経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

日本有数の気象情報メディアトップに聞く「天気ビジネスの面白さ」

池田洋人

多くの人々が普段何気なく眺めているインターネットの天気予報サイト。ここにビジネスチャンスを見出し、日本有数の天気予報専門メディアtenki.jpを運営しているのがALiNK(アリンク)インターネットだ。池田洋人CEOにそのビジネスモデルと、意外に知られていない天気とその関連ビジネスについてさまざまな話を聞いてみた。聞き手・文=吉田浩

取材協力者プロフィール

池田洋人

池田洋人(いけだ・ひろと)1974年生まれ。埼玉県出身。東京国際大学商学部卒業後、1997年ハレックス入社、99年気象予報士の資格を取得。2003年ヤフーのプロデューサーとしてYahoo!天気情報をフルリニューアル。05年ありんくの取締役COO就任、ウェブ事業部を立ち上げ。08年一般財団法人日本気象協会と共同でtenki.jpをフルリニューアル。13年ALiNKインターネットを設立しCEOに就任。

天気×インターネットがビジネスチャンスに

池田氏が天気の世界に入ってきた理由

―― そもそも池田CEOはどうして天気の世界に入ってきたのですか?

池田 大学を卒業したころ、気象業務法という法律が改正されたんです。それまでは一般的な気象予報は気象庁だけが手掛けていたのが自由化されて、民間事業者が参入できるようになりました。就職は企画営業職を希望していて、その過程で天気がビジネスになることを知りました。

 ちょうどインターネットが出てきたころで、インターネットと気象の組み合わせは面白そうだなと。それで、日本気象協会とNTTデータさんの出資で設立されたハレックスという民間の気象会社に、第一期生として入社したのがこの業界に入るきっかけでした。

―― では、そこまで天気に興味があるわけではなかったんですね。

池田 私はそこまで天気が大好きというわけではなかったのですが、業界には昔から天気マニアの方が多かったですよ。「全国のアメダスを回ってみました」なんていう方もいたりして。

―― ハレックスのビジネスモデルはどんなものだったのですか?

池田 気象ビジネスにはB to BとB to Cがありますが、当時から企業はリスクヘッジのために気象情報を活用することが多かったんです。たとえば、小売店やコンビニでは、晴れの日と雨の日では売れる品物が変わったり、気温にも左右されたりします。建設現場では湿度によって生コンクリートの乾き方が変わるとか。私はそれらさまざまな業界に、気象を絡めた企画提案を行っていました。

―― 気象情報はどこから入手していたのですか?

池田 ハレックスのときは出資元の日本気象協会から得ていました。

―― 池田CEO自身も気象予報士の資格を持っているんですよね?

池田 せっかく気象の会社に入ったので、気象予報士の資格は取りたいなと。勉強して資格を取って、その後別の民間企業を経てヤフーに入りました。当時はインターネットがどんどん普及していて、B to BからB to Cの分野で天気のビジネスを手掛けたくなったんです。そのころYahoo!天気は今より簡素なつくりだったので、これを大きくするのがミッションでした。

企業向け、個人向けに活用される天気情報

―― 当時、不足していたコンテンツはどんなものだったのでしょうか?

池田 今と違って防災情報もなかったですし、モバイル対応も不十分でしたね。インターネットは即時性の強いメディアなので、地震や津波の情報は絶対必要だと思っていました。ヤフーに在籍するのはもともと在籍2年と決めていたので、2年後に個人事業主として独立しました。その後、日本気象協会さんにお話をいただいて、インターネット関係の営業支援を始めたのが、tenki.jpに関わるようになった経緯です。

―― ヤフーに在籍していてはできなかったことがあったんでしょうか?

池田 ほぼなかったんですが、ヤフーでは日本気象協会から気象情報を購入して作る形になるので、独自コンテンツを気象情報を使って作りたいと考えてもある程度制限はありました。

―― 一般ユーザーの多くは、天気がビジネスになっている感覚がないと思います。

池田 Yahoo!天気で初めて、広告で収益を得るB to Cビジネスを始めましたが、かなりの学びがありましたね。特に、現在東京都副知事を務めている宮坂学さんの下で、いかにトラフィックを集めて広告で換金していくか、単価をどう上げていくかといったことを直接学べたのは大きかったです。

―― 日本気象協会との仕事を始めて、tenki.jpをどう育てていったのですか?

池田 tenki.jpはもともとありましたが、伸び悩んでいました。そこに、私がヤフーで学んだことを生かす形で、メディア事業として成長させるということを提案させてもらったんです。

広告収益を上げやすくなった天気予報サイト

―― Yahoo!天気やウェザーニュースなどライバルサイトと比べて、どこに競争力があるのですか?

池田 まず、tenki.jpは気象の一次情報元である日本気象協会の公式メディアなので、グーグル検索で上位にきやすいんです。

 また、tenki.jpは全国約3千か所に、市区町村ごとの気象情報ページを持っています。そのため「市区町村名×天気」のキーワードで個別にSEO対策をすることによって、ロングテールのテール部分(売れ筋商品以外の商品群の売上合計)を押さえられたため、ここを取ることに注力していました。

 他社さんのサイトも当然SEO対策をやっていますが、グーグルのロジックが変わると検索順位が下がることもよくあります。われわれも最低限の対策はしますが、グーグルには「正しく良質な情報を上位に出したい」という考え方がベースあるので、あまりテクニカルな方向に走らず、きちんと実直にコンテンツをつくっていれば、順位が上がっていくという考えの下で作っています。

―― 今、PV数はどれくらいですか?

池田 48億年間ページビューです。

―― 広告運用に関して独自ノウハウがあると聞きましたが?

池田 Yahoo!天気、ウェザーニュース、tenki.jpが日本の三大天気メディアとなっていますが、ウェザーニュースさんは基本的には課金モデルで会員制がベースなので、マネタイズの手法が違います。Yahoo!天気さんとウチは基本的には無料で広告収入を稼ぐモデルです。

 ただ、Yahoo!天気さんが広告を自社のアドネットワークを回してマネタイズしている一方、tenki.jpはどのネットワークを使わなければいけないという縛りはないので、海外も含めた複数のアドネットワークと契約して、その中でオークションにかけて広告単価を決定しています。このように高い単価を出していく仕組みを、自前でコントロールしているのが特徴です。

―― 天気のサイトに関係のある広告にはどんなものが多いんでしょうか。

池田 天気の広告は老若男女が集まるのでターゲットが絞りにくく、マネタイズしにくいんです。ただ、やっていく中で広告枠の販売から個人の趣向に合わせて配信をコントロールする方向に流れが変わってきて、さまざまな人が集まるtenki.jpでは運用型広告が収益化しやすくなってきていました。

意外と知らない天気予報の基礎知識

メディアによって天気予報が異なるのはなぜか

―― 天気情報は気象庁発表のイメージしかないのですが、見るサイトによって微妙に違うのはなぜなんでしょうか?

池田 天気予報については「観測に基づく現象の予測」と気象庁が定義していて、観測データをベースに科学的に予想するものです。観測データはひまわりの衛星画像やアメダスから情報を気象庁が取得していて、そのデータを基にスーパーコンピューターで予測した結果をGPVと言うのですが、そのGPVと観測データを民間の気象会社に渡しています。気象会社はそれをベースに独自に予測していく仕組みです。

 ただし、防災情報や台風注意報などについては、気象庁しかやってはいけないことになっています。

―― 気象会社によって予報がよく当たったり、当たらなかったりすると思うんですが、カリスマ予報士みたいな方もいるんでしょうか?

池田 私自身が予報をやっているわけではないので詳しくは分かりませんが、現場の天気を正確に当てるようにするには、2年ぐらいその地域の天気を担当しないと地域特性が分からないとは言われますね。東京の予報が得意な人が、急に北海道の予報ができるかと言われれば難しいと思います。

―― なるほど。サイトによって予報結果が違う理由が分かりました。

池田 データ元は同じなので、たとえば明日の天気予報が晴れと雨で全く異なるということはないと思いますが、何時から雨が降るとか、その辺で差が出ることはありますね。そこは自社のコンピュータや気象予報士次第になります。

天気予報の「空振り率」「見逃し率」とは

―― 天気予報の精度は昔に比べると上がっている気がします。

池田 昔は週間天気予報として7日間、今tenki.jpだと10日先まで予報を出しています。先になるにつれ当てるのは難しくなってきますが、直近の予報に関しては精度が上がっていると思います。

 一般的に天気予報には「空振り率」と「見逃し率」があります。野球と同じ考えなんですが、空振り率はたとえば雨だと予報を出して降らなかったとき、見逃し率は予報を出していなかったのに雨が降ったときです。日本気象協会さんはどちらかと言えば見逃し率を下げる方向性です。見逃し率が高いとたとえば災害が起きたときに被害が拡大する可能性が高くなってしまうからです。

 今はスマホですぐに情報を得られるので、tenki.jpをわざわざ見に来る方は、かなり天気に対する感度が高いと言えます。ユーザー分析するとtenki.jpだけを見ている人もいますが、どちらかといえばYahoo天気やウェザーニュースなどと比較しながら見ている人が多いようです。

天気ビジネスの今後の方向性は

課金ビジネスの可能性

―― 従業員数9人というかなりの少人数でマザーズ上場を果たしましたが、今後も天気を主体とした今のビジネスを拡大していく考えですか?

池田 tenki.jp自体はまだ伸びしろがあると思っていますし、上場した目的の1つは気象のインフラを作っていきたいということでした。日本気象協会さんと一緒に事業を行っているわれわれであれば、公的なステージに上がることで気象のインフラという立ち位置に近づくのではないかと。

 それ以外としては、気象情報を通じていろんな分野に関わることができるので、生活や余暇などの領域にも関連メディアを展開していけたらと思っています。

―― 今後の成長に今必要な要素は何ですか?

池田 やはり人材ですかね。最近だと、アプリのエンジニアやデータ解析をして企画に落とし込むことができる人材を求人しています。

―― 広告以外のビジネスモデルは考えていないのでしょうか?

池田 一部課金も考えていて、既に登山者向けにサブスクリプションのサービスを始めています。気象情報には一般的なものと専門的なものがあるんですが、登山者向けには専門的な情報を入れています。山の天気は予測しにくく、判断によって人の生死が関わるので、不特定多数に公開できない情報になります。きちんと気象の特性を理解していただき、会員規約に同意していただいたうえで使っていただいています。

 今はコロナのせいで広告単価が一律で下がってきています。一方、課金のほうはそこまで影響しておらず、こういう時期に強いということが分かってきました。

―― 他にも課金できそうな分野はありますか?

池田 たとえばゴルフやスキーなど、絶対に天気の情報が必要な分野を検討しているところです。

気象条件と親和性ある商材でつくる「●●指数」

――「時々」や「のち」など、慣れ親しんでいても多くの人が正確に意味を知らない用語もあるんですが、この辺は分かりやすく表現を変えたりできないんでしょうか?

池田 新たな定義をつくるとかえってわかりにくくなるとも思いますが、たとえば新しく「●●指数」を作るのは得意としています。たとえば、「ビール指数」とか「洗濯指数」とかですね。何か指数を作ることによって、そこに広告出稿したいという声をいただくこともあります。

 商材と天気の親和性があって、コンテンツが創れるようなら、新しい指数をつくって展開することもあります。一例を挙げると、蚊が増えやすい気象条件を検討して「蚊ケア指数」をつくり、そこに虫除け商品のメーカーさんに出稿していただいて、tenki.jp内で展開したりしました。また、化粧品メーカーさんとは、一度治った肌のシミが乾燥によってリバウンドすることに着目して、「シミ・リバウンド指数」をつくったこともあります。これらの展開は、当社独自のものだと思います。