考え方として、「形式ではなく、実態に即して課税する」というものがあります。これは、契約書や議事録などの形式的な資料だけを根拠とするのではなく、実態に即した課税を行う、というものです。

税務調査官は実態を重視する

 このため、例えば子どもの名義で預金を開設したものの、その子ども名義の預金は親が管理し、運用しているとなれば、その預金は親のもの、という整理が税法上は原則としてなされることになります。

 税務調査は税法に則って行うものですから、実態に即した課税がなされているかを確認するためにも行われます。このため、税務調査官は、形式的な証拠に止まることなく、実態が何なのか、一つひとつ確認をしながら税務調査を実施しています。このため、証拠資料があったとしても、それは税務調査官を説得する決め手にはなりえないのです。

 むしろ、「下手な証拠を作ると逆に税務調査のリスクが増える」というのが正直なところですが、あらかじめ株主総会議事録や契約書を作る、という実務が一般的であるため、なかなか理解してもらえません。

 困ったことに、税務調査官も、税務調査先にケチをつけて税務調査交渉を優位に進めるために、「議事録もないのに役員退職金を普通は出しませんよね?」といった指導をすることがあります。

 結果、誤った情報が広まり、余計に税務調査の真実が歪められるのです。

 

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