経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

口に戸

オバマ大統領の英語

(写真=時事)

(写真=時事)

 森元首相を本誌のためにインタビューした時、無防備なほどフレンドリーな人であることに驚いた。いい人なのだ。

 森さんはサービス精神が旺盛なあまり、自分の目の前にいる人にサービスしてしまう。首相だった頃、神道政治連盟国会議員懇談会で神主さんを前に「日本は神の国」と言ったのもサービスだし(これは神の国発言として大問題になった)、浅田真央選手のパフォーマンスに言及したのもサービスだった。それをメディアは舌なめずりをするように報道する。「日本の国、まさに天皇を中心としている神の国であるぞということを国民の皆さんにしっかりと承知していただく、そのためにわれわれが頑張ってきた」と森さんは言っただけだ。突きやすい。

 オバマは、その意味ではガードが固い。めったなことは口にしない。が、彼も人間。1つの論拠を固めるために、もう一方を揶揄したりもする。でも、それが今回うまく働かなかった。今、オバマが力を入れているのは製造業へのてこ入れ。だからウィスコンシン州の工場で、こんな言い方をした。

“You folks can make a lot more, potentially, with skilled manufacturing or the trades than they might with an art history degree.”

〈あなたたち製造業に就く人々は、その製造や交易の技能から美術史の学位を持つ人々より多く稼ぐことができるのです〉

 それはそうだ。美術史を学ぶことよりも製造業のほうが何かを生み出しそうだ。美術史は、直接的な実利はない。美術品をつくることさえしない。しかし、このオバマの発言に美術史を教えている教授が反論した。テキサス大学のアン・コリンズ・ジョーンズ上級講師は、ホワイトハウスに抗議の電子メールを送ったのである。

“We really work hard on teaching students…who come in and take an art history survey class how to think, read and write critically, because that’s what you do with art.”

〈私たちは美術史調査の教室にやってきた生徒たちに対して、どのように考えてどのように読み込んでどのように評論していくかを懸命に教育しています。というのも、それこそ皆が美術に対してやっていることだからです〉

“It’s not just looking at a pretty picture.

〈ただ綺麗な絵を眺めているだけではないのです〉

You have to call upon all of your resources to come up with some sort of interpretation.”

〈自分の知見を総動員して絵を読み解いていく、ということなのです〉

 この先生は美術史というものが特権階級の玩具ではないと言いたかったのである。

“Increasingly the discipline is much more global.

〈この美術の読解というものは、世界的に採用され始めております〉

We really teach the arts to a wide range of students with a wide range of backgrounds, and we are teaching the arts of Africa, Asia, South America, Central America and we have a global outlook and that tends to change the whole field.”

〈われわれは美術というものを多様な背景を持つ多様な生徒に向けて教えておりますし、われわれが教えている美術もアフリカやアジアや南米や中米など世界規模に広がっており、この動きは美術史全体を変革していく動きでもあるのです〉

 何の反応も期待しなかったジョーンズ女史。

“I sent him an email, never thinking for one second that anything would happen.”

〈大統領にメールは送りはしたものの、何か起きるとは夢にも考えていませんでした〉

 が、ホワイトハウスからメールの返信が来た。メールに大統領の直筆の手紙をスキャンした画像が添付されていたのである。驚く。

“Let me apologize for my off the cuff remarks.

〈まず、私の即席の発言をお許しください〉

I was making a point about the jobs market, not the value of art history.

〈私は労働市場に対して言及していたわけで、美術史の価値に関して語っていたわけではなかったのです〉

As it so happens, art history was one of my favorite subjects in high school, and it has helped me take in a great deal of joy in my life that I might otherwise have missed.

〈しかしながら口にしてしまった以上、そして美術史というものは私が高校生時代に大好きだった科目であることもあり、そしてまたこの科目が私の人生にかけがえのない大いなる喜びをもたらしたことも考え合わせて〉

So please pass on my apology for the glib remark to the entire department, and understand that I was trying to encourage young people who may not be predisposed to a four year college experience to be open to technical training that can lead them to an honorable career.”

〈こうした4年間の教育によって輝かしいキャリアを築く可能性を前提的に持たない若者に対して勇気を与えようとした発言だった、ということを踏まえて、私の軽薄な発言に対する謝意を、美術史教育界全体に表したいと思います〉

 これを受け取ったジョーンズさんは言った。

“I thought it was incredibly gracious and a lovely note.”

〈これは考えられないほど素晴らしく心に触れる手紙だと感じました〉

“The poor man he makes a glib remark,”

〈あの気の毒な方は、軽率な発言をしたわけです〉

“He’s trying to be funny.”

〈彼は自分を戯画化しようとしたのです〉

“He’s trying to be entertaining and everybody jumps on his case and so I was immensely pleased and the note was really, really lovely.”

〈彼は何とか喜ばせようと努力してきたわけで、それを皆が寄ってたかって攻撃したのですが、私は満足で、この手紙はとっても素敵なものでした〉

 

[今号の英語]People will talk.

 人の口に戸は立てられない、と日本人は言う。英訳するとこうだ。People will talk.人々は口にする。これは止められない。慎重な大統領も時に言いたいことを言ってしまう。肝は、People will talk.という前提で、それにどう対応するか、だ。

 
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