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SDGsを経営の根幹に据える大和証券の脱炭素ビジネスとは―中田誠司(大和証券グループ本社社長)

中田誠司・大和証券グループ

環境問題がコストと考えられていた頃から、「ビジネスにつながる」と位置付けていた大和証券グループ本社。菅首相の所信表明演説は、それを裏付けることとなった。脱炭素を目指すには、産業構造を転換する必要があるため巨額の投資が必要だ。企業の資金需要も旺盛になる。当然そこには証券会社の出番がある。文=関 慎夫 Photo=横溝 敦(『経済界』2021年4月号より加筆・転載)

中田誠司・大和証券グループ本社社長プロフィール

中田誠司・大和証券グループ
(なかた・せいじ)1960年生まれ。83年早稲田大学政経学部を卒業し大和証券入社。大和証券SMBC執行役員等を経て、2007年大和証券グループ本社執行役に就任。10年取締役、16年副社長、17年4月大和証券グループ本社および大和証券社長に就任。

脱炭素は証券会社には大チャンス

国際的な脱炭素のルール作りに参加資格を得た日本

―― 大和証券グループは以前から、SDGsはビジネスにつながる、と言い続けてきました。その意味で、昨年の菅首相のカーボンニュートラル発言は、わが意を得たり、ということではないですか。

中田 日本も大きな一歩を踏み出したなっていうのが、あの演説を聞いての感想です。1997年の京都議定書に始まり、2015年にはパリ協定とSDGsが採択されました。

 この間、日本が何もやってこなかったわけではなく、10年前と比較するとエネルギーに占める再生可能エネルギーの比率っていうのは、当時の9%から現在は18%へと倍になっています。ただし、国としての長期の方向性が世界に向けて出されていなかった。今回の宣言で、日本は大きく前へと踏み出しました。

 欧州では、欧州委員会が早い段階で50年のカーボンニュートラルを宣言していますし、中国も60年という目標を掲げています。米国もバイデン政権が発足し、早速、パリ協定へ復帰する文書に署名しました。そのうえで、50年のカーボンニュートラルに向け動き出しています。そうなると、国際間でのルール作りが非常に重要になってきますが、日本も宣言をしたことで、ルール作りに参加する資格を得ることができると思います。

―― ルール作りとは具体的にどういうことですか。

中田 各国・各地域によってエネルギー事情は違いますから、どこかの国に片寄った目標設定をすると、他の国や地域では無理が生じます。ですからすべての国・地域が一緒に達成できるようなルール作りが必要です。

 例えば米国はまだまだ石炭火力を必要としているし、日本も同様です。50年に全廃することなど難しい状況です。一方、欧州では脱石炭が進んでいますから、仮に欧州の基準に合わせたルールができると、米国や日本はついていけないかもしれません。そういった事情を加味してルールを決めていかないと、実効性のあるものにはなりません。

大和証券グループにおける脱炭素への取り組み

―― では大和証券グループにとって脱炭素はどのような意味を持っていますか。実際にビジネスにつながっているのでしょうか。

中田 カーボンニュートラルというのは短期的にすぐできることではありません。実現するにはイノベーションやエネルギーのトランジションが必要です。そしてそこには大きな投資が不可欠です。欧州委員会は今後10年で1兆ユーロの投資を発表しています。バイデン政権も4年間で2兆ドルを環境インフラに投資します。

 日本も2兆円規模のグリーンイノベーション基金を立ち上げます。これだけの投資があるわけですから、証券会社は資本市場を通じてサポートしていく。これはわれわれの社会的使命であり、その重要性はますます高まると思います。

 自社の取り組みとしては、18年に大和エナジー・インフラを設立しました。これまでにも大和PIパートナーズを通じて再生可能エネルギーへの投資を行ってきましたが、さらに事業領域の拡大、事業展開を加速するために立ち上げたもので、既に太陽光発電プロジェクトやバイオマス発電プロジェクトの開発・投資を行ってきています。

 昨年10月には新生銀行グループさんと一緒に再生可能エネルギー向けメザニンファイナンスに400億円提供することで合意しています。またドイツのアキュラという再生可能エネルギーを中心に投資するアセットマネジメント会社に40%、大和エナジー・インフラが出資しています。

 このほか、当社グループではオランダのグリーンジラフという、再生可能エネルギーに特化したM&Aブティックに50%出資しています。

 それ以外にも証券会社ですから、グリーンボンドなどSDGs債を引き受け、資金循環の一翼を担っています。社会変革期には非常に大きなお金が動きます。その時に証券会社は広範囲に貢献できると考えていますし、ビジネス上の大きなチャンスでもあるわけです。

大和エナジー・インフラが手掛けた日光市高徳太陽光発電所
大和エナジー・インフラが手掛けた日光市高徳太陽光発電所

「貯蓄から投資へ」を環境問題が後押し

―― 投資家の意識も随分変わってきたのではないですか。

中田 100年に1度のパンデミックの中で、人々の社会課題に対する関心が高まったように思います。昨年、緊急事態宣言が発令された頃は、ESG関連のETFに資金が集まってきました。そこでSDGsに関連した投資信託を発売したところ、非常に売れ行きがいい。カーボンニュートラルへの関心も高まっていると感じてます。

 日本には1900兆円の国民金融資産のうち1千兆円以上が預貯金として持たれています。証券業界はこれまでにも貯蓄から投資へと言ってきましたが、なかなか動かなかった。ところがここにきて、カーボンニュートラルやSDGsへとお金が流れるようになってきましたし、今後はさらに動いてくると思います。

 一方、機関投資家も環境問題への関心が強くなっています。ESG投資が一般化し、お金も環境問題に取り組んでいる企業に優先的に回るようになってきています。投資先の企業に対しても、環境対策への取り組みを促すようになっています。特に上場企業の場合は環境問題を避けて通れません。社会にしっかり向き合い対話しないと株式を買ってもらえない時代になりました。

―― 企業の環境対策はまったなしですが、これが新産業の創出につながらなければ意味がありません。

中田 これまで温室効果ガス削減に対応するには経済成長の制約になると考えられていました。環境対策はコストという考え方です。これを制約やコストではなく成長の機会という考え方に変えていかなければなりません。菅首相の演説もそこに触れていましたし、その意味で経済界に与えたインパクトは非常に大きいものがあります。

産業構造の痛みに官民あげて取り組む

―― その一方で昨年末に豊田章男・自工会会長は、安易なEV化に警鐘を鳴らしています。それだけ自動車業界の危機意識は強いように思います。

中田 仮に一企業がCO2削減に取り組んだとしても、それぞれ取引先もあり、そこでCO2が排出されていたら意味がありません。サプライチェーンも含めて、全体で温室効果ガス排出ゼロに向かっていく必要があります。

 豊田会長の言うのもそれと同じことです。火力発電に頼ったエネルギー構成になっている現状が続くとすれば、EVに転換してもカーボンニュートラルが達成できるわけではありません。今後、エネルギーミックスをどうするか、実現可能性の高いトランジションのロードマップをどうつくっていくかが重要で、エネルギー政策をはじめとする、その社会システムを総合的に見直す必要があるという意味での発言だと私は受け止めています。

 そのような、まだクリアになっていない課題は、官民一体になって取り組んでいかなければなりません。でも大きな方針が示されたのですから、今後は企業も動きやすくなりますし、ビジネスチャンスととらえて新たに参入するところも増えてくると思います。そうすれば競争原理が働きますから、そこで新たなイノベーションが生まれる可能性が高まります。

 もうひとつ豊田会長が指摘していたのは雇用の問題です。社会全体をカーボンニュートラルに持っていくという動きは不可逆的なものです。そうなると産業構造が変わりますから、痛みも伴います。場合によっては雇用が失われるかもしれません。そうならないためにはカーボンニュートラルの産業が受け皿になる必要がありますが、これも民間だけで行うのはむずかしい。

 例えばドイツでは、石炭の採掘や石炭発電を38年に全廃すると宣言しています。そしてそのために400億ユーロの予算を組んでいます。その中には所得補償もあれば職業訓練やリカレント教育(生涯学習)への予算もある。このように、単に産業構造を変えるのではなく、痛みの部分を最小化する努力が国としても必要となってきます。

―― 痛みを乗り越えなければならないわけですから、国も民間も、本気度が問われることになります。

中田 大事なことは、国がビジョンを掲げて、官民挙げてそこに進んでいくということです。菅首相は50年にカーボンニュートラルを実現すると宣言しましたが、それまでに今度のコロナ禍のような、さまざまな問題が起きてくるかもしれません。問題が起きたらその都度修正して、前に進んでいく。そうすることで日本が変わっていく。

 それに、日本のエネルギー分野の技術は世界の中でも進んでいます。もともと非資源国ですし、オイルショックで培われた省エネ技術は世界でもトップクラスです。今度はカーボンニュートラルに向けて技術革新を進めていけば、世界の環境市場の中で存在感を示すことは十分可能だと考えています。