経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

危機的状況でリーダーシップを発揮する経営者はどこが違うのか

脳科学者西剛志

意思決定、行動、やる気から、集団心理に至るまで、私たちのあらゆる活動に深く関わっている「脳」。本コラムでは、最新の脳科学の見地から経営やビジネスに役立つ情報をお届けします。

筆者プロフィール

西剛志

西剛志(にし・たけゆき)脳科学者(工学博士)、分子生物学者。T&Rセルフイメージデザイン代表。LCA教育研究所顧問。1975年生まれ、宮崎県出身。東京工業大学大学院生命情報専攻修了。2002年博士号取得後、知的財産研究所に入所。03年特許庁入庁。大学院非常勤講師の傍ら、遺伝子や脳内物質に関する最先端の仕事を手掛ける。現在、脳科学の知見を活かし、個人や企業向けにノウハウを提供する業務に従事。著書に『脳科学的に正しい一流の子育てQ&A』(ダイヤモンド社)がある。

 今年1月に新型コロナウイルス発生のニュースが報じられてから、世界では今もまだ感染が広がっています。それに伴い、飲食業やサービス業、製造業をはじめとして様々な産業が経営的に打撃を受けている状況にあります。

 最近では、米国のディーン&デルーカ(Dean & Deluca)が米連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の適用となったり、タイ航空や豪航空ヴァージン・オーストラリアなどの航空会社の経営破綻、そして日本ではアパレル大手のレナウンの倒産から東京美々卯の閉店まで、有名企業の倒産も相次いでいます。

 先が見えない世の中で不安を感じる人も多いところですが、私たち人類はこれまで様々な変化に対応し、危機を乗り越えてきた歴史があります。

 しかし、歴史的には乗り越えられなかった人もたくさんいたことは事実です。そこで今回は、このような社会的危機となった時代を生き残るためには何が大切なのか? 最新の研究から分かってきた事実を紹介したいと思います。

危機的状況のストレスとリーダーシップの関係

ストレスはリーダーシップを低下させる

 危機的な状況は、私達の脳にストレスを与えます。実際にストレスが高く圧倒されるような環境に遭遇すると、脳は先を見据えて行動するよりも短期的な視点となり、低い次元の思考に向かいやすくなるという研究結果も出ています(*1)。  ハーバード大学の研究では78人のエグゼクティブの男性を集めて、コルチゾール(ストレスホルモン)のレベルを調べた結果、コルチゾールレベルが高い(ストレスを受けやすい)男性ほど、部下に支持されない(十分なリーダーシップを発揮できない)傾向にあることも指摘されています(*2)。

 私もこれまで数多くの経営者と出会いましたが、経営でうまくいかない人は確実に大きなストレスを感じており、冷静な考え方ができない傾向があるように感じます。

安定を求めすぎるとストレスが増える

 それでは、何故人によってストレスの感じ方に違いが生まれるのでしょうか?

 その仕組みはいくつかありますが、その1つが『安定を求める度合いが大きいほど危機的状況ではストレスを感じやすくなる』ということです。

 私達の脳にはもともと「安定を求める」性質があります。

 例えば、目の前にいかにも滑り落ちそうな崖があったら、私達はとっさに落ちないように何かを掴みたくなります。森で大きな熊に遭遇したら、安全な場所に逃げたくなります。これは人の生存欲求として当たり前のことです。

 しかし、あまりに安全(コンフォートゾーン)を求めすぎると、安定に固執しすぎてしまい執着となって、ストレスが生まれやすくなります。失いたくないという気持ちが、逆にストレスになってしまうからです。

 しかし、変化に対して安全を求めるのではなく、新しい行動を起こして対処行動ができていると、脳は現在の状態を「自分でコントロールできている」と認知できるため、不安を感じにくくなることも分かっています。

危機的状況でリーダーシップを発揮する秘訣とは

成功体験にとらわれない柔軟性

 例えば、アリを土が入ったプラスチックのシャーレに入れて巣を作らせます。そのシャーレに火をかけると、アリはどんな行動をするでしょうか?

 結果としては、大きく2つのパターンに分かれます。1つは巣の中が安全だと思い、巣に留まるアリ。2つめは、巣の中を出て新しい新天地を求めるアリです。

 どうなるかは一目瞭然で、巣の中にとどまるアリはほぼ全て死んでしまいます。通常は土がここまで熱くなることはないので、普通はこんなことは起きるはずがありません。ただ慣れ親しんできた常識にとらわれてしまい何も行動しないと、逆に生命を危険にさらしてしまうことになってしまうことがあるのです。

 私が見てきたうまくいく起業家は、必ず常識を疑い、変化に対応するという習慣を持っているように思います。実際に優れた起業家精神は「革新性」、「積極性」、「リスク志向性」の三つの要素とも言われていますが(*3)、今まさに危機的状況においては、これまでの成功体験にとらわれず、変化に対応する柔軟性が求められているのかもしれません。

仕事に対する考え方を変える

 危機的状況において、うまくいく人とそうでない人を分ける最も大きな違いの一つが『仕事に対する考え方』です。仕事への考え方は「How(どのようにやるか?)」と「Why(どうしてその仕事をしたいのか?(長期的な目的)」に分けられますが、この2つの思考は同時に実行できないことが脳科学の世界でも指摘されています。

  Harmon-Jones博士は、変化が激しく、働く人々への大きな精神的負担が大きい状況では、人の考えを「How(タスクをいかに実行するか)」のほうに向かわせ、人を近視眼的にさせる傾向を指摘しています。

 これからやってくると予想される激動の世の中では、日々環境や状況が変わります。やるべきことが固定されている場合、Howの考え方は有効に働きますが、常に変動する世の中ではぶれない「Why」の考え方こそが、前向きで一貫性のある行動を生み出し、強いリーダーシップを発揮することを助けてくれます。

新しい考えを受け入れる準備をする

 そういった意味で、これからの先の見えない時代では、長期的に未来にフォーカスする「Why」が重要となってきます。お金が稼げるから仕事をやるのではなく、何のために仕事をするのか?それが人の内発的動機(内側からのやる気)を高め、結果的にうまくいきやすくなるからです。

 そして「Why」(目的やゴール)の設定も状況に合わせて変化させていくことも大切です。

 これまではSMARTゴールが大切だと言われてきましたが、米国マサチューセッツ工科大学と企業の共同研では、変化が大きくなる世の中では下記の新しいゴール設定が大切だと提唱されています。

<これからの時代の新しいゴール設定の要素>

1.Connected:つながりを感じ

2.Supported:周りからのサポートがあり

3.Progress-based:進化をベースとした

4.Adaptable:柔軟に適応できる

5.Aspirational:情熱に満ちたゴール

まとめ―変化に対応できるものほど強い

 私たち人類は何度も危機的な状況をこれまで乗り越えてきました。氷河期がきたときに哺乳類が進化し、飢饉が起きたときに食物を備蓄できる「農耕」という新しい技術が生まれました。

 今は物理的には分散の時代とも言われていますが、こんなときだからこそ、精神的に人と人がつながり協働できるコラボレーションの時代が到来しているように感じます。一人の力には限界がありますが、様々な分野が集まることで、更に大きな革新が生まれる時代になっていくでしょう。

 大きな困難が起きるとき、常に生命は進化してきた歴史があります。

 進化学者として有名なダーウィンはこんな言葉を残しています。

『生き残るものは強いからでなく、賢いからでもない。

 唯一生き残れるのは、変化に対応できるものだけである』

 私も3月以降、全ての講演会や研修が中止・延期となりましたが、そのおかげでオンラインでのコーチングや研修サービスを初めてスタートすることができました。

 最初はもちろん大変な部分もありましたが、実際にやってみると全国や海外からもご参加される方が多く、実際に参加者が増えて驚いています。動画を何度も閲覧できる機能を使って研修や講演会後も学習を定着できるサービスを提供できたり、これまでは全く考えもしなかった質の高いサービスが提供できるようになりました。

 昔から生命は大きな危機と遭遇することで、進化してきました。今まさに「破壊と創造」が同時に起きていく時代に突入したように感じています。

<参考文献>

(*1) Eddie Harmon-Joes, et.al., “Does Negative Affect Always Narrow and Positive Affect Always Broaden the Mind? Considering the Influence of Motivational Intensity on Cognitive Scope”, Current Directions in Psychological Science, Vol.22(4), p.301-307, 2013

(*2) Sherman, Gary D., et.al., “The Interaction of Testosterone and Cortisol Is Associated With Attained Status in Male Executives”, DASH(Desital Access to Scholarship at Harvard), http://nrs.harvard.edu/urn-3:HUL.InstRepos:22509302

(*3) Thierry Burger-Helmchen, “ENTREPRENEURSHIP – CREATIVITY AND INNOVATIVE BUSINESS MODELS”, Publisher: InTech