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テレワーク普及で苦境に立つ紳士服チェーン

 テレワークの普及で、仕事スタイルは大きく変わった。その恩恵を受けた産業もあるが、紳士服業界にとっては大打撃となった。自宅で仕事をするのに、わざわざスーツを着る人はいない。お陰で紳士服チェーンは揃って赤字に転落し、かつてない危機を迎えている。文=ジャーナリスト/下田健司(『経済界』2021年4月号より加筆・転載)

苦境に立つ紳士服チェーンの現状

紳士服専門店各社は揃って赤字見通し

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、紳士服専門店の業績が激しく落ち込んでいる。2020年4~9月決算はどこも営業損失に陥った。

 業界首位の青山商事は売上高が前年同期から40%減少し、営業損益は138億円の赤字(前年同期は15億円の赤字)。主力のビジネスウェア事業の売上高が47%減少し144億円の営業損失を計上したのが要因だ。

 業界2位のAOKIホールディングスも売上高が32%減少し、118億円の営業赤字に転落した(同3億円の黒字)。主力のファッション事業をはじめ、ほとんどの事業で営業損失に陥ったためだ。

 はるやまホールディングスも売上高が34%減少し、33億円の営業赤字(同9億円の赤字)だった。9月決算のコナカの20年9月期通期決算は、売上高が前期比21%減の478億円で、営業損益は49億円の赤字(前年同期は7300万円の黒字)だった。

さらなる業績悪化の可能性も

 業績悪化に歯止めはかかりそうにない。20年度通期も営業赤字に陥る見通しだ。青山商事は売上高が21%減の1723億円、営業損益が128億円の赤字(前期は8億円の黒字)。AOKIホールディングスは売上高が16%減の1513億円、営業損益が20億円の赤字(前期は66億円の黒字)。はるやまホールディングスは売上高が20%減の405億円、営業損益が19億円の営業赤字(前期は3億円の黒字)だ。

 各社の業績がこれだけ落ち込むのは、コロナ禍における在宅勤務の広がりによるスーツ離れ、冠婚葬祭の縮小によるスーツ・フォーマル需要の落ち込みが要因だ。コロナ収束の見通しは立っておらず、業績は下振れする可能性もある。

 もっとも紳士服専門店の苦戦はコロナだけが原因ではない。05年のクールビズ導入、ビジネスウェアのカジュアル化、団塊世代のリタイアなどにより紳士服市場は縮小傾向にあった。百貨店の紳士服売上高は長期にわたって減少してきているし、紳士服専門店の売上高もここ数年減少傾向にある。

 青山商事は20年3月期の営業利益が8億円にとどまり、前の期の146億円から大幅に落ち込んだ。これを受け昨年5月、3年間で85店舗の不採算店舗を閉鎖することを発表した。

 さらに、コロナの影響で20年度上期も業績悪化が続いたため、「スーツ市場の縮小が想定よりも5~10年前倒しになった」として、11月には閉鎖店舗を75店舗追加し、全体の2割に当たる160店舗を閉鎖することを発表した。残る店舗についても、400店程度で売場面積を3~5割縮小し在庫を削減するとともに、空きスペースを他の小売業に転貸し賃料を得る考えだ。

 さらに、正社員の1割に相当する400人の希望退職の募集も発表した。人員のスリム化でコストを削減し、20年度の販管費を18年度比で16%減、将来的には25%の削減を目指すとしている。萎む需要を前に業界最大手が大リストラに乗り出したことで、他の専門店各社でも同様の動きが広がりそうだ。

青山商事
業界トップの青山商事は店舗の大量閉鎖を進めている

紳士服チェーンの繁栄と衰退

主役だった青山商事

 コロナに追い討ちをかけられ窮地に立たされる紳士服専門店だが、かつては輝いていた時代があった。郊外大型店の出店による成長期だ。主役は青山商事である。

 青山商事は高度成長期の真っ只中、1964年に故・青山五郎氏が広島県府中市で脱サラをして創業した。郊外1号店は「西条店」(東広島市)。オイルショック翌年の74年に出店した。当時、紳士服専門店はほとんどが駅前や繁華街などの市街地にあったが、60年代後半からマイカーが普及してきており、郊外での需要はあると見込んだのだ。郊外なら出店コストを低く抑えられるし、駐車場も広くとれるうえ店舗を大型化し品ぞろえを広げられる。郊外店のメリットは大きかった。

 客を引き付けたのは何といっても安売りである。百貨店は委託仕入れで売れ残りリスクを負わないが、メーカーの返品リスクや派遣販売員の人件費などが小売価格に反映されていた。これに対して青山商事は返品しないし、もちろん派遣販売員もいない。完全買い取りによって安く仕入れ、それによって小売価格を抑えながら利益も確保した。

 郊外店の成功で青山商事は成長を続けたが、遅れて同業他社も郊外出店を開始した。長野県を地盤とするAOKIホールディングスは79年、郊外1号店の長野南高田店(長野市)を出店し、多店舗展開に乗り出していった。

 青山商事は68年、仕入れや販売促進、店舗運営などで協力し量販店に対抗することを目的に、自らが主導で洋服店280社が加盟するボランタリーチェーンを立ち上げていた。加盟店にはAOKIホールディングス、岡山県地盤のはるやまホールディングス、愛知県地盤のトリイ(のちにAOKIホールディングスに吸収合併)などがあった。

かつては郊外型紳士服専門店のシェアが50%超え

 ライバルの郊外出店が本格化していくのは80年代初頭からだが、ボランタリーチェーンに加盟していたこれらの企業がまさに競争相手となった。各社は互いのライバルの地盤にも攻め込むようになり、激しい出店競争に突入していった。

 出店競争はエスカレートし、群雄割拠していた紳士服専門店による陣取り合戦が過熱化する。こうしたなか、青山商事は91年3月期に売上高が868億円となり、タカキューを抜いて業界トップに立った。

 首位に立った青山商事は、さらなる拡大に向けて関東への重点出店を打ち出す。関東での出店強化のため東京本部を立ち上げたほか、増加する店舗への安定供給を図るため広島県に物流センターを開設した。店舗の大型化も進め、平均150坪だった店舗規模を、大規模小売店舗法の緩和を機に200~300坪に拡大。さらに商圏規模によっては450坪、1千坪という大型店も出店していった。

 郊外型紳士服専門店は、百貨店や都心型紳士服専門店、量販店などからシェアを奪い、50%を超えるまで成長し絶頂期に達した。

都心でも存在感を発揮

 郊外出店の成功で業界トップに上りつめた青山商事は92年、一転して都心への出店を開始した。「銀座店」(東京・銀座)への出店を皮切りに、神田、飯田橋などにも店舗を開設し、都心での店舗網を広げた。大阪でも同様に、日本橋店を出店後、都心部での出店を強化していった。

 都心出店を始めたのは、都心に紳士服専門店が少ないこと、バブル崩壊後で空き物件が増えていたことから成長機会があると踏んだからだ。都心店では「2500円」スーツを販売するなど話題を呼んだ。バブル崩壊後、消費が減速するなか低価格を求める消費者の支持を集め都心店は多くの客を集めた。

 一方、銀座への出店は思わぬ軋轢を生んだ。アパレル大手のオンワード樫山との対立が表面化したのである。

 89年から青山商事の自社ブランドスーツ「カプリチオ」を供給していたオンワード樫山は販売路線の違いを理由に、銀座店出店後、93年春夏物を最後に取引中止する旨、青山商事に申し入れた。

 青山商事はこれに反発。既に発注済みだった春夏物を当初販売価格の半値に当たる3万円程度で販売し始めた。すると今度は、オンワード樫山が青山商事に対し「カプリチオ」を樫山の製品として販売したり、百貨店で扱っている製品と同じであるような表示をしたりしないよう警告書を送付した。しかし、青山商事は安売りを続行し対立は続いた。

 オンワード樫山は法的手段も辞さない姿勢を示したものの、実行することはなく対立は収束に向かったが、紳士服業界での青山商事の存在感が高まっていることを浮き彫りにした。

90年代以降は高成長に陰り

 だが、都心店の好調は長くは続かなかった。それだけでなく、青山商事は全社売り上げが伸び悩み、それまでの高成長に翳りが見え始めた。

 90年代を通じて売り上げは低迷。2000年代前半は売り上げを伸ばしていくが、後半には下降線をたどる。10年代に入ると再び売り上げは伸びていくが、後半には減収傾向に陥った。他の紳士服専門店も同じように減収傾向をたどっている。紳士服専門店4社の売上高は、19年度までの3年間で合計800億円近く減少した。

紳士服チェーン業界の淘汰・再編は待ったなし

 衰退期に入った市場のなかで、紳士服専門店は多角化や商品開発によってスーツの落ち込みをカバーしようとしてきた。カジュアルの強化はその1つだが、青山商事が19年までにカジュアル店「キャラジャ」を全店閉鎖したほか、12年から店舗展開を始めた米カジュアルブランド「アメリカンイーグルアウトフィッターズ」の国内事業から19年に撤退した。はるやまホールディングスは14年に買収したテットオムを19年に売却している。カジュアルはスーツの落ち込みを補うどころか足を引っ張っていた。

 90年代後半から多角化に乗り出していたAOKIホールディングスは、現在ブライダル事業、エンターテインメント事業(カラオケ、カフェ、フィットネス)などを展開している。これらの事業は同社の連結営業利益の5割近くを占めているが(20年3月期)、いずれもコロナの影響を受けており収益は悪化している。

 商品開発では、ウォッシャブルやストレッチ、軽量など機能性を謳った商品を投入してきたが、大きなインパクトはもたらしていない。最近ではデジタルを活用したオーダースーツに乗り出しているが、ここには既存のカジュアルブランドやアパレル大手をはじめ参入する企業も多いし、スーツ需要の縮小を補うには力不足だ。

 そもそもビジネスウェアのカジュアル化に伴い、カジュアルブランドがビジネスウェアに参入してきており競合相手が増えている。足元では在宅勤務が広がり自宅での仕事着需要が増しているが、商品開発は手探り状態。ここでもカジュアルブランドとの競合が避けられない。コロナ禍にあって働き方が大きく変わり、仕事着の定義も揺らいでいる。

 スーツ離れにより需要縮小が続くなかで、今後は紳士服専門店の淘汰・再編が起きても不思議ではない。紳士服専門店は正念場を迎えている。