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ジェネリック医薬品で死亡事件 不祥事はなぜ頻発するのか

医薬品

 ジェネリック医薬品の信用を失墜させる出来事が、昨年12月に起きた。水虫薬として処方された経口抗菌剤に睡眠薬が混入し、200人以上の副作用被害者を出した薬害事件だ。起こしたのは福井県の小林化工だが、ジェネリック業界では品質問題や供給不安が相次いでいる。文=ジャーナリスト/大竹史朗(『経済界』2021年4月号より加筆・転載)

ジェネリック医薬品をめぐる日本の状況

ジェネリックにまつわる都市伝説

 「昔、病院で出されたある慢性疾患薬のジェネリックの包装シートに、全然別の抗がん剤の成分名が印字された錠剤が入っていた、という〝あの話〟を思い出したよ」

 旧厚生省時代から30年以上、医薬品行政に携わってきた、ある薬系技官OBが嘆息する。先に断っておくと、〝あの話〟とは医薬品業界の関係者ならだいたい一度は耳にしたことのある逸話で、医薬品の成分名も頻繁に入れ替わったりするらしいのだが、「いつ、どこで、誰が」といった具体的な根拠は一切分からない。一種の都市伝説なのだが、かつてジェネリックにどんなレッテルが貼られていたのか、よく分かる逸話だ。

 ジェネリック医薬品は、新薬の特許保護期間満了後に発売可能となる医薬品で、「後発医薬品」(後発品)とも呼ばれる。特許が切れているから、新薬よりも安価に販売できる。もちろん、オリジナル製品と同等の有効性・安全性であることを確認するための臨床試験は必須で、原料を含めた品質基準や製造方法といった規制をクリアしなければ、医薬品としての承認を得ることはできない。

 しかし、売れ筋の医薬品の特許が切れたとたん、多数のメーカーが群がるように参入する様から、かつては「ゾロ」とも呼ばれ、「安かろう悪かろう」の先入観もあって、世の中の印象は決して良くはなかった。市場が大きい慢性疾患の薬に、数十社がジェネリックを投入する構図は現在も変わらないが、「ジェネリック」「後発品」といった用語はここ10年ほどですっかり市民権を得て、イメージも大きく改善している。

「安かろう、悪かろう」のイメージが再浮上

 しかし、昨年12月に明らかになった品質・副作用問題は、「ジェネリックは安いから品質が悪い」といったレッテルを、再び浮かび上がらせるものだったに違いない。

 昨年12月4日、福井県あわら市に本社を置く中堅ジェネリックメーカー・小林化工が、同社の工場で製造し、明治ホールディングスの医薬品子会社を通じて販売していた経口抗真菌剤「イトラコナゾール」を自主回収すると発表した。医薬品の自主回収には危険性に応じていくつかの分類があるが、重篤な健康被害や死亡の恐れがあるという、最も深刻な「クラスⅠ」での自主回収だった。

 水虫などの治療に用いる同剤に、本来であれば入っているはずのない睡眠薬が入っていたという、製薬会社としてはあり得ない致命的なミスは、服用した患者からふらつきや意識が朦朧とするといった副作用報告が複数寄せられたことがきっかけで発覚した。

 報告を踏まえて同社が工場を調査したところ、製造過程で「リルマザホン」と呼ばれる睡眠剤が誤って混入していたことが発覚した。しかも通常、不眠症で処方される成分量の倍以上が入っており、患者の中には服用後に自動車を運転していたケースもあったことから、眠気に襲われて事故を起こしてしまうという、前例のない薬害事件に発展した。

 副作用被害は日を追うごとに増え、2カ月たった2021年2月上旬の段階で221人まで拡大した。問題となったイトラコナゾールを服用した患者のうち、2人が亡くなったことも分かっている。ただ、副作用が直接の死因となったのか、医学的な因果関係は不明だ。

 より深刻なのは、小林化工が発覚当初、今回の不祥事を「ヒューマンエラー」と主張していたことである。厳密な規制で定められている手順を守っていれば、抗菌剤の製造ラインに基準値をはるかに超える睡眠剤が紛れ込むということ自体が医薬品の製造現場では本来起こり得ない事故なのだが、同社はこのミスの原因が、現場作業員がダブルチェックを怠ったため、と説明していた。これが、規制当局の逆鱗に触れたようだ。

 厚生労働省と、小林化工の製造所を直接監督する福井県は、20年末から現地工場に調査に入り、年明け1月に報告書をまとめた。2月に行政処分が下った。およそ4カ月、「116日間」の業務停止命令は、医薬品メーカーが受けた処分として過去最長である。

ジェネリック医薬品の不祥事はなぜ頻発するのか

普及促進の背景にある医療費抑制

 日本は、医療費抑制が焦眉の急である。そこで政府がここ10年ほどとくに力を入れてきたのが、ジェネリック医薬品の普及促進だ。16年には医療現場で使われる処方薬の8割をジェネリックに置き換えよう、という方針が閣議決定され、昨年、この数値目標はおおむね達成された。

 もともと日本は先進国のなかでも際立ってジェネリックの使用量が少なかった。日本の公定薬価制度では、特許が切れた新薬とジェネリックの価格差があまりなかったこと、それゆえに患者にとっても窓口で支払う自己負担に差が出ないため、ジェネリックに切り替える理由に乏しかったことなど、理由はいくつかある。しかし、根本的な問題はやはり、医薬品を処方する医師がジェネリックを信用していなかったことだ。

 この状況は、ジェネリックを処方した医療機関向けに新たな診療報酬点数を用意したり、ジェネリックの薬価を切り下げて特許切れ新薬との価格差を大きくしたり、といった国の政策誘導で徐々に克服されてきた。ただ一方で、供給サイドであるメーカーに品質担保を徹底させるという意味で、必要なムチを振るってきたかと言えばそれは怪しい。

 そのツケが、今になって顕在化しているのではないか。外資系新薬メーカーから大手ジェネリックメーカーに招かれた経験を持つ医薬品製造の専門家は、「各社とも工場設備にはかなり思い切った金額を再投資していた印象だが、現場で働く若手の人材育成や、何よりマネジメントの危機管理意識はグローバルの基準に追い付いていなかった」と振り返る。

上場メーカーでも相次いだ自主回収

 ここ1、2年、ジェネリック各社は、欧米との間で国際標準化が進んでいる国の品質基準を満たせなかったことに起因する製品の自主回収や出荷調整が相次ぐなどの問題を度々起こしている。

 背景としては、主に中国から調達している原料物質が現地工場に対する環境規制強化などの影響で品薄となり、抗生物質などの原料が日本に入らなくなってきたという事情も挙げられる。一方で、日本のジェネリック企業に特有と思しき品質関連の問題も数多い。

 例えば昨年4月、国内最大手のジェネリックメーカーである日医工が、一度に10製品以上という大規模な自主回収に踏み切り、医療機関は大混乱に陥った。ジェネリック専業の上場メーカーである同社は、事業買収などで急速に規模を拡大し、14年には米国子会社を設けるなど国際展開にも手を広げていた。しかし、国際標準の製造・品質管理手法を工場に根付かせる余裕はなかったようで、一連の自主回収は今年1月までに75製品へ拡大している。

 また、昨年7月には、ガラスアンプル製剤などの製造に強みを持つ共和クリティケアの工場で点滴静注バッグ製剤の製造工程に不備が見つかり、同社に製造委託していた十数社のジェネリック企業が、一斉に市場から該当製品を引き揚げるという事態が起こっている。

避けられないジェネリック業界再編

 話を小林化工に戻すと、今後は独立企業として生き残ることは恐らく難しいものの、倒産することはないだろう、というのが相場観だ。うかつに潰せないのは、同社が製造を止めてしまうと、その分の医薬品を代替供給するメーカーにしわ寄せがいくからだ。したがって、同社を競合他社やファンドが買収し、マネジメントの入れ替え、現場の管理体制を刷新したうえで、まっとうな医薬品メーカーとして生まれ変わらせることが、国にとっては望ましい。

 過去10年、市場が活況を呈するなかでも国内大手同士の合従連衡は起こらず、一方で世界最大のジェネリックメーカーであるイスラエル・テバが旧大洋薬品を買収、その後、国内製薬最大手の武田薬品と合弁企業を立ち上げるなど、外資系メーカーの動きはいくつかあった。しかし、世界規模のサプライチェーンやスケールメリットを日本市場で生かすことはできていない。

 沢井製薬をはじめ、海外市場に打って出ようという有力メーカーが台頭しつつあるものの、世界的に見れば同族経営の中小企業がひしめいている非効率な市場が日本のジェネリック業界だ。国は今後も、薬価の高いバイオ医薬品の特許切れを見据え、ジェネリックのさらなる普及に向けた政策を打ち出す方針だ。

 しかし現在のような状況で業界を後押しすることを疑問視する政府関係者も多い。一連の不祥事と信用失墜がトリガーとなって、バブルが弾けた先には業界再編が待っている、というのが今後の見通しと言えそうである。