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ドコモを子会社化するNTTがGAFAに肩を並べる条件とは

ドコモ

携帯市場で最大シェアを誇るNTTドコモが、間もなくNTTの完全子会社になる。NTTグループ力強化の一環だが、血気盛んなNTTに比べドコモ社員の顔は総じて暗い。NTTはこれによりGAFA追撃を狙うが、親子で見る夢は同床異夢なのか。文=ジャーナリスト/石川 温(『経済界』2021年1月号より加筆・転載)

NTTによるドコモ完全子会社化で何が起きるのか

政府の意向がNTT経由でドコモに反映か

 12月1日、NTTドコモはNTTの完全子会社になる。体制も吉澤和弘社長から副社長の井伊基之氏に代わる。ドコモの完全子会社化にNTTは4・3兆円を投じる。

 このタイミングでの完全子会社化の狙いの一つは菅総理の携帯電話料金値下げの要請に応える意味合いがある。

 政府がドコモにプレッシャーをかけたところで、ドコモとしては「株主がいるから無理」と反発できた。しかし、NTTがドコモを完全子会社化して株主がNTTだけとなれば、ドコモはNTTからの要請には「分かりました」というしかない。

 NTT株の32・36%が「政府及び地方公共団体」。大株主である政府の意向にNTTとしては従わざるを得ない。結果として、政府の意向がNTTを経由してドコモに反映されることになる。

 既にKDDIはUQモバイル、ソフトバンクはワイモバイルというサブブランドで政府が要請する、世界に比べても遜色のない料金プランを発表済みだ。

 ドコモは新体制になる12月1日以降に、政府の要請に対応した新料金プランもしくは安価な料金プランを提供するサブブランドを発表する可能性が極めて高い。井伊新社長は

 「(サブブランドに関して)何も決まっていない」としているが、「あらゆる年代に支持されるサービスと価格を目指す。しかし、どういった戦略で目的を達成できるか。後追いでUQモバイルやワイモバイルと同じものを出しても、お客さまが本当に望む姿なのか。しっかり考えて対策を打ちたい」と含みを持たせた。

大胆な値下げは実現するのか?

 ただ、別のキャリア幹部は「IR的に言うと、NTTはEPS(1株利益)成長を担保、約束している。ドコモを完全子会社化すればEPS成長は明らかにプラスになる。しかし、大幅な値下げをしてしまったら、元の木阿弥になってしまう。そう考えると、無茶苦茶な値下げは絶対にできないのではないか」と見る。

 例えばドコモが1ユーザー当たり月1千円を値下げすると、年間5千億円近い収益が吹き飛ぶ。ドコモの年間の営業利益は1兆円弱程度だから、月2千円も値下げすれば赤字に転落する。つまり完全子会社化しても、政府が要請する大胆な値下げは難しいというわけだ。

NTTグループの国際競争力強化の狙い

 もう一つ、NTTがドコモを完全子会社化する理由が国際競争力の強化だ。NTTの澤田純社長は「グローバルレベルでダイナミックな環境変化が起きている」と見る。

 国内の情報通信市場を俯瞰すると、クラウド市場ではアマゾン、マイクロソフト、グーグルなどGAFA陣営が台頭している。本来であれば、日本国内のサーバー事業ではNTTグループが強かったはずが、クラウド化の流れにより、外国勢に太刀打ちできなくなっている。

 そこで、NTTは、グループを横断してのリソースとアセットの戦略的活用と意思決定の迅速化が不可欠であると判断した。ドコモを完全子会社化し、ドコモグループの意思決定の迅速化を図るという。

 将来的にはNTTコミュニケーションズやNTTコムウェアの再編も検討する。移動網と固定網を融合した総合ICT企業へ進化させることを目指す方針で、ドコモを中心としたグループ再編により、GAFAと戦っていくことになる。

技術力と5G特許を活かしたいNTTの思惑

 あまり知られていないかもしれないが、ドコモは世界でも指折りの「5G必須特許保有数」を誇っている。サイバー創研の調査において、5G規格特許の保有シェアでNTTドコモは9・5%で6位につけ、1位サムスン(11・9%)、2位クァルコム(11・6%)、3位ファーウェイ(11・3%)、4位ZTE(10・9%)、5位ノキア(9・7%)と拮抗している。

 ドコモは神奈川県横須賀市に巨大な研究開発施設を所有している。大規模な研究開発施設を持ち、特許をせっせと出願、取得している携帯電話会社は世界でも稀有な存在だ。ドコモでは5Gにおいて技術特許を取得し、誰でも使えるようにライセンス化していく。ライセンス化することで、規格統一化のスケールメリットやパテントプールの推進により低コストでの設備調達が可能になる。ライセンス料により、開発費の一部を回収できるメリットもある。

 ドコモとしては「3Gのときに、一部企業のライセンス料が高かった。そういった企業と交渉する際には、ある程度、こちらも特許のシェアを持っていないと発言権が確保できない」というわけだ。確かに、世界の通信トップ企業と互角に戦っていくにはNTTグループにとってドコモは欠かせない存在だ。

 今後、5Gは携帯電話会社が提供するネットワークサービスだけでなく、スマートシティなどを念頭に自治体や工場などがエリア限定で提供する「ローカル5G」も展開されていく。NTTは国内だけでなく、世界の自治体に「スマートシティ」のソリューションを売り込もうとしている。その時、交渉の武器となるのがドコモの技術ということになる。

 だからこそ、技術と特許を持つドコモをこのタイミングで完全子会社化したという狙いもありそうだ。

完全子会社化でドコモはどうなるのか

懸念されるドコモ社員のモチベーション低下

 NTTの経営陣はドコモの完全子会社化でGAFAに立ち向かおうと血気盛んだが、一方で、現場の社員たちの表情はとても暗い。

 「これまで親会社の反骨精神でドコモはここまで大きくなれた。完全子会社化でドコモの良さがなくなってしまうのではないか」

 現役ドコモ社員は、完全子会社化によってドコモ全体のモチベーションが下がるのではないかと危惧する。事実、多くの社員が「ガッカリした」と肩を落とす。

 世間からすれば「NTT」と「NTTドコモ」は一緒の会社のように見えるが、実際の社風はかなり違う。もともとドコモは、1991年ごろ、NTTから「移動通信に未来はない」として、切り離された無線事業部隊から発足している。その頃、NTTからドコモ(当時はNTT移動通信網)へ転籍した社員は「周りから転籍を止められた。転籍は島流しのような扱いだった」と振り返る。

 しかし、初代社長であった大星公二氏が徹底的に自由な社風を貫いた。NTT出身の社員だけでは独創的で革新的なサービスを作れないと自認していたことから、当時、雑誌編集長だった松永真理氏やベンチャー企業で副社長を務めていた夏野剛氏など外部の人間を集めたことで、99年には「iモード」が生まれた。

 iモード全盛時代はドコモとしての方向性がしっかりとしており、新サービスや新端末を投入し、世間からも注目される企業であった。

 今ではスマホで音楽を聴き、ゲームをして、決済することが当たり前になってきたが、ドコモのiモードケータイは、iPhoneよりも10年先を行く、世界の最先端を走っていたといえるだろう。

 この頃のドコモは、勢いがあったが、2008年ごろから社風が変わり、ソフトバンクの携帯電話事業参入やiPhoneのヒットにより、ドコモの存在感は薄くなっていく。

 「iモードを作った人たちが抜けて、社内のムードが低下していった。NTTから来るお役所のような人が上司になりテンションが下がっていった」(中堅社員)

 初代・大星社長、2代目・立川敬二社長の頃までのドコモにはNTTに向けた反骨精神もあり、自由な社風で柔軟な発想を持ちあわせ、新サービスを次々と開発する環境があった。しかし、3代目の社長となると新聞報道された津田志郎氏が持ち株会社の同意を得られずに、結果として中村維夫氏が社長になったことで「社風が一気に変わった」(中堅社員)という。

 さらに今回の完全子会社化により、ドコモ社員たちのモチベーションが下がったというわけだ。

ますますイノベーションを起こせない体質に

 別の社員は「今のドコモにイノベーションを起こせる土壌がないにもかかわらず、さらに顧客向けのサービスをまともに開発したことのないNTTの人たちがやってきたところで、革新的なものを生み出せるわけがない」と手厳しい。

 そもそも、ドコモはKDDIやソフトバンクと競争を続け、さまざまなサービスを開発してきた。決して成功したものばかりではないが、それでも顧客に向けてサービスを作ってきたのは間違いない。

 一方、NTTは既に街中にショップや窓口もなく、顧客接点を持たない企業となっている。顧客の顔が見えてない企業にGAFAのようなイノベーションが起こせるとはとても思えないのだ。

ドコモの個性をNTTは生かせるのか

 もう一つの不安要素が肥大したNTTグループそのものだ。NTTグループ全体の従業員数は32万人となっている。

 NTTグループは分社化しており、重複している事業や部署、人員などが多岐にわたっている。世界的な競争力をつけるには人員配置の見直し、余剰人員の削減などをしてスリム化し、筋肉質の組織にする必要があるだろう。そうしなければ数千億円規模の減収に耐えられない。減益しながらも、国際競争力をつけるための研究開発などに資金を投入するには、相当な覚悟が求められる。

 果たして、ドコモがNTTの完全子会社になることで、NTTグループは国際競争力をつけることはできるのか。今後、NTTグループの中でドコモはどのような立ち位置となっていくのか。

 11月末で社長を退任する吉澤氏は「ドコモは1990年代にiモードを開発し、モバイルインターネット、スマホ時代と移っていく中、モバイル分野では貢献できた。しかし、今後モバイルだけでなくAIやプラットフォームなど視野を広げて行く必要がある。ドコモにはチャレンジできる余地がまだまだたくさんある」と語った。

 これまで顧客接点を持ち、5Gにおいても世界で存在感を出していたドコモの個性をNTTは生かすことができるのか。4・3兆円の効果が期待される。